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第1章 猛獣たちの目覚め
♯3 想定外の『ゼロ距離』
しおりを挟む午後3時。
フロアに色々なキーボードの音だけが響く中、憂衣は1人頭を抱えていた。
(後ここを打てば完成するのに、どうしてエラーが……!梶さんに、聞くしか………)
怒られる覚悟で、恐る恐る隣のデスクの梶に声をかけた。
憂衣「あ、あの……梶さん。すみません、ここ、数字が合わなくて……」
維斗「……貸せ」
ぶっきらぼうな返事。
憂衣はいつものように、自分のデスクの左側に少しズレて場所を空けた。
いつもなら梶は、その空いたスペースに横から手だけを伸ばしてマウスを操作し、淡々と教えてくれるはずだった。
だが、今日は違った。
(……えっ!?)
梶は憂衣の背後から覆いかぶさるようにして、デスクに両手を突いた。憂衣の体は、梶の丁度いい胸板とデスクの間に完全に閉じ込められる形になった。
あまりの至近距離に驚いた憂衣は、マウスを握ったまま手を離すタイミングを失ってしまった。
憂衣「っ……!」
維斗「……画面、ちゃんと見とけよ」
梶は、憂衣の小さな手の上から、自分の大きな掌を迷いなく重ねた。
熱い。
マウスを介して、梶の指の感触と、男らしい掌の厚みがダイレクトに伝わってくる。
耳元では、彼のクールな関西弁が低く、微かに熱を帯びて響いた。
(な、何この状況……! 手の上に、梶さんの手が重なってる……! 私の手を包み込むような、この圧倒的な『支配感』……ッ!)
梶の指が動くたび、憂衣の手の甲に彼の腱の動きが伝わる。それは彼女にとって、どんな官能的な言葉よりも雄弁な「極上の資料」だった。
維斗「あー。……わるい。俺がさっき渡した資料1つ前のやつやったわ。」
と梶が呟くが、憂衣の耳には届いてなかった。
憂衣「……梶さん」
維斗「……何や」
梶はパソコン画面の数字を修正しながら返事をする。
憂衣「あの……その、今、私の手を包んでる……その綺麗な指……。骨格の構造を、もっと詳しく知りたいので……直接触らせてもらってもいいですか?」
維斗「…………は?」
梶の動きがピタリと止まった。
憂衣はハッとして顔を上げたが、もう遅い。潤んだ瞳(資料への欲望)で至近距離の梶を見上げ、震える声で続けた。
憂衣「あ、いや、その、あまりに綺麗な造形で……! なんというか……っ!」
梶は憂衣の手を包み込んでいるマウスからゆっくりと手を離すと、しばらく無言で憂衣の「潤んだ瞳(資料への欲望)」を見つめていた。
そして、呆れ果てたように深く吐息を漏らす。
維斗「…………あほ」
低く、けれどどこか温度の宿った声。
次の瞬間、梶の綺麗な中指が、憂衣の額にパチンと軽い…いや、結構強めなデコピンを落とした。
憂衣「っ、いだっ!?」
維斗「……自分、仕事中に何考えとんねん。……さっさと手動かせ。数字は打ち変えとったから」
梶はそれだけ言うと、耳元を少しだけ赤くして、逃げるように自分の席へ戻っていった。
憂衣は赤くなった額を押さえながら、震える手で『丸秘メモ』を爆速で立ち上げる。
(メモ……! 『背後からの捕獲と、重なる指先の残熱』! あの覆いかぶさるような体勢、そして『あほ』の響き……!! ああ、梶さん、あなたは本当に素晴らしい最高級の資料ですぅ……っ!!)
隣で見ていた一楓が「あんた、本当によくクビにならないわね……」と遠い目をして呟いていた。
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