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第3章の5「あんまりなめんなよ」
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そして時間は流れ…白仮面企画マラソン大会当日。
早朝(というより夜中か)三時半。マラソン大会のゴール付近…つまりGCSA達にとってのスタート地点には竜沢達が集まっていた。
「少し寒いな~。」
「しっかし、あいつらホンマに来るんかいな?」
準備運動をしている竜沢と隆正。
「…あ~ふ。」
あくびをこく甲。
「来るよ。」
声を揃えて言い切る流香、七月、学美。
「な、何だよ三人揃って?やっぱり何か企んでたんだな。」
「まあ、ね。」
「けっ。」
ニヤリとする流香や七月とは反対に、学美はぶすっとしている。
「オー寒いネー!」
「…………………」
「ふふん、ふん♪」
音根達が到着した。
「ホンマに来たがなっ。」
来ない可能性が高いと思っていた隆正は、機嫌よく現れた音根達に驚いていた。
「オー、ナツキさーん!」
ブリオが馴れ馴れしく七月に話し掛ける。
「…マナミ。」
フォーターは学美に近付く。
「オー!今日はあなたの為に必ず勝ちマース!」
「あああああ~っ?!」
七月の手を握るブリオに、わめく隆正。
「マナミ…また会えてうれしい。」
フォーターも学美の手を握った。学美の顔は引きつっていた。
「お、おい…」
竜沢の脳裏には、昨日までの流香達の不審な行動が浮かんだ。
「お前ら…何をした?」
「ふぅ~……てへっ。」
「いや、てへっ……じゃない!七月か?!…流香、説明しろっ!」
流香が、七月が時間に遅れた時によくやる『てへっ』を真似て可愛い笑顔を作り、その流香の『てへっ』を真似て竜沢が気色悪い笑顔を作り、そこから流香に対してツッコミを入れる竜沢。あーややこしい。
「七月と学美と三人で、ちょっとねー…。」
つまりこうだ!萌え系の服を着た七月と流香、そしてそんな服を七月に借りた(無理矢理着せられた)学美の三人は、グレートの校門で音根達を待ち、愛嬌を振りまいて誘惑し、白仮面企画マラソン大会に出場して竜沢達に勝ったら彼女になるという約束をし、この場に来させたのであった!グレート…男子校の悲しさよ…。
「お、お前ら、それって…」
「ふぅ~……てへっ。」
「いや、てへっ……じゃない!見ろっ!」
またも流香の『てへっ』に対し、その流香を真似て竜沢が『てへっ』と気色悪い笑顔を作り、その後隆正の方を指差す竜沢。そこには魂の抜けた隆正がいた。
「まぁまぁ、要は神ちゃん達が負けなきゃいいのよ。」
ポンッと竜沢の肩に左手を置き、右の指で竜沢の頬を突っつきながら軽く言う七月。
「無理だね♪僕達には勝てないよ♪」
「くっ…音根~。」
音根を睨む竜沢。
「隆正!甲!こうなりゃ…グッと行くぞ!」
「は……お、おおおおおーっ!絶対負けねぇ!」
「ふん、もとより。」
そして吉馬車の中にいる鏡は…
「竜沢くん。」
ウインドウを開けて竜沢を手招きで呼ぶ。
「ん?何だ、鏡。」
「負けないで下さいよ。」
「…当ったり前だ!」
気合を入れる竜沢に微笑む鏡。
「集まっているな!諸君!」
何処からか声がする。
「白仮面?!ど、何処や!」
「ここだ!」
すたすたと普通に道路を歩いて来る白仮面に、ちょっとコケる隆正。
「冷える中、ご苦労!」
『そらあんた…その格好じゃあ…』と全員が思っていた。そう、白仮面はいつもと同じ格好であった。
「君達ならこのコースを約二時間でクリアすると考え、この時間にしたのだ。七時頃からマラソン大会の準備で人通りが多くなるのでな。」
「この時間にしたのはただの嫌がらせかと思ってたんだが違うんですね?!」
「うむ!その通りだ竜沢!」
何故か力こぶを作りながら答える白仮面。
「それでは吉馬柾六の車でB地点とC地点に行くので、四人は乗りたまえ。」
「え?!」
予想外の事に驚く吉馬。吉馬に車で来さしたのは、この狙いもあっての事であった。さすが白仮面!そして甲達が無理矢理車に乗り込むと、白仮面は…
「さて、私も乗るか。」
車の屋根に乗った。
「さあ、急いでやってくれ!」
タクシーではない。しかも屋根に乗る。吉馬の愛車の屋根は少し凹んでいた。
「うわ~、寒そ~。」
「わ~、かわいそ~。」
寒々しい白仮面への感想を言う竜沢と、車の屋根が凹み泣きそうになっている吉馬に哀れみを感じる七月。
そして吉馬と白仮面は、甲達をそれぞれのスタート地点に降ろした後に戻って来た。
ちなみに戻ってくる時も白仮面は車の屋根に乗っていた。席空いてるんだから普通に乗って来いよ…。
「スタートは午前四時、今から五分後である!正々堂々と見事な勝負をしてくれたまえ!さらばだ!とう!」
「帰るのかよ?!」
自分で企画しといてとっとと去る白仮面にツッコむ竜沢。
「では私がスタートの合図をします。」
「流香さん♪ありがとう、僕の為に。」
「ざっけんなっ。」
血管を浮かび上がらせる竜沢を、またも手招きで呼ぶ鏡。
「ん?何だ、鏡。」
「絶対、負けないで下さいよ。」
「あ?ああ。」
鏡の妙な態度に、ちらっと流香を見る竜沢。
〝これはもしかして、鏡の奴…〟
と、ニヤッとする竜沢。
「さて、こっちも用意しとくか。」
愛用のスピードメーター付き電動自転車『すいすいくん』にまたがる学美。『すいすいくん』には流香がセットしたビデオカメラが付いている。ちなみにこの『すいすいくん』は、実はスマホ同様ある人物からの贈り物である。
「それでは、位置について。」
ゆっくりとスタート地点に来る竜沢と音根。
「ふんふん♪楽勝♪。」
ヘッドホンをはずして首に掛ける音根。
「あんまりなめんなよ。」
余裕の音根を睨む竜沢。
「神ちゃん!」
七月のその声に、竜沢は振り向いた。
「…」
口パクで『頑張って』と伝えながら両手でガッツポーズする笑顔の七月。
「ふぁ…おおっ、とと。」
七月のあまりの可愛さに半口を開けて見惚れてしまった竜沢は、慌てて前に向き直った。
「よーい…スタート!」
流香の合図と共に二人は走り出す!
そしてB地点。ここには甲とフォーターが待機していた。
「…コウ・タニズミ、お前は誰が好きなんだ。」
「…ふぅ。」
肩をすぼめてため息をもらす甲。
「ぬう?!」
甲の態度に腹を立てるフォーター。
「お前、俺と戦いたい…それだけだったんじゃないのか?なのに今はそれか?…強い奴だと思っていたんだが、拍子抜けだ。」
「ナニぃ…」
「お前は俺に勝てない。」
「うぬぬ~コウ・タニズミ~…」
怒りに震えるフォーター。前哨戦は甲の勝ち。
そしてC地点。ここには隆正とブリオが待機中。
「オー!私とてもシャックリしたネ!」
「びっくりやろ!」
「ナツキさんサイコーネ!ちょーラブね!」
「ふざけんなや!」
「私のものにするネ!ハッハァ!」
「させるかい!」
「ナツキさん、かわい過ぎて私とてもシャックリしたネ!」
「びっくりやろ!」
「ナツキさんちょーラブね!」
「ふざけんなや!」
「私のモノね!」
「させるかい!」
いつまでもやかましい二人であった。前哨戦、引き分け。
一方竜沢と音根は、かなりのペースで進んでいた。
〝くっそ~、あいつ早いなー〟
竜沢は音根について行くのがやっとであった。ケンカばかりの男だと思っていた竜沢。そこで竜沢は、散々やってきた特訓を試す事にした。
「やってみるか……あっそうだ!」
「?」
突然大きめの声を出す竜沢に、不思議に思う音根。
「流香の事を思い出した!」
〝神侍の奴、何を話してんだ?〟
学美も『すいすいくん』をこぎながら不思議がっている。
「ふんふん♪」
音根は無視して走り続ける。
「なぁ音根、流香の事どう思ってんだ?」
「!」
音根がぴくっと反応した。
「流香の奴、この前気になる人が居るとか何とか…」
竜沢が一方的に話している。しかし何故か音根と竜沢との距離が狭まって来た。
「確か…」
少し大きめの声で独り言を続ける竜沢。更に距離が狭まる。
これは竜沢のペースが上ったのではなく、音根がスピードダウンしているのだ。音根は、まんまと竜沢の口車に乗ってしまっていた。そして竜沢はペースを落とした音根を一気に抜く。
「…くうっ!」
音根は一気にスピードを上げ、竜沢を抜き返す。すると竜沢はまた語りだした。
「流香って学園内で人気あってなぁー。この前も…」
「!」
音根はまたスピードダウンした。また音根を抜き返す竜沢。グレート…女子に対する免疫な…。
そして、これが数回続いた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
気が付くと音根は、竜沢以上に息が上がっていた。ペースを乱されガタガタになったのである。ただでさえ音根はリズムで動く男。散々リズムを乱され、力を失ったのだ。音根といえど健全な男子中学生…好きになった女子が気になってしまったのである。
そしてB地点まで五百メートル程の所で、竜沢はラストスパートをかけて音根を引き離す。音根にはもうラストスパートにかける力は残っていなかった。
「甲、任せたぞ!」
竜沢からたすきを受け取る甲。
「ああ。」
それからしばらくしてフォーターにもたすきが渡された。その瞬間、転がって倒れる音根。かなり呼吸が荒い。
「音根、俺の勝ちだ。」
「はぁ、はぁ、はぁ…く、くそっ…はぁ、はぁ…」
完全にバテバテの音根はそのまましばらく呼吸を整え、それから話し出した。
「ペースを、はぁ、崩されたよ、はぁ…」
「ま、俺らもお前らも流香の作戦にやられたな。流香の特訓が物語ってる。」
「なん、だって…?」
「流香の特訓、それは…」
「しゃべりながら走る特訓?」
スタート地点から近道を使ってゴール地点を目指し、移動しながら話しをしている流香と七月。
「そうよ。竜沢くんにはそういうメニューを組んだわ。いかに呼吸を乱さずに話すか、という特訓をね。元々竜沢くんは人並み外れた回復力の持ち主だから、成果が出るのも早かったわ。回復力と持久力とはまた違うけど、それでもタフさにつながる能力だからねっ。そして相手は、鏡くん曰く、リズムを乱せば崩れる典型的なタイプ。竜沢くんが勝つパターンの中で、それがベストだったの。」
「へ~…それじゃ甲くんと隆正くんは?」
「甲くんは上体のバランスを重視した特訓。隆正くんは…なぁんにもっ。」
『お手上げ』という様なポーズで話す流香。
「ふぅ~…隆正くんには今更走る為の特訓なんていらないのよ。」
「う~ん、なるほど納得。」
「ははっ!すると僕は走る前から負けていたのか、GCSAに♪」
「流香は頭良いからな。まぁ、今回のやり方には驚いたけど。」
「…勘違いしてる様だから、流香さんの為にも一応言っておくよ。別に僕達は流香さん達に誘惑された訳じゃないよ♪」
「え?」
「流香さん達は僕達に必ずマラソン勝負に出てくるように言ってきただけで、あとは僕達が勝手に盛り上がってたんだ。この勝負に勝ったら付き合って欲しいと言い出したのもブリオとフォーターだ。」
〝それは多分、そういう風に話しをもっていかれたんだって〟
心の中で突っ込む竜沢。
「だから流香さん達を、軽視しないでよ♪」
「お前…根はいい奴だな。女を殴った事は許せないが。」
「本当は…いや、すまない。あの子に謝っといてくれないか?」
実は音根、咲子が急に間に入ってきた為、振り下ろした腕を止めきれなかったのだった。
「本当は自分で言うべきだろ。…ま、伝えといてやるけど。」
竜沢がそう言うと、音根は空を見上げて呟いた。
「もっと早く、君と会えていたら。」
「…お前、怪我人製造機なんだってな。何でだよ?」
率直に聞いてくる竜沢に対し驚いたような表情を見せる音根。
「だってお前、全然そんな感じしねーから。噂が独り歩き…ってパターンなのかと思ってな。何かあるんだろ?理由っつーか、事情っつーか。」
「は、ははっ♪面白いね、君。」
音根はゆっくりと話し出した。
「…僕は元々マラソンランナーだ…
「おい音根っ!ちゃんと俺らの靴磨いとけって言ったろうが!」
上級生に蹴られる音根。この時、音根は小学五年。毎日のように六年生からいじめを受けていたのは、陸上部の部活でのこと。音根は教師らも認めるマラソンの才能を持っていたが、それが気に入らない六年生達から影で痛めつけられていた。
ずっと我慢していた音根だったのだが、この日はもう我慢の限界に来ていた。遂に怒りで我を忘れ、その六年生達に殴りかかった。
元々音楽が好きで、その天才的なリズム感と元来の運動神経が絡み合った時の能力は非常に高く、マラソンもそのリズム感から出来あがった独自の走法で結果を出していたのだった。
皮肉にもその力はケンカにも発揮された。その場に居た六年生十人は音根一人によって全員が倒され、数人は入院コースとなった。
…その後は凄かったよ♪あっという間に僕は学校一の極悪人。入院した奴の親にかなりの権力者が居たらしい。」
「…。」
竜沢は無言で音根の話を聞いていた。
「僕の両親も誹謗中傷の的。そして僕は学校に行かなくなって…そんな時にブラック…いや、色々あってこっちに来たんだよ。ブリオとフォーターも似たようなもんさ♪」
その話しの内容とは裏腹に、音根の表情は穏やかだった。
「今は吹っ切れてる…って感じだな。」
「そう見えるかい?なら…僕も成長したんだね♪」
「あのうるせー外人も静かなデカい外人も、この勝負が終わった後、お前みたいになってるかもな。ははっ、んな簡単なもんじゃないか。」
屈託のない笑顔でそう話す竜沢を見て、音根は妙な気分になっていた。
「ホントに…もっと早く君みたいな奴に会えてたらな。僕達も、弟も…。」
そう言って立ち上がる音根。
「行こう、竜沢。鬼緑山の中心を通ってる階段を真っ直ぐ上がれば先にゴールにたどり着くはずだよ♪」
「おう。んじゃ行くか、音根。」
竜沢も立ち上がり、二人は談笑しながら階段へ向かった。
一方、甲とフォーターの方は…甲が優勢であった。並んではいるが、フォーターは必死という感じだ。
「くっ…」
敵わないと思ったフォーターは体当たり攻撃に出た。
「むう。」
どすっどすっと横から体当たりを浴びせるフォーター。しかし甲は、軽やかに足を運んでダメージを受けない様に流す。
〝ホワイ?なぜこの男は、崩れない?〟
フォーターは小学生の時、複数のスポーツをしていた。中でもマラソンとラグビーを愛する男であり、どちらにも才能があった。しかし、その無愛想な性格がマイナスに働いた事もあり、特に部員の多いラグビー部では『あいつのせいでスタメンから外された』『部を掛け持ちなんて、中途半端な奴だ』『調子に乗っている』等とやっかまれていた。ある日、フォーターのクラスで飼育されていたウサギが何者かによって……。
元々心優しいフォーターはウサギを可愛がっていたが、顔に出ないところが災いし、無表情でウサギを抱く姿が他生徒から『不気味』『ウサギを食うつもりだ』と根も葉もない噂が立つ等とかなり誤解されており、このウサギの件も、まるでフォーターがウサギをやったように噂されていた。その噂を特に広めたのは…同じラグビー部員のクラスメイトだった。
それでも我慢していたフォーターだったが、ある日ウサギを手にかけたのがその部員だと分かり…
「ハァ、ハァ…」
息切れしているフォーター。フォーターは数年前の事を思い出しながら走っていた。
〝アノ時俺は…我慢できなかった。許せなかった。だから俺は……。けど他にドウすればよかった?!ドウすれば良かったんだ?!〟
フォーターは細い目を横に向け、甲の方を見た。
〝コウ・タニズミ、この男…聞いていた話しとチガウ。無愛想、無表情…。しかし…諦めていない。無感情になっていない。全く崩れず…ブレない。俺とはチガウ…〟
頭で考えている事とは裏腹に、フォーターは体当たりを続けていた。だがやはり甲はバランスを崩す事なく走る。流香の特訓が役立つ。そして…
「ハァ、ハァ、ハァ…」
フォーターはダウン寸前、甲はゆとりのラストスパート。
〝甲も勝ったか。何も心配する事なかったね〟
『すいすいくん』上の学美も安心していた。ここで学美は一度『すいすいくん』を停め、スマホを操作した。
「甲!」
たすきを受け取る為に手を伸ばす隆正。
「気を付けろ。」
「ああ?!」
隆正は甲の言葉の意味が分からなかったが、そのままダッシュを付けて弾丸の様な猛スピードで走り去って行く。
「オー!あんなモンスターに勝てるんですかネ!」
「…おい。」
甲がブリオに話し掛けた。
「ホワット?!」
「お前ら三人で来たのか。」
「オーイエー!それが何ですかぁ?」
「いや…。」
〝おかしい。なら何故、走ってる間…〟
甲は何者かの気配を感じ取っていた。熊に似た気配…だろ?どうせ。
階段を何百段も上り、流香と七月はやっとゴールまでたどり着いた。
「やっと着いた~。あー、足腰が痛い。」
「お婆さんみたいなこと言わないでよ。」
「おお、君達か。」
そこには白仮面がいた。
「…。」
引きつり、無言になる七月と流香。
「そろそろ第三コースの中間ぐらいだ。竜沢も谷角も先にたすきを渡したぞ。」
〝見えるの?!〟
心で突っ込む七月。
「このまま順調に行けば山嵐が勝つだろう。そして音根達も結果がどうあれ、走る意味を…喜びを思い出すに違いない。」
白仮面はそれが狙いであった。スポーツを通じて心を浄化する!これぞ白仮面の真髄!…か?!
「何はともあれ、我らはここで待つとしよう。」
「…。」
やはり無言の七月と流香であった。
〝絶好調や!〟
スムーズに走り続ける隆正。ブリオは隆正の遥か後方を走っていた。学美は再び『すいすいくん』で走り出し、そのブリオの姿をビデオに撮っていた。
〝い、今更追い付けませーん。しかーし!ミスター音根やフォーターの為にも、私は最後まで走り続けマース!〟
何かを思い出したブリオ。
『あいつウザいよな』『うるさいんだよ』
ブリオの脳裏に一瞬白黒の映像が流れる。だが、すぐにカラーの音根とフォーターの顔が浮かんで、白黒の映像は消えた。
〝最後まで…走りマス!〟
ブリオはもう負けを確信していたが、それでも最後まで走る事をやめる気はなかった。ブリオの気持ちは晴れていた。その時ここで、音根達とは別の何かがしびれを切らせて動き出した。
「…何やってやがる。」
影からずっと事の成り行きを見ていたその男は、舌を巻くような話し方をする。
「あいつら、もう全然潰す気ねぇじゃん。ったく、しょうがねぇ。」
その男は草むらを駆け回り、先回りをする。そして隆正の走るコース上に立ち、来るのを待っていた。
そこへ隆正が走って来た。
「何やあいつは?」
急ブレーキをかける隆正。
男は、袖口だけがダブっている黒のカンフー着のような上着に、肌にフィットした黒のスラックスを着用。短めの髪は立てるような感じにセットしており、額を出している。
鋭い眼光、不敵に微笑む口。男は隆正の方から目を離さずに、服の袖口から何かを出した。その時!
「困りますね、邪魔されては。」
「何?!」
その男の背後に鏡が来た。男は驚いて振り返り、構えた!
「隆正くんは、そのまま行って下さい。」
「鏡…お、おう!分かったで!」
隆正は二人の横を走る抜ける。そして鏡の横に、ライトを点けた吉馬の車がくる。
「川波!」
「先生、少し目をつぶってて下さい。」
鏡はドライバーグローブをつけた。
「川波鏡…か。さすが…」
しばらく睨み合う二人。
「へっ、一度やってみてぇが…今日のところは…な。」
男は鏡の方を向いたままゆっくりと下がって行き、十メートル以上離れた所で振り返って走り去った。
「…ふう。」
鏡も戦闘体勢を解いた。
「まさか本当に『別の何か』が来るなんて…流香さんの読みが当たりましたか。」
鏡は流香から、走っている最中に隆正が襲われる可能性があるので守るよう頼まれていたのだ。
「お~い川波~。もう目を開けてもいいか~?」
「…。」
本当に目をふさいでいる吉馬に、緊張感が一気に抜けた鏡であった。
ゴール地点。五時四十六分二十二秒…隆正ゴールイン!
「やったね隆正くん!さすが早いねっ。」
「な、七月さ~ん!俺はやったで~!…っと、そうや!途中で変な奴に襲われて、鏡が今戦ってるんや!」
「それなら聞いたよ、さっき鏡ちゃんから。流香のスマホに連絡が入って…」
「あっちはさっさと逃げたんだって。」
そして隆正から遅れること十二分。ブリオもゴールした。
「この勝負、竜沢・谷角・山嵐の…勝ちである!」
朝日を浴びた白仮面が叫ぶ。そのあまりにも美しいコントラストに、流香達は魂が抜けそうになった。
「よっ、どうやら勝った様だな。」
竜沢と音根が一緒にゴール地点に来た。
「あら仲良し。」
微妙に驚く七月。そして全員が集まり、それぞれ握手を交わした。
「これでもう遺恨無しだな。まぁ…初めからこっちに遺恨とか無いんだが…。音根、またやろう。今度はマトモになっ。」
「ははっ、なら次は僕が勝つよ♪」
「…ふん。」
「…フン。」
「七月さんはやらんわい!うわっはっはっは!」
「オー!ハリネズミくんのモノでもないネー!ハッハァ!」
「山嵐や!いい加減覚えろや!」
握手しながら睨み合い、再び火花を散らす三者。
「あいつら勝負が終わった瞬間にまた睨み合ってやがる。」
「いいんじゃない?七月はまんざらでもなさそうだし。」
「えっへへっ、まぁモテるのは嫌じゃないからねー。流香は誰かさん一人でいいんだろうけど。」
「え?」
「おぉ?誰だ誰だ?吐け、流香!」
流香の首を後ろから絞める学美。
「ぐっ、ちょ、ちょっと学美!本気で苦しいよ!」
「吐け~!ま、分かってるけど。」
「あっはは!」
火花散らす竜沢達と、じゃれあう流香達。
「元気があってよろしい。では、さらばだ!とう!」
普通に道路を走り去る白仮面は、吉馬車を猛スピードで横切って行く。車内の鏡は、隆正を狙った男の事を考えていた。
「あの男…気になりますね。」
その後竜沢達は、音根達が何故戦いを挑んできたのか、その理由を聞いたのだが、音根は話し難そうにこう言った。
「少し…待ってくれないか。」
音根は何かを決意していた様子だった。竜沢は笑って言う。
「じゃあ、また今度だなっ。」
こうして音根達との戦いは終わった。だがこれは、本当の戦いの幕開けに過ぎない!
音根達三人は帰路についていた。途中、小さな公園を通る三人。
「ミスター音根、これで良かったですかネ。」
「良くないだろうね。でも…気持ちいいと思わないか♪」
音根の言葉に、うなずくブリオとフォーター。
「あいつらと…また」
「随分とお気楽だな。」
音根の言葉を遮る声。その声に三人は立ちすくんだ。
少し肌寒い、朝靄晴れぬ早朝…まだ誰も居ない公園に響く重々しい声。
「こ、この声、は…」
「オ、オー、マイ神よ…」
「ム、ぐぐ…」
三人の顔色は一気に青ざめた。この三人がこれほど恐れるその声の主とは…
「…利住、思い出させてやろうか?理不尽な現実を。」
「く…」
「どうやらもう一度、しごき直さねばならんようだな。」
象さんの滑り台の後ろから現れた一人の男。
「スポーツを憎む男…ブラックマスク!」
黒い仮面に黒いマフラー、そして黒いトランクス…この姿は白仮面の黒バージョン!書かれた文字も、額にはグレーで『黒』、マフラーにはグレーで『無情』、トランクスの尻側にはグレーで『無力』と書かれている。白仮面と正反対の姿。しかしこの寒い中、上半身裸な所は全く一緒だ!
ブラックマスク…この男は何者なのか?
ただ一つ言える事は、かなりの変た……いや、これから間違いなくGCSAの前に立ちふさがるであろう最大の敵という事だ。
竜沢達は、襲い来る数々の過酷な運命に打ち勝つ事が出来るのか?!
早朝(というより夜中か)三時半。マラソン大会のゴール付近…つまりGCSA達にとってのスタート地点には竜沢達が集まっていた。
「少し寒いな~。」
「しっかし、あいつらホンマに来るんかいな?」
準備運動をしている竜沢と隆正。
「…あ~ふ。」
あくびをこく甲。
「来るよ。」
声を揃えて言い切る流香、七月、学美。
「な、何だよ三人揃って?やっぱり何か企んでたんだな。」
「まあ、ね。」
「けっ。」
ニヤリとする流香や七月とは反対に、学美はぶすっとしている。
「オー寒いネー!」
「…………………」
「ふふん、ふん♪」
音根達が到着した。
「ホンマに来たがなっ。」
来ない可能性が高いと思っていた隆正は、機嫌よく現れた音根達に驚いていた。
「オー、ナツキさーん!」
ブリオが馴れ馴れしく七月に話し掛ける。
「…マナミ。」
フォーターは学美に近付く。
「オー!今日はあなたの為に必ず勝ちマース!」
「あああああ~っ?!」
七月の手を握るブリオに、わめく隆正。
「マナミ…また会えてうれしい。」
フォーターも学美の手を握った。学美の顔は引きつっていた。
「お、おい…」
竜沢の脳裏には、昨日までの流香達の不審な行動が浮かんだ。
「お前ら…何をした?」
「ふぅ~……てへっ。」
「いや、てへっ……じゃない!七月か?!…流香、説明しろっ!」
流香が、七月が時間に遅れた時によくやる『てへっ』を真似て可愛い笑顔を作り、その流香の『てへっ』を真似て竜沢が気色悪い笑顔を作り、そこから流香に対してツッコミを入れる竜沢。あーややこしい。
「七月と学美と三人で、ちょっとねー…。」
つまりこうだ!萌え系の服を着た七月と流香、そしてそんな服を七月に借りた(無理矢理着せられた)学美の三人は、グレートの校門で音根達を待ち、愛嬌を振りまいて誘惑し、白仮面企画マラソン大会に出場して竜沢達に勝ったら彼女になるという約束をし、この場に来させたのであった!グレート…男子校の悲しさよ…。
「お、お前ら、それって…」
「ふぅ~……てへっ。」
「いや、てへっ……じゃない!見ろっ!」
またも流香の『てへっ』に対し、その流香を真似て竜沢が『てへっ』と気色悪い笑顔を作り、その後隆正の方を指差す竜沢。そこには魂の抜けた隆正がいた。
「まぁまぁ、要は神ちゃん達が負けなきゃいいのよ。」
ポンッと竜沢の肩に左手を置き、右の指で竜沢の頬を突っつきながら軽く言う七月。
「無理だね♪僕達には勝てないよ♪」
「くっ…音根~。」
音根を睨む竜沢。
「隆正!甲!こうなりゃ…グッと行くぞ!」
「は……お、おおおおおーっ!絶対負けねぇ!」
「ふん、もとより。」
そして吉馬車の中にいる鏡は…
「竜沢くん。」
ウインドウを開けて竜沢を手招きで呼ぶ。
「ん?何だ、鏡。」
「負けないで下さいよ。」
「…当ったり前だ!」
気合を入れる竜沢に微笑む鏡。
「集まっているな!諸君!」
何処からか声がする。
「白仮面?!ど、何処や!」
「ここだ!」
すたすたと普通に道路を歩いて来る白仮面に、ちょっとコケる隆正。
「冷える中、ご苦労!」
『そらあんた…その格好じゃあ…』と全員が思っていた。そう、白仮面はいつもと同じ格好であった。
「君達ならこのコースを約二時間でクリアすると考え、この時間にしたのだ。七時頃からマラソン大会の準備で人通りが多くなるのでな。」
「この時間にしたのはただの嫌がらせかと思ってたんだが違うんですね?!」
「うむ!その通りだ竜沢!」
何故か力こぶを作りながら答える白仮面。
「それでは吉馬柾六の車でB地点とC地点に行くので、四人は乗りたまえ。」
「え?!」
予想外の事に驚く吉馬。吉馬に車で来さしたのは、この狙いもあっての事であった。さすが白仮面!そして甲達が無理矢理車に乗り込むと、白仮面は…
「さて、私も乗るか。」
車の屋根に乗った。
「さあ、急いでやってくれ!」
タクシーではない。しかも屋根に乗る。吉馬の愛車の屋根は少し凹んでいた。
「うわ~、寒そ~。」
「わ~、かわいそ~。」
寒々しい白仮面への感想を言う竜沢と、車の屋根が凹み泣きそうになっている吉馬に哀れみを感じる七月。
そして吉馬と白仮面は、甲達をそれぞれのスタート地点に降ろした後に戻って来た。
ちなみに戻ってくる時も白仮面は車の屋根に乗っていた。席空いてるんだから普通に乗って来いよ…。
「スタートは午前四時、今から五分後である!正々堂々と見事な勝負をしてくれたまえ!さらばだ!とう!」
「帰るのかよ?!」
自分で企画しといてとっとと去る白仮面にツッコむ竜沢。
「では私がスタートの合図をします。」
「流香さん♪ありがとう、僕の為に。」
「ざっけんなっ。」
血管を浮かび上がらせる竜沢を、またも手招きで呼ぶ鏡。
「ん?何だ、鏡。」
「絶対、負けないで下さいよ。」
「あ?ああ。」
鏡の妙な態度に、ちらっと流香を見る竜沢。
〝これはもしかして、鏡の奴…〟
と、ニヤッとする竜沢。
「さて、こっちも用意しとくか。」
愛用のスピードメーター付き電動自転車『すいすいくん』にまたがる学美。『すいすいくん』には流香がセットしたビデオカメラが付いている。ちなみにこの『すいすいくん』は、実はスマホ同様ある人物からの贈り物である。
「それでは、位置について。」
ゆっくりとスタート地点に来る竜沢と音根。
「ふんふん♪楽勝♪。」
ヘッドホンをはずして首に掛ける音根。
「あんまりなめんなよ。」
余裕の音根を睨む竜沢。
「神ちゃん!」
七月のその声に、竜沢は振り向いた。
「…」
口パクで『頑張って』と伝えながら両手でガッツポーズする笑顔の七月。
「ふぁ…おおっ、とと。」
七月のあまりの可愛さに半口を開けて見惚れてしまった竜沢は、慌てて前に向き直った。
「よーい…スタート!」
流香の合図と共に二人は走り出す!
そしてB地点。ここには甲とフォーターが待機していた。
「…コウ・タニズミ、お前は誰が好きなんだ。」
「…ふぅ。」
肩をすぼめてため息をもらす甲。
「ぬう?!」
甲の態度に腹を立てるフォーター。
「お前、俺と戦いたい…それだけだったんじゃないのか?なのに今はそれか?…強い奴だと思っていたんだが、拍子抜けだ。」
「ナニぃ…」
「お前は俺に勝てない。」
「うぬぬ~コウ・タニズミ~…」
怒りに震えるフォーター。前哨戦は甲の勝ち。
そしてC地点。ここには隆正とブリオが待機中。
「オー!私とてもシャックリしたネ!」
「びっくりやろ!」
「ナツキさんサイコーネ!ちょーラブね!」
「ふざけんなや!」
「私のものにするネ!ハッハァ!」
「させるかい!」
「ナツキさん、かわい過ぎて私とてもシャックリしたネ!」
「びっくりやろ!」
「ナツキさんちょーラブね!」
「ふざけんなや!」
「私のモノね!」
「させるかい!」
いつまでもやかましい二人であった。前哨戦、引き分け。
一方竜沢と音根は、かなりのペースで進んでいた。
〝くっそ~、あいつ早いなー〟
竜沢は音根について行くのがやっとであった。ケンカばかりの男だと思っていた竜沢。そこで竜沢は、散々やってきた特訓を試す事にした。
「やってみるか……あっそうだ!」
「?」
突然大きめの声を出す竜沢に、不思議に思う音根。
「流香の事を思い出した!」
〝神侍の奴、何を話してんだ?〟
学美も『すいすいくん』をこぎながら不思議がっている。
「ふんふん♪」
音根は無視して走り続ける。
「なぁ音根、流香の事どう思ってんだ?」
「!」
音根がぴくっと反応した。
「流香の奴、この前気になる人が居るとか何とか…」
竜沢が一方的に話している。しかし何故か音根と竜沢との距離が狭まって来た。
「確か…」
少し大きめの声で独り言を続ける竜沢。更に距離が狭まる。
これは竜沢のペースが上ったのではなく、音根がスピードダウンしているのだ。音根は、まんまと竜沢の口車に乗ってしまっていた。そして竜沢はペースを落とした音根を一気に抜く。
「…くうっ!」
音根は一気にスピードを上げ、竜沢を抜き返す。すると竜沢はまた語りだした。
「流香って学園内で人気あってなぁー。この前も…」
「!」
音根はまたスピードダウンした。また音根を抜き返す竜沢。グレート…女子に対する免疫な…。
そして、これが数回続いた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
気が付くと音根は、竜沢以上に息が上がっていた。ペースを乱されガタガタになったのである。ただでさえ音根はリズムで動く男。散々リズムを乱され、力を失ったのだ。音根といえど健全な男子中学生…好きになった女子が気になってしまったのである。
そしてB地点まで五百メートル程の所で、竜沢はラストスパートをかけて音根を引き離す。音根にはもうラストスパートにかける力は残っていなかった。
「甲、任せたぞ!」
竜沢からたすきを受け取る甲。
「ああ。」
それからしばらくしてフォーターにもたすきが渡された。その瞬間、転がって倒れる音根。かなり呼吸が荒い。
「音根、俺の勝ちだ。」
「はぁ、はぁ、はぁ…く、くそっ…はぁ、はぁ…」
完全にバテバテの音根はそのまましばらく呼吸を整え、それから話し出した。
「ペースを、はぁ、崩されたよ、はぁ…」
「ま、俺らもお前らも流香の作戦にやられたな。流香の特訓が物語ってる。」
「なん、だって…?」
「流香の特訓、それは…」
「しゃべりながら走る特訓?」
スタート地点から近道を使ってゴール地点を目指し、移動しながら話しをしている流香と七月。
「そうよ。竜沢くんにはそういうメニューを組んだわ。いかに呼吸を乱さずに話すか、という特訓をね。元々竜沢くんは人並み外れた回復力の持ち主だから、成果が出るのも早かったわ。回復力と持久力とはまた違うけど、それでもタフさにつながる能力だからねっ。そして相手は、鏡くん曰く、リズムを乱せば崩れる典型的なタイプ。竜沢くんが勝つパターンの中で、それがベストだったの。」
「へ~…それじゃ甲くんと隆正くんは?」
「甲くんは上体のバランスを重視した特訓。隆正くんは…なぁんにもっ。」
『お手上げ』という様なポーズで話す流香。
「ふぅ~…隆正くんには今更走る為の特訓なんていらないのよ。」
「う~ん、なるほど納得。」
「ははっ!すると僕は走る前から負けていたのか、GCSAに♪」
「流香は頭良いからな。まぁ、今回のやり方には驚いたけど。」
「…勘違いしてる様だから、流香さんの為にも一応言っておくよ。別に僕達は流香さん達に誘惑された訳じゃないよ♪」
「え?」
「流香さん達は僕達に必ずマラソン勝負に出てくるように言ってきただけで、あとは僕達が勝手に盛り上がってたんだ。この勝負に勝ったら付き合って欲しいと言い出したのもブリオとフォーターだ。」
〝それは多分、そういう風に話しをもっていかれたんだって〟
心の中で突っ込む竜沢。
「だから流香さん達を、軽視しないでよ♪」
「お前…根はいい奴だな。女を殴った事は許せないが。」
「本当は…いや、すまない。あの子に謝っといてくれないか?」
実は音根、咲子が急に間に入ってきた為、振り下ろした腕を止めきれなかったのだった。
「本当は自分で言うべきだろ。…ま、伝えといてやるけど。」
竜沢がそう言うと、音根は空を見上げて呟いた。
「もっと早く、君と会えていたら。」
「…お前、怪我人製造機なんだってな。何でだよ?」
率直に聞いてくる竜沢に対し驚いたような表情を見せる音根。
「だってお前、全然そんな感じしねーから。噂が独り歩き…ってパターンなのかと思ってな。何かあるんだろ?理由っつーか、事情っつーか。」
「は、ははっ♪面白いね、君。」
音根はゆっくりと話し出した。
「…僕は元々マラソンランナーだ…
「おい音根っ!ちゃんと俺らの靴磨いとけって言ったろうが!」
上級生に蹴られる音根。この時、音根は小学五年。毎日のように六年生からいじめを受けていたのは、陸上部の部活でのこと。音根は教師らも認めるマラソンの才能を持っていたが、それが気に入らない六年生達から影で痛めつけられていた。
ずっと我慢していた音根だったのだが、この日はもう我慢の限界に来ていた。遂に怒りで我を忘れ、その六年生達に殴りかかった。
元々音楽が好きで、その天才的なリズム感と元来の運動神経が絡み合った時の能力は非常に高く、マラソンもそのリズム感から出来あがった独自の走法で結果を出していたのだった。
皮肉にもその力はケンカにも発揮された。その場に居た六年生十人は音根一人によって全員が倒され、数人は入院コースとなった。
…その後は凄かったよ♪あっという間に僕は学校一の極悪人。入院した奴の親にかなりの権力者が居たらしい。」
「…。」
竜沢は無言で音根の話を聞いていた。
「僕の両親も誹謗中傷の的。そして僕は学校に行かなくなって…そんな時にブラック…いや、色々あってこっちに来たんだよ。ブリオとフォーターも似たようなもんさ♪」
その話しの内容とは裏腹に、音根の表情は穏やかだった。
「今は吹っ切れてる…って感じだな。」
「そう見えるかい?なら…僕も成長したんだね♪」
「あのうるせー外人も静かなデカい外人も、この勝負が終わった後、お前みたいになってるかもな。ははっ、んな簡単なもんじゃないか。」
屈託のない笑顔でそう話す竜沢を見て、音根は妙な気分になっていた。
「ホントに…もっと早く君みたいな奴に会えてたらな。僕達も、弟も…。」
そう言って立ち上がる音根。
「行こう、竜沢。鬼緑山の中心を通ってる階段を真っ直ぐ上がれば先にゴールにたどり着くはずだよ♪」
「おう。んじゃ行くか、音根。」
竜沢も立ち上がり、二人は談笑しながら階段へ向かった。
一方、甲とフォーターの方は…甲が優勢であった。並んではいるが、フォーターは必死という感じだ。
「くっ…」
敵わないと思ったフォーターは体当たり攻撃に出た。
「むう。」
どすっどすっと横から体当たりを浴びせるフォーター。しかし甲は、軽やかに足を運んでダメージを受けない様に流す。
〝ホワイ?なぜこの男は、崩れない?〟
フォーターは小学生の時、複数のスポーツをしていた。中でもマラソンとラグビーを愛する男であり、どちらにも才能があった。しかし、その無愛想な性格がマイナスに働いた事もあり、特に部員の多いラグビー部では『あいつのせいでスタメンから外された』『部を掛け持ちなんて、中途半端な奴だ』『調子に乗っている』等とやっかまれていた。ある日、フォーターのクラスで飼育されていたウサギが何者かによって……。
元々心優しいフォーターはウサギを可愛がっていたが、顔に出ないところが災いし、無表情でウサギを抱く姿が他生徒から『不気味』『ウサギを食うつもりだ』と根も葉もない噂が立つ等とかなり誤解されており、このウサギの件も、まるでフォーターがウサギをやったように噂されていた。その噂を特に広めたのは…同じラグビー部員のクラスメイトだった。
それでも我慢していたフォーターだったが、ある日ウサギを手にかけたのがその部員だと分かり…
「ハァ、ハァ…」
息切れしているフォーター。フォーターは数年前の事を思い出しながら走っていた。
〝アノ時俺は…我慢できなかった。許せなかった。だから俺は……。けど他にドウすればよかった?!ドウすれば良かったんだ?!〟
フォーターは細い目を横に向け、甲の方を見た。
〝コウ・タニズミ、この男…聞いていた話しとチガウ。無愛想、無表情…。しかし…諦めていない。無感情になっていない。全く崩れず…ブレない。俺とはチガウ…〟
頭で考えている事とは裏腹に、フォーターは体当たりを続けていた。だがやはり甲はバランスを崩す事なく走る。流香の特訓が役立つ。そして…
「ハァ、ハァ、ハァ…」
フォーターはダウン寸前、甲はゆとりのラストスパート。
〝甲も勝ったか。何も心配する事なかったね〟
『すいすいくん』上の学美も安心していた。ここで学美は一度『すいすいくん』を停め、スマホを操作した。
「甲!」
たすきを受け取る為に手を伸ばす隆正。
「気を付けろ。」
「ああ?!」
隆正は甲の言葉の意味が分からなかったが、そのままダッシュを付けて弾丸の様な猛スピードで走り去って行く。
「オー!あんなモンスターに勝てるんですかネ!」
「…おい。」
甲がブリオに話し掛けた。
「ホワット?!」
「お前ら三人で来たのか。」
「オーイエー!それが何ですかぁ?」
「いや…。」
〝おかしい。なら何故、走ってる間…〟
甲は何者かの気配を感じ取っていた。熊に似た気配…だろ?どうせ。
階段を何百段も上り、流香と七月はやっとゴールまでたどり着いた。
「やっと着いた~。あー、足腰が痛い。」
「お婆さんみたいなこと言わないでよ。」
「おお、君達か。」
そこには白仮面がいた。
「…。」
引きつり、無言になる七月と流香。
「そろそろ第三コースの中間ぐらいだ。竜沢も谷角も先にたすきを渡したぞ。」
〝見えるの?!〟
心で突っ込む七月。
「このまま順調に行けば山嵐が勝つだろう。そして音根達も結果がどうあれ、走る意味を…喜びを思い出すに違いない。」
白仮面はそれが狙いであった。スポーツを通じて心を浄化する!これぞ白仮面の真髄!…か?!
「何はともあれ、我らはここで待つとしよう。」
「…。」
やはり無言の七月と流香であった。
〝絶好調や!〟
スムーズに走り続ける隆正。ブリオは隆正の遥か後方を走っていた。学美は再び『すいすいくん』で走り出し、そのブリオの姿をビデオに撮っていた。
〝い、今更追い付けませーん。しかーし!ミスター音根やフォーターの為にも、私は最後まで走り続けマース!〟
何かを思い出したブリオ。
『あいつウザいよな』『うるさいんだよ』
ブリオの脳裏に一瞬白黒の映像が流れる。だが、すぐにカラーの音根とフォーターの顔が浮かんで、白黒の映像は消えた。
〝最後まで…走りマス!〟
ブリオはもう負けを確信していたが、それでも最後まで走る事をやめる気はなかった。ブリオの気持ちは晴れていた。その時ここで、音根達とは別の何かがしびれを切らせて動き出した。
「…何やってやがる。」
影からずっと事の成り行きを見ていたその男は、舌を巻くような話し方をする。
「あいつら、もう全然潰す気ねぇじゃん。ったく、しょうがねぇ。」
その男は草むらを駆け回り、先回りをする。そして隆正の走るコース上に立ち、来るのを待っていた。
そこへ隆正が走って来た。
「何やあいつは?」
急ブレーキをかける隆正。
男は、袖口だけがダブっている黒のカンフー着のような上着に、肌にフィットした黒のスラックスを着用。短めの髪は立てるような感じにセットしており、額を出している。
鋭い眼光、不敵に微笑む口。男は隆正の方から目を離さずに、服の袖口から何かを出した。その時!
「困りますね、邪魔されては。」
「何?!」
その男の背後に鏡が来た。男は驚いて振り返り、構えた!
「隆正くんは、そのまま行って下さい。」
「鏡…お、おう!分かったで!」
隆正は二人の横を走る抜ける。そして鏡の横に、ライトを点けた吉馬の車がくる。
「川波!」
「先生、少し目をつぶってて下さい。」
鏡はドライバーグローブをつけた。
「川波鏡…か。さすが…」
しばらく睨み合う二人。
「へっ、一度やってみてぇが…今日のところは…な。」
男は鏡の方を向いたままゆっくりと下がって行き、十メートル以上離れた所で振り返って走り去った。
「…ふう。」
鏡も戦闘体勢を解いた。
「まさか本当に『別の何か』が来るなんて…流香さんの読みが当たりましたか。」
鏡は流香から、走っている最中に隆正が襲われる可能性があるので守るよう頼まれていたのだ。
「お~い川波~。もう目を開けてもいいか~?」
「…。」
本当に目をふさいでいる吉馬に、緊張感が一気に抜けた鏡であった。
ゴール地点。五時四十六分二十二秒…隆正ゴールイン!
「やったね隆正くん!さすが早いねっ。」
「な、七月さ~ん!俺はやったで~!…っと、そうや!途中で変な奴に襲われて、鏡が今戦ってるんや!」
「それなら聞いたよ、さっき鏡ちゃんから。流香のスマホに連絡が入って…」
「あっちはさっさと逃げたんだって。」
そして隆正から遅れること十二分。ブリオもゴールした。
「この勝負、竜沢・谷角・山嵐の…勝ちである!」
朝日を浴びた白仮面が叫ぶ。そのあまりにも美しいコントラストに、流香達は魂が抜けそうになった。
「よっ、どうやら勝った様だな。」
竜沢と音根が一緒にゴール地点に来た。
「あら仲良し。」
微妙に驚く七月。そして全員が集まり、それぞれ握手を交わした。
「これでもう遺恨無しだな。まぁ…初めからこっちに遺恨とか無いんだが…。音根、またやろう。今度はマトモになっ。」
「ははっ、なら次は僕が勝つよ♪」
「…ふん。」
「…フン。」
「七月さんはやらんわい!うわっはっはっは!」
「オー!ハリネズミくんのモノでもないネー!ハッハァ!」
「山嵐や!いい加減覚えろや!」
握手しながら睨み合い、再び火花を散らす三者。
「あいつら勝負が終わった瞬間にまた睨み合ってやがる。」
「いいんじゃない?七月はまんざらでもなさそうだし。」
「えっへへっ、まぁモテるのは嫌じゃないからねー。流香は誰かさん一人でいいんだろうけど。」
「え?」
「おぉ?誰だ誰だ?吐け、流香!」
流香の首を後ろから絞める学美。
「ぐっ、ちょ、ちょっと学美!本気で苦しいよ!」
「吐け~!ま、分かってるけど。」
「あっはは!」
火花散らす竜沢達と、じゃれあう流香達。
「元気があってよろしい。では、さらばだ!とう!」
普通に道路を走り去る白仮面は、吉馬車を猛スピードで横切って行く。車内の鏡は、隆正を狙った男の事を考えていた。
「あの男…気になりますね。」
その後竜沢達は、音根達が何故戦いを挑んできたのか、その理由を聞いたのだが、音根は話し難そうにこう言った。
「少し…待ってくれないか。」
音根は何かを決意していた様子だった。竜沢は笑って言う。
「じゃあ、また今度だなっ。」
こうして音根達との戦いは終わった。だがこれは、本当の戦いの幕開けに過ぎない!
音根達三人は帰路についていた。途中、小さな公園を通る三人。
「ミスター音根、これで良かったですかネ。」
「良くないだろうね。でも…気持ちいいと思わないか♪」
音根の言葉に、うなずくブリオとフォーター。
「あいつらと…また」
「随分とお気楽だな。」
音根の言葉を遮る声。その声に三人は立ちすくんだ。
少し肌寒い、朝靄晴れぬ早朝…まだ誰も居ない公園に響く重々しい声。
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ただ一つ言える事は、かなりの変た……いや、これから間違いなくGCSAの前に立ちふさがるであろう最大の敵という事だ。
竜沢達は、襲い来る数々の過酷な運命に打ち勝つ事が出来るのか?!
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