瑞稀の季節

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瀬戸井街道

筑波山で家内安全祈願

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筑波山をケーブルカーで下山。
急性高所恐怖症に罹った南さんも、地べたに張り付いて急勾配を落ちてゆくケーブルカーは大丈夫みたい。

お子様みたいに1番前に腰掛けて、鼻歌混じりに降りてゆく前面探訪を楽しんでます。
その手には、筑波山と焼き付けられた木刀が握られている。
って中学生かよ。
あんた、私らの中で1番歳上だろ?

因みにその隣でお姉ちゃんは、前を見たり隣を見たり忙しい。
普段は顔の毛穴を真っ黒にして、目の下に隈まで作って気を張っている先輩が、この取材旅行ではしょっちゅう幼児化してしまう姿が何ともいじらしく可愛いらしい。
私より10くらい歳上の人なんだけどな。南さん。

「まぁ、南沙織の名に負けないくらい、リラックスした南さんは魅力的な女性だと思うよ。」
「あら、社長が女性を褒めるなんて珍しいね。」

私の婚約者は、人の悪口を絶対に言わないけど、逆に滅多に人を褒めたりもしないのだ。
…それが例え最愛の婚約者であってもね。
たまには綺麗とか可愛いとか言ってもいいんやで。


「ケーブルカー事故について。」

と、私からも珍しく社長を褒めたら変なこと言い出しやがった。
さすがにケーブルカーも満杯なので(なのに1番前を陣取っている社会人2人)周りに聞こえ無い様に、私だけに聞こえる小声でスマホを読み始めた。

「カプルンケーブルカー火災事故(2000年)。トンネルの中でケーブルカーが火災を起こして、日本人を含めて155人が死亡。」
「うわぁ。」

私を怖がらせようとしてか。
私の方のHP用エピソードとしてか。

「ストレーザ - モッタローネ・ロープウェイ落下事故(2021年)。地表300メートルでロープウェイのケーブルが切れて14人が死亡。どちらもあまり遭遇したくない事故だね。」
「私はありとあらゆる事故に遭遇したくないよ。」

何でいきなりそんな事を調べ出したのよ。

「何となく?」
「何かあれ!」

…まぁ。こう言う唐突男もウチの社長なので。
どうでもいいエピソードを書き連ねてみました。
勿論、無事に何のトラブルも無くケーブルカーは地表の宮脇駅に到着。


「けぇんをとってはにぃっぽんいちに。」

アラサー赤胴鈴之助は、元気に筑波山神社へ足を運んでいます。
木刀を担いで。

「日本一に、って言う歌詞は、当時の子供達には日本一なのか日本二なのか、困らなかったのかなぁ。」
「知らんがな。…って言うか、赤胴鈴之助って誰ですか?」
「北辰一刀流でお馴染みの千葉周作門下の少年剣士が、父の形見の赤く塗った胴を付けて、必殺真空斬りで悪者をバッタバッタと薙ぎ倒す漫画だよ。南さんが歌っているのはラジオドラマからの主題歌だね。」
「南さんはその世代なの?」
「うんにゃ。僕の父が幼児の頃にアニメ化したのが最後じゃないかな。」

「甘い!甘いですよ先生!」

南さんが社長に木刀を突きつけている。
どうでもいいけど南さん。
ここ、筑波山神社の参道ですよ。
いい歳した女性が男性に木刀を突きつけるって、周りの観光客さんが避けて行きますよ。

「尾上松也が歌舞伎にしてるのですよ。」

あぁそう言えば、南さんは歌舞伎好きでしたね。

「尾上松也のお父さんの尾上緑也が赤胴鈴之助を演じていたんです。つまり親子二代で赤胴鈴之助なんです。」
「そうですか。」
「あと、尾上松也はテレビドラマでも赤胴鈴之助を演じています!」
「…最近の歌舞伎はなんでも演るねぇ。」
「ねぇ。どこから引っ張って来たんでしょ。」

南さん、言いっぱなしかよ。

「ん?KADOKAWAのサブスクで大映映画の赤胴鈴之助は全部見る事が出来るし、アニメはDVDがウチの物置にあるよ。」

…あるんだ。
本当に社長の知識の素になったものは、みんな取ってあるんだなぁ。

「今はさ、昔のアニメやドラマを限定生産でソフト化するからねぇ。配信されていない古い作品は僕やウチの父みたいな根がマニアックなコレクター人間には見逃せないんだよ。だから本屋でぶらぶらして掘り出し物を探す様に、親子してAmazonを意味もなくぶらついてるんだ。」

仲良い親子だな。
私が家に帰ったあと、2人して何してんだか。
私が正式に嫁入りした後、2人の関係性って変わっちゃうんだろうか?
…変わって欲しくないなぁ。
だって今のお義父さんって、瑞稀さんの原型そのまんまなんだもん。
瑞稀さんも全然洗練されていない人だけど、その瑞稀さんのブラッシュアップ前がお義父さんって感じ。

多分、瑞稀さんが持っている才能も、全然磨かれないまま身体の中に溜め込んでいるって感じの人だ。
それこそお義母さんと生きていく以外の余計なものは、全く手をつけないまま大人になった人。
私は瑞稀さんだけじゃ無くて、お義父さんもお義母さんも一緒に貰った、と言うか一緒に貰っていただいた空気が何より嬉しいから。
あの3人の家族に加われる事が、何より嬉しいから。

………

「さて。筑波山神社だ。御祈祷を予約してますよ。」

はい?
また何か変な事を企んでましたね、南さん。

「だってさ。ここは縁結びの神さまだよ。理沙ちゃんには家内安全と子授けと安産祈願。先生には無病息災と商売繁盛。私と葛城には縁結びと心願成就。今が大切な時期じゃない?」
「ええと?」

こらお姉ちゃん。
そっぽ向くな。

「ええとええと。南さん。私と社長の婚約は結構前から決まってましたよ。ただお父さんとお姉ちゃんに言わなかっただけで。」
「…葛城は姉として、言われなかったってそれで良いの?」
「毎日暮らしていれば、理沙が変わっていくのもわかりますよ。それと覚悟はしてましたから。理沙がちょっと早いだけで、私も先輩もまだ遅れてはいませんから。」
「…男っ気も無いけどね。だ、か、ら!ここはひとつ神頼みと参ります。」
「まぁ、気は心かな。」

それで良いなら、まぁそれで。
私は変に揶揄われたりしなければいいです。

………

うわぁ。
加持祈祷なんか初めてだ。
社務所で申し込みをするところからだぜ。

ええと。
家内安全。子授けはまだ早いか。
ウチの人は、大学はきちんと出なさい派(世のお母さんみたいな派閥だなぁ。ウチのお母さんは男がグズグズ言ってるならゴムに針で穴開けろ派だけど)なので、本気で怒り出しそうだし。

因みにその堅物の祈願書を覗いてみたら、家内安全だった。

「社長、お仕事のお願いしなくていいんですか?」
「あぁ、無駄遣いしなければ働く必要ないし。だったらお嫁さんの健康と、家族が平安である事の方が大事だよ。いつか生まれてくる赤ちゃんも、僕らより長生きさせなきゃ嫌だろ?」

…絶句したわよ。
さっきは私を少しは褒めてって書いたけど、私よりずっと先の未来を想ってくれた人だった。

しかもこんな恥ずかしい事を、何一つ照れずに言いやがる。
聞いている私の方が真っ赤になって俯いちゃったじゃないの。

ウチの姉達は横でニヤニヤ…

「良いなぁ。こんな事言ってくれる男いないかな。」
「南先輩。もう少し周りを見回したらどうですか?」
「お手軽で済ませちゃうにはまだ早いかな。」

してなかった。
2人して酷いこと言ってた。

そのくせ祈願書には良縁成就に丸してあるじゃないか。



玉串をかしこみぃかしこみぃって振られて、お経とは違って日本語が時折聞き取れる祝詞?を4人で畏まって受けました。

お祓いなんか初めてだ。
うちは仏教だし、千葉の人間だから、まぁ日蓮宗だ。
瑞稀さんちも日蓮宗だし、現住所江東区本籍野田(関宿)の南さんちも日蓮宗。
南妙法蓮華経だ。
神道なんか、なんか、ええと。
結婚式は神式にするかなぁ。
白無垢に角隠しだよね。
ウェディングドレスはお色直しで着れるし。

仲人さんが香取市の偉い人だから、香取神宮で式を挙げる事になるのかな?
えへへ。

などと妄想してたら、いつのまにか全部終わって、玉串を頭にシャンシャンと振られてた。
あと、巫女さんからお酒と御守りをいただいて終了。



「今月は本当にただの観光旅行だな。」

あの、社長。言わないで。
最近、お姉ちゃんも気が付いているから。
今月だって当初は、しっかり歩いて史跡見学をするつもりで、ネットから「瀬戸井街道」の記事を拾って、レジュメを作ってたんだよ。
ゼンリンのアプリを契約して、ピン立ててマーカー引いて。

なのに瀬戸井街道とは関係ない箇所に行きまくりなのは、お姉ちゃん的にも残念だから。
ほら、ちょっと俯いちゃった。

そのレジュメは後で社長に転送しておくね。
実際に歩く時は、お姉ちゃんの努力を汲んであげてください。

「でもさ、神域でお詣りだけでなく、御祈祷まですると、なんか気持ちいいよね。身体の中の空気が入れ替わった感じがするよ。」
「ありがとう、社長。」
「ありがとうございます。先生。」
「?」

社長の一言は、私達姉妹を簡単に乱高下させる。
しかも本人に悪気も邪気も下心も何にもないから、こっちはわかっていても女心が掻き回される。


「ねぇ理沙。貴方の旦那様って天然ジゴロの才能あるわね。」
「取らないでね。」
「あんなネガティブな人の面倒は見たくないから取りません。」
「失礼な!」
「うふふ。」
「?」

お姉ちゃんはお姉ちゃんで、社長(と私)の欠点も飲み込んだ上で、社長をリスペクトしてくれている。

何にもわからないのは、デリカシーの欠片もない、当の旦那様だけだという。



「さて、本日はそこに見えるホテル青木に宿泊します。…茨城ってこの辺にそれほど高いホテルってないのよね。水戸まで行かないと。」

相変わらず無駄に大名旅行な私達。
この不景気下で何故か経費を節約ではなく浪費する(それも我が社を含めた3社分。)使命を帯びた私達。

我が社の経理担当としては、この取材でも私が必死で領収書を集めているけど。
私個人に関する出費だと、姉権限で買ってに領収書で切っちゃうからなぁ、お姉ちゃん。
今朝方の私の月のものの数千円ですら、姉妹で取り合いになったからなぁ。
お姉ちゃんも私物を買って。
ドラッグストアの買い物料金を払いたがる姉妹ってなんなのよ。

1番心配な事は、元取れてるの?
ウチはいいけどさぁ。
南さんとこもお姉ちゃんとこも、経理部が別個にあるちゃんとした会社でしょ。
押し掛け女房が勝手に経理ソフトに入力し始めた押し掛け経理じゃなくさ。
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