龍青学園GCSA

楓和

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第5章の4「迷いはあるか?」

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 正門から入り、ガラス扉を抜けてホールに入る竜沢達。

 「おお…」

その広さに唖然とする竜沢。

 「すげー設備だな。」
 「…やっぱりA階段は閉鎖されてますね。奥に進みましょう。」

想像通り手前のA階段のシャッターは閉じられていたので、一番奥のC階段へ向かおうと前に出る鏡。

 「待ってたぞぉ!GCSAぇ!」

ホールにガラガラ声が響いた。

 「ぬぅ?」

声がした方を見た甲の目に、覚えのある男の姿が映った。

 「久しぶりじゃ、谷角ぃ!」

男はバッティング設備の方から、バットを手に持って前に出てきた。

 「…って甲、あの目付きの悪いデカい奴、知り合いかいな?!」
 「いや知らん。」

隆正と甲のやり取りにコケるガラガラ声の男。

 「お、お前等…わしじゃ!安郷じゃー!」

安郷といえば、あの…え~と…一話を見てね。

 「安郷やて?!」
 「ふっ、やっと分かったようやのぉ。」

驚く隆正に対し、しゃくれた顎を触って満足気な笑みを見せる安郷。

 「…って、誰やったっけ?」
 「やはり知らん。」

本気で分からない隆正と甲に、安郷の体が小刻みに震えていた。

 「いやいやお二人とも、あの顎のしゃくれ具合…思い出してあげて下さい。かわいそうですよ?」

敵ながら優しい鏡に対して目を潤ませ、目頭を押さえる安郷。

 「藍川堤防でよくジョギングされてる人ですよ。すれ違う時会釈するでしょ?」
 「大間違いじゃ!どこのおっさん?!」

隆正並みのツッコミを魅せる安郷。

 「ちぃっ!」

その綺麗なツッコミに嫉妬する隆正。

 「まぁもう何でもいい。鏡、やっておしまい。」
 「何の真似ですか?それは。」

竜沢に呆れながらも、ドライバーグローブを付ける鏡。

 「そんな簡単にはいかんぞ。」

安郷の後方、バッティング設備の後ろには扉が有り、その扉を開けてゾロゾロと塾生達が出てきた。その中には猪野岡、馬場崎、鹿島田の姿があった。

 「またかよ、しつこい奴らだな。」

竜沢が苦笑する。

 「さて、一つ教えたるわ。」

安郷がバットを肩に担ぎ、勝ち誇ったかの様な話し方で言う。

 「貴様らは、全員でこのホールを抜ける事は出来へん。」

ポケットから鍵を出して見せる安郷。

 「…何の鍵だ?」

不思議がる竜沢。その答えと思われるモノを鏡が見付けた。

 「あれ…ですかね。」

鏡は、ホールからC階段へ向かう通路に何かがある事を見抜いた。

 「分かった様やのう。」

その何かまで走って近付く竜沢達。

 「何やねん、これ?」
 「かなり硬いですね。」

コンコンと叩く隆正と、手のひらで感触を確かめる鏡。

 「無知なお前らに教えたる!それはガラスの様に見えるが、実は強化プラスチックで出来た思いっきり頑丈な壁じゃ!ここでバッティングとかする時に周りを囲む為の壁でなぁ。色んな形に配置出来るようになっとるんじゃ。」

強化プラスチックはC階段へ向かう方面、一面全てに配置されていた。

 「ちなみに言うとくぞ?鉄製のハンマーで何十回も叩いて、やっとこヒビが入る程の強度じゃ!素手のお前らじゃ絶対に無理じゃのぉ!」

安郷が得意気に話している間に、猪野岡ら塾生達は安郷の前に出て守りを固める。

 「よーするに前の奴らを全員倒してシャクレまでたどり着き、鍵を奪ってこの壁を開けばいいんだな。」

竜沢の言葉に、ニヤける安郷。

 「ちょっと違うのぅ。」

安郷はバットを手から離して足で挟み、尻側のポケットからペンチの様な工具を出した。そしてその工具で鍵の先を挟んだ。

 「察しの通り、この鍵はその強化プラスチックを開くモーターを動かす為の、スイッチボックスの鍵じゃ。ボックスはわしの後ろにある。ただ…今わしが力を入れたら、この鍵は折れてまうっちゅう事やけどな。」
 「…はっきりしろ。何がしたい?」

要領を得ない安郷の長話しに、竜沢がしびれを切らした。

 「…一人や。」

安郷がその薄い眉を動かして言う。

 「川波鏡一人だけ通したる。それ以外の奴は黙ってこいつらにやられたってくれ。さもないと…この鍵を折るでぇ。」

口の端を吊り上げる安郷。

 「奇妙な顔が更に奇妙になってるぞ。」
 「もっとマシな言い回し無いんかい?!」

竜沢のボケに対し、またしても隆正並みのツッコミを魅せる安郷。

 「ちぃっ!」

またしてもその綺麗なツッコミに嫉妬する隆正。

 「うーん…さて、どうするかな。」
 「…竜沢、耐えろよ。」

ふざけている様に見せているが実は割と真剣に考えていた竜沢に、今まで黙っていた甲が口を開いた。

 「甲?」
 「隆正、鏡、少しだけ頼む。」

続いて隆正と鏡にも一声掛け、甲は強化プラスチックに向き合う。

 「甲…お前、まさか」

ドゴンッ!

竜沢が言い終わる前に、甲が強化プラスチックを殴る音がホールに響いた。

 「な、何やとぉ?!」

安郷と猪野岡ら塾生が甲を見て驚いている間に、隆正と鏡は塾生達の方に歩いて近付き、竜沢と塾生らのちょうど中間辺りで立ち止まった。
そう、それは竜沢と甲を守るという意思表示。

 「邪魔するなら僕らが相手します。」
 「来いや!今回だけは本気でやったるわ!」

学美の為に戦った時と同じセリフを言う隆正。二人は甲が強化プラスチックを破ると信じているのだ。それまでここを通さない…そういう事だ。

一方、強化プラスチックを二度、三度と殴り続ける甲。

 「こ、甲…」

鏡達の方も気になるが、甲も心配な竜沢。

ドゴンッ!

強化プラスチックにはヒビ一つ入っていない。ただ…

 「こ、甲っ!」

甲が殴っている部分に赤い色が付いている事に気付く竜沢。

 「止めろ!拳がつぶれるぞ!」
 「竜沢!」

竜沢が甲の右手を押さえようとした時、甲が声を張り上げた。

 「甲…?」
 「耐えろと言ったろ?…黙って、聞いてくれ。」

甲は少し笑みを浮かべ、竜沢に話し掛ける。その間も殴る手を止めない。

 「俺は一度、お前を裏切った。」
 「お前、何言って…」
 「俺が北海道から出て来たのは…強い奴と戦う為だ。強い奴と戦い…そして勝つ。その為に、例え大事なものを失ったとしてもかまわん…俺はそう考えていた。」

甲は殴り続ける。ついに右拳からの血が床に飛び散った。

 「止めろって言ってんだろ!」
 「なのに…俺は!」

ドゴンッ!ビキッ

…強化プラスチックにヒビが入った。

 「な、何じゃとぉ?!」

自分の目を疑う安郷達。

 「な、な、何しとんじゃお前ら!行け!行って谷角を倒すんじゃ!」

安郷に言われ、甲に向かっていく塾生達。しかし、立ちはだかる二人が居る。

 「通さへんで!」
 「絶対にね。」

隆正と鏡と、塾生達が交戦に入った。

ドゴンッ!

甲が殴っている部分のヒビが広がっていく。だが同時に血の量も増えている。

 「俺は…負けた。全てを捨てて戦ったのにな。…いや、だから負けた。」

ヒビの周辺には甲の血がべったりと付いている。

 「お前も気付いていたんだろ?俺が鏡と本気で戦いたいと思っていたことを。」
 「…ああ。」
 「ふっ。俺は…お前らの敵になるのが手っ取り早い、そう考えた。ただ鏡と戦う事を望み、他の大事な何かに背を向けたんだ。」
 「甲…」

竜沢は甲の振り絞るような言葉を、ひとつひとつ噛み締めるように聞いていた。

 「日が経つにつれ、大事な何かって奴がどうにも気になってな。頭の中に迷いが生まれた…そして、それが大きくなっていた。」

甲の右拳はもう血まみれで、どうなっているのか分からない状態。

 「この気持ちに気付いたのはあの…龍青と黒点塾との戦いの時。黒点塾に行ってからたった五日なのに…竜沢、鏡、それに流香たちの顔を見て、声を聞いて…まるで昔から当たり前の様に居た友と、何年ぶりかに会った様な感覚。それで、やっと分かった。俺は強い奴と戦いたいんじゃない。誰かを守る為に強くなりたいんだ…ってな。」

バガンッ! 

遂に甲の拳は、強化プラスチックを突き抜いた。

 「ア、アホなぁ?!」

ビビる安郷。鏡達と戦っていた猪野岡らも驚いていた。

 「へへっ、やりおったで。」

鼻血を拭きながら笑う隆正。

 「シャクレさん、鍵…いりませんよ。」
 「ぐ、ぐぅぅ…」

後ろに下がって行く安郷。

 「確かに鏡と戦い、何か納得出来たところはある。だが本当に俺が強さを求めていたのは、友の為に戦う…その為なんだ。」
 「甲…」
 「親父が言ったこと…今なら分かる。竜沢、今の俺の拳に…迷いはあるか?」

甲の右拳は血で染まり、傷口さえ見えなかった。

 「お前…」
 「迷いは…あるか?」

甲はその血みどろの拳を竜沢に向け、ニヤリと笑った。竜沢は、じっと見て答える。

 「…無いな。迷いなんかどこにも無い。」
 「ふっ。」

もう呆れるしかない竜沢は、笑っていた。甲も笑う。

甲は強化プラスチックを完全に破った。その強化プラスチックは甲にとって、今までの自分だったのだろうか?
甲は今、最高の気分だった。
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