相馬さんは今日も竹刀を振る 

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「始め!」
「キャァ!」
「どうぇい!」

弓岡警視正の号令で、双方が奇声を上げて竹刀を振り合う。

「まて!相殺!戻れ!」

双方、小手を撃ち合うが、審判の旗は下で交差されるだけ。
まったくの同時だったんだろう。

「……まだ、やるか?」
「おう!」
「オネガイシマス!」
「……わかった。始め!」



冷蔵庫を買い足しておいて良かった。
45リットルの四角形の冷蔵庫じゃ足りなかった。
婦警さんが差し入れしてくれた水野ではなく、いつもの軟水ミネラルウォーターで一休みしていると、ゴリラがノシノシやって来た。
ここ、なんか防音加工はしてあるっぽいけど、元はただのご町内公民館だから、貴方みたいな筋肉がドカドカ歩いて来たら床が抜けても知らないよ?

「おいシショー、お前、嫁に何を仕込みやがった!」
「失礼な。」

あと、なんかいやらしい言い方しないでください。
さっきまで死体になってて、今は僕の周りで休んでいた婦警さん達が、ゾワって引きました。
僕みたいな朴念仁(誤用)でも分かりましたよ。

「あの方は、神警(カミケイ)の伝説だぞ。」

神奈川県警をカミケイって言うんだ。

「俺だって、まだ勝ってねぇ。」
「え?後藤さん、全警大の優勝者ですよね?」
「あの方が競技会から引退したからだよ。俺が日本一になれたのは。あの方が引退したから日本一になれた警察官が、日本全国に何人いると思ってやがる。」

知らんがな。

「なのに、お前の嫁は互角じゃねぇか。アレじゃ俺じゃ、お前の嫁に勝てないぜ。」
「だから、僕のお嫁さんではですね…
「いつも一緒に稽古してた麗香が驚いてるぜ。全道準優勝者が、アレじゃ私じゃ勝てないってぶつぶつ言ってやがる。」

食い気味だ。

「…敢えて言うなら、彼女の開き直りですかね。」
「開き直りぃ?」


「そこまで、辞め辞め!宮崎が使い物にならなくなる。」
「エー!」
「警視正、まだ私は行けます!」
「歳を考えろ!歳を。今ここに、お前と立ち合いしたがっている人間はまだいるんだ!」



「おい。とうとう平成の剣聖と引き分けたぜ。16歳の小娘が。」
「その16歳の、法的に結婚出来ない小娘を、何故(本人含めて)みんなして嫁にするんですか?」
「諦めろ!お前も早くコッチに来い!」
「………後藤さん。結婚をもう後悔してるんですか?」
「愚痴ぐらい聞いてくれよ。」
「…貴方、一応僕らの事実上の保証人って自分で認めていたでしょう。保証される側に愚痴溢してどうすんですか。」
「お前が警視監の孫だからだ。」

理不尽な。


「ちょっとちょっと、師匠?瑞穂ちゃんに何かどうなったの?一昨日私と試合した時より早くなっているわよ。」

今度はそのゴリラの配偶者がノシノシやって来たぞ。
いや、ゴリラはゴリラだけど、配偶者さんはお綺麗なお姉さんですが。
なんでこんなゴリラの元に、北海道から嫁に来たかなぁ。

「…早さの違いが分かれば合格ですよ。敢えて失礼な事言いますが、あれは今の水野さん(わざと旧姓)との試合には必要ないスキルなんです。後藤警部補とガチ試合するなら必要となるかなぁ。」
「俺と?…麗香はたしかに俺たちほどじゃないから、お前に弟子入りしたけどよ。一応警察じゃ全国で通用する剣士だぜ。ここにいる婦警共は我が県なら代表になれる強さだが…
「ちょっと待って下さい?まさか?」
「前に言っただろ?ここに来る連中は国体の選抜もしてるって。ウチの隊長が推薦したメンツを、警視正と警視監が毎日篩にかけていたんだ。コイツらは、ウチの県の代表候補だよ。」


その代表候補者さん達を、さっき僕らでボコりましたけど。
昭和の剣聖や、平成の剣聖は、それぞれ警察剣道の大先輩だけど、16歳の小娘に一太刀も浴びせ掛けられませんでしたけど?

「何やったのよ。師匠や瑞穂ちゃんに勝てないのは、正直腹立たしいけど納得はしてるわ。瑞穂ちゃんはもう、私なんか眼中に無いって事?例え事実だとしても、結構ショックだけど。」
「おい、俺の嫁を虐めるな。」

…あんた、さっき言った事と全く違うやんか。


★  ★  ★

続いて、ウチのメンツ、すなわち早瀬助教、一ノ瀬部長、阿部さん、田中さんの4人が順番に、宮沢さん、宮崎さんにぶつかり、瞬殺されている
まぁ、無理だよね。
瑞穂くんが控えに居て、負けて帰って来た4人にアドバンスを与えているんだけど、それを受けた4人が、それぞれ相手を変えた再戦で少し長持ちしているのが微笑ましい。
その程度で強くなれる、伸び盛りの4人だ。


「水野さんが、最初に我が家に来た時の事を覚えていますか?」
「たしか、道警の石川さんと試合をするので、後藤の紹介で警視監に稽古をつけてもらいに、だったかしら。」

推進力は祖父だとしても、僕を選択肢に加えたのって、後藤さんじゃね?
こら、視線を逸らすな。

「その時に、僕なり祖父なりから聞いた事って覚えてますか?変態剣道の我が家から。」
「先を読む、と言語化ね。未だに私には何のことかわからないわ。野狐禅は師匠からだったかしら。」

「まぁそんなとこです。僕達は試合に於いて先の読み合いをします。ちょっとした初動で相手の次の動きを推測します。」
「私にはそんな事出来ないけど?」
「出来てますよ?ねぇ旦那様。」
「俺に振るなよ。」
「それをコントロールし切る事を、祖父は言語化って言ってるんです。それは個人の才能と経験によって醸し出される。って僕は考えているんですけど。」
「師匠にもわからないの?」
「才能と経験って言いましたよね。」



「僕には才能は有りません。あるとしたら祖父譲りの''異能''です。僕には経験も有りません。祖父譲りの''異能''を都合よく使っているだけです。」


「…異能?」
「アレだろ。筋肉の動きが、防具の上からでも見えるってやつ。」
「です。祖父には出来た。父には出来なかったので、普通に教員になりました。僕はなんだか知らないけど、ある程度身体が育って来たら祖父に見出されて、県警の道場に放り込まれました。おかげでこんな馬鹿げた生活を送る羽目になりました。そして瑞穂くんにも、或いは瑞穂くんには受け継がれませんでした。」
「まぁ、相馬一族の血族なんだから、何があってもなくても驚かんがな。」

「瑞穂くんが身につけているのは、欧州剣法、すなわち精神が肉体に影響を及ぼしちゃうような謎剣法な日本と違って、実用性と合理性によって単純かつシステマティックな西洋剣法が基本なんです。訳の分からない現代科学で再現不可能と言われる日本刀を振り回して祖父みたいな変人を生み出す日本と違って、各々の才能により武器を選び剣術を選んで来た歴史。その中で、彼女が選択したのは、

   速度

なんです。」


「合理的が故に、後藤警部補みたいに力と技で上回れると勝てない。実用的が故に、僕や祖父みたいに実用性皆無のスキルで振り回されると勝てない。」


「悩んだ末に彼女が取った道は、''僕や祖父とは違う道''を辿って、僕や祖父を超える。この決意はここで発表してますから、聞いた人もいると思いますよ。」

あ、水野さんが頷いてる。

「それから祖父が言ってました。瑞穂くんは僕や祖父を超える可能性がある、と。だから瑞穂くんを日本に連れて来たし、僕に預けたと。」

その他にも、色々聞いてるけど。
主に悪巧みを。
祖父姉弟が企んだ悪巧みを。


「で、嫁はどうしたんだ?」
「瑞穂くんには、まだ先の読み合いが出来ません。後藤さんが出来るようになったのはいつぐらいからですか?」
「わからん。日本一になった後な事は事実だ。多分、タイトルを取ったって自信が自分を一段高みにあげたんたろうな。」
「瑞穂くんは、さっきも言ったように、まだ16歳ですよ。何にも出来ないし、何にもわかりません。そんな彼女が選んだ方法は、



先の先の読み合いが出来ないから、読み合いの回答が出ない前に動く


です。」

「瑞穂くんの弱点は小手です。
「瑞穂くんの高速剣法のポイントが、腕を起点にした素早い動きだからです。
「先の先が読める人は、瑞穂くんの動き、もっと言えば瑞穂くんの腕の関節の逆に動けば、瑞穂くんの高速剣法を殺せます。
「実際、僕や祖父は竹刀を差し出すだけで瑞穂くんの小手を捉える事が出来ます。最小限の動きで瑞穂くんに勝てます。」


視線の隅っこでは、何故か弓岡警視正まで面を被り出した姿が見える。
あの人も好きだなぁ。

「瑞穂くんは、小手の防御を捨てたようです。あれだけ無防備に小手を開けたら、身体が反応して当然です。ほら、野球で剛球投手の球が浮き上がってくるって言うのは、本来なら自由落下が始まるタイミングより遅いので、バッターの経験則に合致しなくてホップして見えるって、あれです。」

「あぁ、古くは江川とか。あと、松坂とか藤川とか。」
「誰ですか?それ。」
「…お前って奴はもう。世代ギャップを感じさせるなよ。」
「そうは言われても…。」

実際、知らんし。

「瑞穂くんは、小手を囮にして、小手を取りに来た相手より早く動く事にしたんです。ただでさえの高速剣法です。その高速剣法について来れない相手なら瑞穂くんの剣道で勝てますから。瑞穂くんの剣道が通用しない相手だからこそ、相手の経験則を利用する。それが瑞穂くんの考えた剣道です。」

「相手の経験則を利用して、相手の反応より早く動く。…人間に出来るのかよ。」

実際、平成の剣聖には出来て通用してましたよ。
お互い、小手の打ち合いを繰り返していたのは、それこそ瑞穂くんの手のひらだったって事です。
引き分けて勝てなかったあたりが、まだまだですけどね。


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