瑞稀の季節

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瀬戸井街道

あ〜さり〜しじみ!

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「山の中なのにアサリ汁?」
「理沙くん、こりゃシジミだよ。」

変な体験をした翌朝。
私達は個室で朝ご飯を食べていた。
…普通、食堂や大広間で旅館飯かバイキングだよねぇ。
この部屋が特室だからかなぁ。

しかも朝っぱらから、お刺身だの小鍋だのは10代の私の胃袋でもノーサンキュー。

と思っていたら、ご飯・味噌汁・干物(ただし金目鯛)・和紙に包まれてその場で炙ってくれたハサミ使わないと切れない海苔・卵料理(甘い卵焼き・目玉焼き・ホワイトソースを絡めたゆで卵サラダ)・お漬物・それと茨城と言えば納豆に梅干し。
これぞまさに旅館の朝ご飯!

「では、ごゆっくり。」
「いただきます。」

あ、あの、仲居さん?
声をかけられなかったよ。

…カリカリベーコンと赤ウインナーが添えてあるけど…。

「なんで?美味しいけど。目玉焼きに合うし。」

出来ればベーコンエッグにはカリカリじゃ無くて、普通のベーコンの方が良いかなぁ。
ちゅるっ。
あ、卵の黄身が美味しい。
味が濃いから、ベーコンの塩分に負けてない。

「理沙くんのせい、というか理沙くんのおかげだよ。君が書いた例の原稿、と言おうか日記と言おうかブログと言おうか。僕と面識がある人からよく言われるよ。読んでますよって。あれ、先生達の日常がよくわかって楽しいですって。あと、ウチの側にはナントカ街道って古い街道があるから歩いてみませんか?ってお誘いもよく受けるよ。福島だの青森だのの旧街道、脇街道はおいそれと行けないから、言葉を濁しているけど。」
「えっと。そんな話は聞いていない!」

でも実際に、朝の和御膳にはまったくそぐわ無いベーコンとウインナーが別皿に添えてあるわけで。
社長はカリカリベーコンと赤ウインナーが無いとバイキングには行かないって、先月確かに書いたけどさぁ。
…ついでに自分で焼いていても、酔っ払いの編集者達にみんな食べられちゃうとも。

…ひょっとして私達が部屋食なのは、社長にベーコンとウインナーをゆっくり食べてもらうため?
隣の部屋で今頃(まともに起きていれば)同じように食べているお姉ちゃん達には付いてない?


そんな献立の、お味噌汁の具が全長?直径じゃないよね。楕円形の長い方が3センチくらい有る黒い貝。
どう見てもアサリだよ?

「食べてみなさい。」
「はい。…ええと、考えてみたら、私、アサリとシジミの区別がつかなかった。」
「酒蒸しとか、結構ご馳走した覚えがあるけどなぁ。」
「結局貝で1番好きな料理はバター焼きだもん。て言うか蛤とかホンビノスとか区別つかなくね?」
「おやおや。やっぱり居酒屋に連れて行った方が良いのかなぁ。」

というか、これシジミなの?
デカくない?

「たしか沖縄にいるシジミは蛤より大きくなかったかな。」
「見に行きますか?」
「天然記念物だから食べられないよ。」
「ちぇ。…いや、私そんな食いしん坊じゃないよぉ。」

でも、このシジミも大きくない?
私、初めて見るよ。

「陸生シジミは大きくなる種類もいるよ。あと汽水域のシジミも大きくなる傾向があるみたいだね。この辺なら涸沼がヤマトシジミが名産だよ。」
「ひぬま?」
「水戸の下にある、まあまあ大きめな湖沼だよ。」

へぇ、初めて聞いた。
隣の県なのになぁ。

「でも瑞稀さん。シジミまで知ってるの?うまうま。」

デカシジミ。
これはこれで、お味噌とよく合って美味しい。

「事務所にあるDVDに''よゐこ部''だったか''ハナタレナックス''だったか、多分、よゐこ部の方だな。西表島に生物調査に行って見つけてる。よゐこ部は企画を何々部って部活動テイストにしてたんだ。理科部だったら顕微鏡でしか見えない微生物を探したり、登山部だったら実際に山を登ったり。まぁ大阪ローカルだから、そこらの小川や六甲山でロケしてる。」
「あら、面白そう。事務所にあるの?」
「あるよ。ただカルタを作っているだけの回とか、鼻血が出るほどつまらないけどね。」

これは朝っぱらから、馬鹿知識を引き出せるかも知れない。

「他にはどんな部活があったの?」
「ん?工作部では巨大な折り紙で人が乗れる船を作って淀川を横断してた。…途中で沈んじゃって、濱口とウド鈴木が泳いでいたけど。」
「……仲良しコンビよね。よゐこ自体は空中分解しちゃったけど、そっちはまだ続いているのかなぁ?」
「料理部では、本当のお好み焼きを作るんだって言って、他の出演者に自分が本当に好きな献立を聞いて、それを全部お好み焼きにしてた。」
「嫌な予感しかしないよぅ。」
「うん。鯖定食とかハンバーグとかはまだしも、フルーツ盛り合わせまでお好み焼きにしてた。」
「フルーツかぁ。」
「そこら辺は有野が料理経験豊富だから形にはしてた。まぁもんじゃ焼きにはデザートもんじゃがあるから。」
「デザート?もんじゃを?」
「要は小麦粉料理なんだから、ソースを使わず糖分メインにすれば、究極はパンケーキになるだろう。」
「あ、そっか。…ねぇ瑞稀さん。ベーコンあるのに、お口が甘いものを欲しがってます。」
「知らんがな。」
「いや、知れよ。」

婚約者の好みくらい、なんとかしなさいよ。

………

「でもシジミはシジミで美味しいね。私が知ってるシジミってもっと小さいから、具を食べるものなのか迷ってるの。誰かに聞く訳にもいかないし、って気楽に聞ける人が目の前にいるじゃん!」
「あさり~じじみ!」
「何それ?」
「今突然思い出した。僕が子供の頃、母が何となく歌ってた。」 
「歌なの?」 
「物売りの声だね。」

また変な方向に転がり出したぞ。

「瑞稀さんちって物売り来たの?金魚屋とか。」
「んな訳あるかい。昭和末期の住宅街だよ。小学生の校門の前には来たらしいけど。これは母曰く、アニメ''魔法使いサリー“の一場面なんだって。」
「また魔法少女…。」
「母が見てたのは1966年から放送されていた版だな。子供の頃は盛んに再放送してたんだって。」
「夕方のニュースの時間、その頃はアニメの再放送してたって、私もお母さんから聞いた事あるなぁ。」

「因みに、この頃の再放送を見ていた人に共通のお侍が脳内に浮かぶらしい。西亭新九郎って言って、唐沢商会が提唱していたものだ。」
「誰それ、あと何その商会。」 
「ライターの兄と漫画家の弟が組んでいたユニット。ただ兄貴の方はなんかあったみたいで後に絶縁状態になった。兄が物故した時は弟さんがSNSで告知してたけど、かなり容赦の無い事書いてた。」
「すいません。朝から聞きたい話題じゃないです。」
「その兄弟がTVぴあって雑誌で連載していた漫画内でネタにしていたんだ。ルパンの再放送を見ると、必ずルパンがツタンカーメンの仮面を被って呪われる回を見るって。」
「わかんないよ。大体西亭さん?はどこに出てくるの?」…
「シンクロニシティって言葉を知ってるかい。ユングが唱えた、偶然が重なる事があるって説。」 
「聞いた事あるよ。お父さんが何も考えずにBSとかCSを付けたら、同じ番組の再放送に何故かよくあたるって言ってるよ。」
「…そっちは同じ番組を盛んにリピートしてるから一緒に出来ないけど、西亭新九郎さんは100話以上あるアニメの一つの回ばかり何故か目に付くって話なので。」
「で、西亭さんはどこに出てくるの?」
「シンクロニシティ。ひっくり返して西亭新九郎。」
「あぁなるほど。…それ、いつの漫画なの?」
「とある団体が歴史に残る大問題を引き起こした頃。」

瑞稀さんが歌った歌は、私でも知ってる歌だった。

「その歌を漫画の中でも歌っててね。ひらがなだけで歌うと凄く間抜けになるこのがわかった。けぇぱ
「わあわあ!」

歌わせてたまるか!
アリモノの歌だって歌わせてないのに!

………

「はぁはぁ。で魔法使いサリーはどこ行ったのよ!」

危ない方に行き出したので、必死に話を戻す私です。
瑞稀、いや社長の大暴走は妻たる私しか止められないのだ。

「作品内の設定で、魔法使いは本に捕らわれると、その本の世界に囚われるってのがあった。サリーちゃんは樋口一葉のたけくらべを読んでしまい、たけくらべの本の中に入ってしまうんだ。本の折り返しの部分にサリーちゃんの写真が飾られているくらい。」
「…怖い話?」

やだよ。
夕べ、変なことがあったばかりじゃん。

「物語の主人公になってしまったサリーちゃんの前を物売りになってしまった弟のカブが唱えていたのが、アサリ~シジミ!だよ。母は何故かこの回の放送をよく見ていた事と、普段はイタズラばかりするカブが別人になって唱えるこの物売りの頃が、60近くなった今でも聞こえるそうだ。」


ひえぇぇえ。


「瑞稀さん。ちょっと怖くなってしまいました。まだ海苔を食べてないからお代わりをするので、明るい話題にしてください。」
「あのさ。」
「ん?」
「僕がこんなんなっちゃう事は理沙くんも知ってるんだから、日常生活では乗らせないでください。」
「わかりました。とりあえず今は馬鹿な話を!」
「そうだね。」

あ、社長の食べてる赤ウインナー繋がってる。
まったく。
なんでこの人の好みはお安めのものばかりなんだろう。
あ、こら。
咥えたまま揺らして遊ぶな!
未来の私達の子供が真似するでしょ。

「魔法使いサリーの原作は横山光輝なんだ。」  
「名前だけは聞いた事あります。」
「手塚治虫と同時代の漫画家さんだからね。理沙くんは知らないかも。代表作は三国志とか。」
「あぁ。近所のコンビニに、あの黄色い本が並んでるよ。誰かが買っては入荷し直してるみたい。時々5巻くらい欠けるけど、すぐまた全巻揃ってる。」
「他にも伊賀の影丸とか、ジャイアントロボとか、祖父の代の漫画家さんだね。」
「ふむ。」
「で、この人の最大の代表作は鉄人28号だ。」
「あの愉快な2メートルぐらいの鉄人はDVDで笑わせてもらいました。」
「因みにあの作品、打ち切りになったらしく、正太郎くんが爆弾で追い詰められている最中に完結してる。」
「…らしくって何?」
「何しろ古い作品なので資料が散逸しているそうだ。制作会社は現存してるから、そのウチに倉庫から発掘されると思うよ。あとこの会社、第一話のエピローグでかつらを外しちゃうアトムが出て来る実写版鉄腕アトムも作ってる。」
「づ、ヅラを外すアトムって。」
「一応、どちらも原作に沿って作ってるよ。技術が無いだけで。」

なんだろう。
ちょっと原作も読んでみたい。

「で、鉄人28号はプラモデルになって、大ヒットした。ただしこのプラモ、何故かお腹に窓がある。」
「窓?鉄人って人間が中に入って操縦するんですか。」
「うんにゃ。人間が中で操縦する巨体ロボットは多分マジンガーZが最初かな。」
「じゃあ何で?」
「実写版鉄人だから。アレには何故か窓が付いていたから。」
「…わからない。」

鉄人28号も、そんな事をソラで話せる私の婚約者も、そんな婚約者に人生全てを捧げている私も。

なぁんにもわからない。
わからないからいいや。
とりあえず、幸せだし。
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