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第1章・第11話「寄生者」
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この世界には四つの大国が存在する。
雪に覆われたギラン、年中熱いレイオン、最も栄えているティダン、そして水が豊富なガイカン。
国王の子がそれぞれの国の最高責任者となっている為、世界はティダン国王・ゴーリにより統一されていると言える。しかし、三人の王子はその事に納得していないとも言われている。ゴーリに取って代わろうと手ぐすねを引いている者も居ると噂されていた。
ゴーリ国王は器も大きく、家臣達からの信頼も厚い。民からも慕われており、国王として申し分ない力量だ。
しかし職務に真剣に取り組んできたが故か、自分の子らは家臣に任せ切りになってしまい、結果王子らは親であり国王でもあるゴーリに対し、敬う気持ちはあるものの愛情は一切無く、それぞれ性格も考え方も異なる特殊な兄弟、特殊な王となってしまった。
高原都市・ギランを統治する長男・ノーゼ王子は冷静沈着だが、自分に従わない家臣に対して有りもしない罪を着せて処刑してしまうような冷血な男だと言われている。
熱帯都市・レイオンを統治する次男・ザウル王子は豪快な性格で、裏表のないところは民から慕われているものの、国王を亡き者にして自分が国王の座に就く事を狙っている野心家であり、その事を良く思わない家臣達からは疎まれている。
そして水上都市・ガイカンを統治する三男・ヴィエズ王子は他の二人の王子と違い、穏やかで情に厚いと言われているのだが…実際は…
「俺の師匠、ザンジーは…ガイカン城で死んだ。」
ロックの師匠であり育ての親でもあるザンジーは、精獣の研究者であった。
ロックの両親も精獣の研究者で、ザンジーの教え子だった。ある日大規模な工事による崩落事故によりロックの両親は死亡。ザンジーは孤児となったロックを引き取った。
独り身だったザンジーは故郷のギュウハン村でロックと共に暮らし、精獣の研究を続けていたが、チュウガン村という所に音の精獣・ネネコが居るという噂を聞き、ロックを連れて旅に出た。
チュウガン村にある神殿でネネコに会う事が叶ったザンジーは、自分の年齢では契約出来ない事を知りながらもネネコに願った。
《残念だけど不可能ね。そういう決まりだもの。ただ…その子には契約者の資格があるようね》
ザンジーは迷った。
まだ未知であり分からない部分が多い精獣との契約に、ロックを巻き込むのは本意ではなかったからだ。
「俺、大丈夫だよ。てか、なりたい。精獣の契約者に。」
ロックは自らネネコの契約者になる事を決めた。
ザンジーはチュウガン村に移住し、ロックと共に数年、精獣の研究に没頭した。
ロック、ネネコとの生活は、ザンジーにとって幸せな日々だった。
ある日、ザンジーが精獣研究者である事を聞きつけたガイカンのヴィエズ王子の使者が、家にやってきた。
「城へ来いと?」
「そうだ。王子は精獣に興味がお有りで、お前の話を聞きたいとの仰せだ。」
ザンジーは、何故か嫌な予感がした。
〝どう出るか…。ロックの…契約者の事は分かっていないと思いたい、が…〟
「…支度する。研究書類等の用意もいるのでな。」
ザンジーは一旦使者を帰し、ロックとネネコにこう言った。
「ここを出て、出来るだけガイカンから離れるんだ。お前ももう立派な男だ。それに、ネネコと一緒なら大丈夫だろう?」
「え?ああ、そりゃあな。俺も男だからよ!でも…何でだ?」
「…精獣の力は大きい。お前も知っての通り、その力を悪用しようとする輩も居る。」
ザンジーは精獣の研究をしつつ、色々な事をロックに教えて来た。精獣の力を悪用した王が居たという歴史も…である。ザンジーは万が一を考えていた。
「…師匠はどうするんだよ。」
「それはあっちの出方次第だが…」
ロックに心配を掛けまいと、心の中とは裏腹に笑顔を向けるザンジー。
「ま、大丈夫だ。お前は自分とネネコの事だけ考えりゃいいんだよ。」
こうしてロックは、ネネコと共にしばらくチュウガン村を離れる事になった。
ガイカン城。
水上都市の中央にそびえ立つ、高い塀に囲まれた石の王城だ。
城内、王の間にてザンジーはヴィエズ王子と謁見する。何故か家臣達を全て退かせ、一対一になっていた。
「お前がザンジーか。精獣の研究をしているそうだな。」
優しくもしっかりした口調で、豪華な椅子に座ったまま話し出すヴィエズ王子。
ヴィエズ王子は金髪で金色の瞳をした美男子。顎のラインが細く、凛々しい。女性にモテるであろう顔立ちだ。足を組み、肘を付いた状態が様になっている。
「はい。」
「で…どこまで研究している?」
「どこまで…と言われましても、説明が難しいですね。」
「そうだな、例えば…精獣の名や数、それに、精獣の力…とか。」
「…ふむ、そうですな。いくつかの名は知ってます。精獣の数は、文献によってまちまちで、十二とも十三とも記されていますがはっきりとは分かっておりません。力は…それこそはっきりと書かれたものはありませんな。」
「ふぅん?…なるほど。では、精獣と実際に遭った事は?」
「…いえ。」
「ほぉ?」
ヴィエズ王子の顔付きが僅かに変わった事に気付くザンジー。
「精獣に遭ってみたい…とは思わぬか?」
「もちろん、遭ってみたいと思ってます。」
「そうだろうな、それが研究者というものだ。」
ヴィエズ王子の、その何かを含んだような話し方に、ザンジーの額からは汗が滲み出てきていた。
「暑いか?」
「…いえ。」
「ふん…どうだザンジー、ガイカン専属の研究者にならんか?」
「?!」
ヴィエズ王子の意外な言葉に、ザンジーは驚いた。
「もちろん精獣のだ。」
「は、はぁ…」
「研究期間も長いんだろう?そろそろ、一歩踏み出した研究をしないと先に進まないのではないか?」
「…と、仰せられますと。」
真顔で聞くザンジー。
「急にかしこまったな、ザンジー。…まぁいい。」
その長い足を回す様に前に出し、椅子から立ち上がるヴィエズ王子。
「金は出す。私を…精獣の契約者にしろ。」
ザンジーは驚きを隠せなかった。ヴィエズ王子が精獣との契約の事を知っていたのも意外だったが、まさか自分を契約者にしろとは…
「何を言い出しまする。」
「ふん、知っているんだろ?精獣と契約すれば大いなる力を得る事が出来る…そうだな、ザンジー。」
ザンジーの額から出る汗は、もう床に落ちる程であった。
誤魔化せない…どこで知ったか、ヴィエズ王子は契約の事を理解している。
「…されど、肝心の精獣が居なくては」
「居る。」
ヴィエズ王子は椅子から離れてゆっくりとザンジーに近付いており、もう傍にいた。
ザンジーは焦っていた。ヴィエズ王子はネネコの事を言っていると思ったからだ。
この先、言葉の選択を間違えればロックに危険が降りかかる、と…。
「…この城にな。」
意外な言葉だった。ザンジーは複雑な表情になった。
「こ、ここに…?」
「そうだ。」
顔を上げたザンジーの目を、見下ろす様に見ているヴィエズ王子。
「な、え…精獣が…」
「ほぉ?ここにきて最も動揺しているな、ザンジー。」
ヴィエズ王子は楽しそうに言い、ザンジーに背を向けた。
「兄二人は精獣をお伽話のように受け取っているんで全く興味がない訳だが…私は大いにあるんだよ。」
この時ザンジーは冷静さを取り戻し、予想し出していた。恐らくヴィエズ王子はこの城に連れて来ているのではないか、と。精獣…ではなく、精獣の分身を。
「ヴィエズ王子、精獣は聖域を離れません。」
「……何だと?」
ヴィエズ王子は怪訝な顔をした。
「私の研究によれば、精獣は聖域を離れた場合、その存在を失います。」
その時ヴィエズ王子は明らかに動揺した。
「もしこの城に精獣が居る…という事になりますと、それは偽物。もしくは精獣の分身である…という事になります。」
「な…」
ヴィエズ王子は目を細めた後、怒りを面に出した。
それはザンジーに対してではない。恐らくは精獣を捕らえて連れて来たであろう、家臣に対してである。
「ヴィエズ王子、無理もない。精獣の研究者である私ならいざ知らず、普通なら分からぬ事です。」
「く、むう…」
ヴィエズ王子はザンジーからゆっくりと離れて行き、再び豪華な椅子に腰掛けた。
「…ザンジー。」
二回、深く呼吸してからザンジーの方を見るヴィエズ王子。落ち着きを取り戻した様だ。
「分身には何が出来る。」
〝まずはそこか…〟
さすがだなと、ザンジーはヴィエズ王子に対し、侮れない男だという認識を強めた。
「そうですな…分身に出来るのは本体の代わりに聖地を守ること、そして本体の力の一部を使えること…そのように伝えられています。」
「契約は出来ないのか。」
「出来ません。」
「…そうか。」
溜息をつくヴィエズ王子。
「いや…まぁいい。とにかく先程の話しに戻ろう。…ここで精獣専属の研究者になれ、ザンジー。」
「…お断り致します。」
「断る…だと?」
ヴィエズ王子は険しい表情になった。ゆっくりと目を閉じるヴィエズ王子。
「それより、その分身を元の場所に戻してやって下さい。どこから連れて来たのですか?」
「…」
「分身を失った聖地は、場合によっては荒れ果ててしまいます。」
「…」
「ヴィエズ王子、どこから連れて来たのですか?」
「…」
「王子…」
「黙れ、ザンジー。」
急に目を見開いたヴィエズ王子の顔付きは、今迄とは全く異なるものであった。
「お、王子…?」
ザンジーの額に、引いていた汗が再び溢れ出た。
「………ち、違う?」
「…ふん。」
立ち上るヴィエズ王子。
「何が違う?」
ヴィエズ王子は、腰の剣に手をやった。
「私はヴィエズだ。」
ニヤっとするヴィエズ王子。
「お、お前は一体…」
「もう一度言うぞ、ザンジー。…ここで精獣の研究をするんだ。」
ヴィエズ王子は剣を抜き、ザンジーの方へ近付いて行く。
「く…」
ザンジーは立ち上がり、ゆっくりと後退する。
「何を勝手に立ち上がっている?…お前の選択は二つ。ここで私の為に精獣の研究をするか、それとも………死ぬか、だ。」
またもニヤっとするヴィエズ王子。
「普通じゃない。ヴィエズ王子…それともヴィエズ王子の偽物、か?」
「…私はヴィエズだ。」
「もしや?!…き、寄生者?」
「…ほぉ。まさか我々を知っているとはな。」
寄生者とは、外部から人間の脳に寄生する小さな知的生命体であり、精獣と同等クラスの希少な存在である。
寄生者は一度寄生したら二度と離れる事はない。寄生者が本体から離れるという事は、その本体の死を意味するからだ。
「ある筋では妖精のカテゴリに入ると聞いたが…」
「そういった知識も持ち合わせているか。…惜しいな。やはり私の言う通り、専属研究者としてここに居ろ。」
剣の切っ先を、ザンジーの眼前に向けるヴィエズ。
「そ、それは断ると言ったはずだ。」
「頑固だな…ならば」
その時、剣を握るヴィエズの腕が震え出した。
「…ザンジー、ここを去れ。」
「?!」
ヴィエズ王子が歪んだ表情でザンジーに言った。
「早く…去れ。」
「ヴィエズ王子の精神?生きたまま寄生しているのか?!…二つの人格がせめぎ合っている。くっ!」
ザンジーは悟り、ヴィエズ王子に背を向けて走り出した。
「………に、がす…かぁ!」
懐から短剣を出し、ザンジーの背を目掛けて短剣を投げるヴィエズ。
「ぐぁあっ!」
短剣はザンジーの背に深々と突き刺さった。
「ロ、ロック…」
ザンジーは薄れる意識の中で、ロックの笑顔を思い出していた。
「もう…一緒に居て、やれん……すまん…」
ザンジーはゆっくりと目を閉じた。
雪に覆われたギラン、年中熱いレイオン、最も栄えているティダン、そして水が豊富なガイカン。
国王の子がそれぞれの国の最高責任者となっている為、世界はティダン国王・ゴーリにより統一されていると言える。しかし、三人の王子はその事に納得していないとも言われている。ゴーリに取って代わろうと手ぐすねを引いている者も居ると噂されていた。
ゴーリ国王は器も大きく、家臣達からの信頼も厚い。民からも慕われており、国王として申し分ない力量だ。
しかし職務に真剣に取り組んできたが故か、自分の子らは家臣に任せ切りになってしまい、結果王子らは親であり国王でもあるゴーリに対し、敬う気持ちはあるものの愛情は一切無く、それぞれ性格も考え方も異なる特殊な兄弟、特殊な王となってしまった。
高原都市・ギランを統治する長男・ノーゼ王子は冷静沈着だが、自分に従わない家臣に対して有りもしない罪を着せて処刑してしまうような冷血な男だと言われている。
熱帯都市・レイオンを統治する次男・ザウル王子は豪快な性格で、裏表のないところは民から慕われているものの、国王を亡き者にして自分が国王の座に就く事を狙っている野心家であり、その事を良く思わない家臣達からは疎まれている。
そして水上都市・ガイカンを統治する三男・ヴィエズ王子は他の二人の王子と違い、穏やかで情に厚いと言われているのだが…実際は…
「俺の師匠、ザンジーは…ガイカン城で死んだ。」
ロックの師匠であり育ての親でもあるザンジーは、精獣の研究者であった。
ロックの両親も精獣の研究者で、ザンジーの教え子だった。ある日大規模な工事による崩落事故によりロックの両親は死亡。ザンジーは孤児となったロックを引き取った。
独り身だったザンジーは故郷のギュウハン村でロックと共に暮らし、精獣の研究を続けていたが、チュウガン村という所に音の精獣・ネネコが居るという噂を聞き、ロックを連れて旅に出た。
チュウガン村にある神殿でネネコに会う事が叶ったザンジーは、自分の年齢では契約出来ない事を知りながらもネネコに願った。
《残念だけど不可能ね。そういう決まりだもの。ただ…その子には契約者の資格があるようね》
ザンジーは迷った。
まだ未知であり分からない部分が多い精獣との契約に、ロックを巻き込むのは本意ではなかったからだ。
「俺、大丈夫だよ。てか、なりたい。精獣の契約者に。」
ロックは自らネネコの契約者になる事を決めた。
ザンジーはチュウガン村に移住し、ロックと共に数年、精獣の研究に没頭した。
ロック、ネネコとの生活は、ザンジーにとって幸せな日々だった。
ある日、ザンジーが精獣研究者である事を聞きつけたガイカンのヴィエズ王子の使者が、家にやってきた。
「城へ来いと?」
「そうだ。王子は精獣に興味がお有りで、お前の話を聞きたいとの仰せだ。」
ザンジーは、何故か嫌な予感がした。
〝どう出るか…。ロックの…契約者の事は分かっていないと思いたい、が…〟
「…支度する。研究書類等の用意もいるのでな。」
ザンジーは一旦使者を帰し、ロックとネネコにこう言った。
「ここを出て、出来るだけガイカンから離れるんだ。お前ももう立派な男だ。それに、ネネコと一緒なら大丈夫だろう?」
「え?ああ、そりゃあな。俺も男だからよ!でも…何でだ?」
「…精獣の力は大きい。お前も知っての通り、その力を悪用しようとする輩も居る。」
ザンジーは精獣の研究をしつつ、色々な事をロックに教えて来た。精獣の力を悪用した王が居たという歴史も…である。ザンジーは万が一を考えていた。
「…師匠はどうするんだよ。」
「それはあっちの出方次第だが…」
ロックに心配を掛けまいと、心の中とは裏腹に笑顔を向けるザンジー。
「ま、大丈夫だ。お前は自分とネネコの事だけ考えりゃいいんだよ。」
こうしてロックは、ネネコと共にしばらくチュウガン村を離れる事になった。
ガイカン城。
水上都市の中央にそびえ立つ、高い塀に囲まれた石の王城だ。
城内、王の間にてザンジーはヴィエズ王子と謁見する。何故か家臣達を全て退かせ、一対一になっていた。
「お前がザンジーか。精獣の研究をしているそうだな。」
優しくもしっかりした口調で、豪華な椅子に座ったまま話し出すヴィエズ王子。
ヴィエズ王子は金髪で金色の瞳をした美男子。顎のラインが細く、凛々しい。女性にモテるであろう顔立ちだ。足を組み、肘を付いた状態が様になっている。
「はい。」
「で…どこまで研究している?」
「どこまで…と言われましても、説明が難しいですね。」
「そうだな、例えば…精獣の名や数、それに、精獣の力…とか。」
「…ふむ、そうですな。いくつかの名は知ってます。精獣の数は、文献によってまちまちで、十二とも十三とも記されていますがはっきりとは分かっておりません。力は…それこそはっきりと書かれたものはありませんな。」
「ふぅん?…なるほど。では、精獣と実際に遭った事は?」
「…いえ。」
「ほぉ?」
ヴィエズ王子の顔付きが僅かに変わった事に気付くザンジー。
「精獣に遭ってみたい…とは思わぬか?」
「もちろん、遭ってみたいと思ってます。」
「そうだろうな、それが研究者というものだ。」
ヴィエズ王子の、その何かを含んだような話し方に、ザンジーの額からは汗が滲み出てきていた。
「暑いか?」
「…いえ。」
「ふん…どうだザンジー、ガイカン専属の研究者にならんか?」
「?!」
ヴィエズ王子の意外な言葉に、ザンジーは驚いた。
「もちろん精獣のだ。」
「は、はぁ…」
「研究期間も長いんだろう?そろそろ、一歩踏み出した研究をしないと先に進まないのではないか?」
「…と、仰せられますと。」
真顔で聞くザンジー。
「急にかしこまったな、ザンジー。…まぁいい。」
その長い足を回す様に前に出し、椅子から立ち上がるヴィエズ王子。
「金は出す。私を…精獣の契約者にしろ。」
ザンジーは驚きを隠せなかった。ヴィエズ王子が精獣との契約の事を知っていたのも意外だったが、まさか自分を契約者にしろとは…
「何を言い出しまする。」
「ふん、知っているんだろ?精獣と契約すれば大いなる力を得る事が出来る…そうだな、ザンジー。」
ザンジーの額から出る汗は、もう床に落ちる程であった。
誤魔化せない…どこで知ったか、ヴィエズ王子は契約の事を理解している。
「…されど、肝心の精獣が居なくては」
「居る。」
ヴィエズ王子は椅子から離れてゆっくりとザンジーに近付いており、もう傍にいた。
ザンジーは焦っていた。ヴィエズ王子はネネコの事を言っていると思ったからだ。
この先、言葉の選択を間違えればロックに危険が降りかかる、と…。
「…この城にな。」
意外な言葉だった。ザンジーは複雑な表情になった。
「こ、ここに…?」
「そうだ。」
顔を上げたザンジーの目を、見下ろす様に見ているヴィエズ王子。
「な、え…精獣が…」
「ほぉ?ここにきて最も動揺しているな、ザンジー。」
ヴィエズ王子は楽しそうに言い、ザンジーに背を向けた。
「兄二人は精獣をお伽話のように受け取っているんで全く興味がない訳だが…私は大いにあるんだよ。」
この時ザンジーは冷静さを取り戻し、予想し出していた。恐らくヴィエズ王子はこの城に連れて来ているのではないか、と。精獣…ではなく、精獣の分身を。
「ヴィエズ王子、精獣は聖域を離れません。」
「……何だと?」
ヴィエズ王子は怪訝な顔をした。
「私の研究によれば、精獣は聖域を離れた場合、その存在を失います。」
その時ヴィエズ王子は明らかに動揺した。
「もしこの城に精獣が居る…という事になりますと、それは偽物。もしくは精獣の分身である…という事になります。」
「な…」
ヴィエズ王子は目を細めた後、怒りを面に出した。
それはザンジーに対してではない。恐らくは精獣を捕らえて連れて来たであろう、家臣に対してである。
「ヴィエズ王子、無理もない。精獣の研究者である私ならいざ知らず、普通なら分からぬ事です。」
「く、むう…」
ヴィエズ王子はザンジーからゆっくりと離れて行き、再び豪華な椅子に腰掛けた。
「…ザンジー。」
二回、深く呼吸してからザンジーの方を見るヴィエズ王子。落ち着きを取り戻した様だ。
「分身には何が出来る。」
〝まずはそこか…〟
さすがだなと、ザンジーはヴィエズ王子に対し、侮れない男だという認識を強めた。
「そうですな…分身に出来るのは本体の代わりに聖地を守ること、そして本体の力の一部を使えること…そのように伝えられています。」
「契約は出来ないのか。」
「出来ません。」
「…そうか。」
溜息をつくヴィエズ王子。
「いや…まぁいい。とにかく先程の話しに戻ろう。…ここで精獣専属の研究者になれ、ザンジー。」
「…お断り致します。」
「断る…だと?」
ヴィエズ王子は険しい表情になった。ゆっくりと目を閉じるヴィエズ王子。
「それより、その分身を元の場所に戻してやって下さい。どこから連れて来たのですか?」
「…」
「分身を失った聖地は、場合によっては荒れ果ててしまいます。」
「…」
「ヴィエズ王子、どこから連れて来たのですか?」
「…」
「王子…」
「黙れ、ザンジー。」
急に目を見開いたヴィエズ王子の顔付きは、今迄とは全く異なるものであった。
「お、王子…?」
ザンジーの額に、引いていた汗が再び溢れ出た。
「………ち、違う?」
「…ふん。」
立ち上るヴィエズ王子。
「何が違う?」
ヴィエズ王子は、腰の剣に手をやった。
「私はヴィエズだ。」
ニヤっとするヴィエズ王子。
「お、お前は一体…」
「もう一度言うぞ、ザンジー。…ここで精獣の研究をするんだ。」
ヴィエズ王子は剣を抜き、ザンジーの方へ近付いて行く。
「く…」
ザンジーは立ち上がり、ゆっくりと後退する。
「何を勝手に立ち上がっている?…お前の選択は二つ。ここで私の為に精獣の研究をするか、それとも………死ぬか、だ。」
またもニヤっとするヴィエズ王子。
「普通じゃない。ヴィエズ王子…それともヴィエズ王子の偽物、か?」
「…私はヴィエズだ。」
「もしや?!…き、寄生者?」
「…ほぉ。まさか我々を知っているとはな。」
寄生者とは、外部から人間の脳に寄生する小さな知的生命体であり、精獣と同等クラスの希少な存在である。
寄生者は一度寄生したら二度と離れる事はない。寄生者が本体から離れるという事は、その本体の死を意味するからだ。
「ある筋では妖精のカテゴリに入ると聞いたが…」
「そういった知識も持ち合わせているか。…惜しいな。やはり私の言う通り、専属研究者としてここに居ろ。」
剣の切っ先を、ザンジーの眼前に向けるヴィエズ。
「そ、それは断ると言ったはずだ。」
「頑固だな…ならば」
その時、剣を握るヴィエズの腕が震え出した。
「…ザンジー、ここを去れ。」
「?!」
ヴィエズ王子が歪んだ表情でザンジーに言った。
「早く…去れ。」
「ヴィエズ王子の精神?生きたまま寄生しているのか?!…二つの人格がせめぎ合っている。くっ!」
ザンジーは悟り、ヴィエズ王子に背を向けて走り出した。
「………に、がす…かぁ!」
懐から短剣を出し、ザンジーの背を目掛けて短剣を投げるヴィエズ。
「ぐぁあっ!」
短剣はザンジーの背に深々と突き刺さった。
「ロ、ロック…」
ザンジーは薄れる意識の中で、ロックの笑顔を思い出していた。
「もう…一緒に居て、やれん……すまん…」
ザンジーはゆっくりと目を閉じた。
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死を覚悟した彼女を拾ったのは、帝国の裏社会を支配する「皇帝の弟」ヴィンセント公爵。
彼はエレーナの力を「至宝」と呼び、彼女を公爵家の実の娘として迎え入れた。
それから数年。
エレーナは、二人の過保護な兄と、五人の精鋭部下に囲まれ、美しくも最強の工作員へと成長していた。
すべてを暴く『黄金の瞳』、すべてを操る『魅了』、そして伝説の師匠たちから授かった至高の淑女教育を武器に。
一方、継母イザベラは父を捨て、さらなる権力を手に入れるため、悪名高い侯爵の妻として社交界の頂点に君臨していた。
「お久しぶりです、お母様。……化け物と呼ばれた私からの、お返しを受け取ってくださいね」
捨てられた少女による、優雅で残酷な復讐劇。
今、その幕が上がる。
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