瑞稀の季節

compo

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夏休み

神楽

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「前には、みうらじゅんが埼玉の特徴を見つけてね。」
「みうらじゅんと埼玉って、何やらありそうな、やらかしそうな組み合わせですね。」
「確か安斎肇が隣にいたから、勝手に観光協会だったと思う。」
「なんですか、その、如何にも蛸にもみうらじゅんな企画は。」

久喜の市街地に入って直ぐ、我が愛車モコはまた渋滞で止まったよ。
目の前には、さっきから2度ばかり赤信号と青信号が変わっているのに、大して進んでいない車列と、見上げれば呆れ返るほど巨大なロヂャースの赤い看板が聳える交差点から暫く抜けられないの。

「熊谷とかあっちの方から秩父に回る行程で、ブックオフとかの看板が他県と比べたら巨大だとか言い出したんだよ。」

………


その、馬鹿みたいに大きな看板を見た私が、「でっけぇ」とか漏らした事で、社長も話しかけてくれる糸口を見つけてくれたみたい。
渋滞の中の車って、私達みたいにラブラブカップル(言い方が古くないか?私?)でも、会話が途切れると空気が悪くなるもんね。

だからこう言う、無意味に(右折車が続くせいで)ちっとも車が走れない時に、社長の馬鹿話はありがたい。
早速、みうらじゅんを広げて貰おう。

………


「その、勝手に何とかって、どんなのなんですか?」
「ん?みうらじゅんと安斎肇が日本各地に旅に出て、勝手に観光案内して、勝手に観光ポスターと地元ゆるキャラを作って、勝手にご当地ソングを作る企画だよ。」
「はぁ。」
「最初は雑誌連載だったけど、地方局やBSが番組にしちゃった。」

ウチのお姉ちゃんがいたら、私達の「脇街道」も映像化したいって言い出すとこだ。
語り部たる私が顔出しNGだってのに。



「そう言えば、ゆるキャラってみうらじゅんの造語でしたっけ。」

なんか、流行語大賞を取ってなかったっけ?

「そうだね。みうらじゅんは、ゆるキャラを登録商標にしてるよ。™️マークがよく見るとついてる。」
「へぇ。」

サングラスかけて長髪の変なおじさんくらいにしか思ってなかったけど、そこはしっかりしてんだね。

「安斎肇は、タモリ倶楽部の空耳アワーのおじさんだけど、本職はデザイナー、イラストレーターなんだよ。」
「ああ、稲川淳二みたいに。」

デザイナーみたいに小器用な人は、タレント業くらいこなしちゃうのだ。
そういえば、みうらじゅんも漫画家だとか。
…作品は読んだことないけど。
多分、事務所の倉庫でも見た事ないと思うぞ。

「ザ・ドリフターズの髭のテーマは知ってるかい?」
「それこそ事務所に、全員集合のDVDが揃っているじゃないですか。私、とても面白くて配信サイトも契約しちゃったよ。ウチの家族も、時々見てますよ。」
「ウチの父が小学校の低学年の頃のブームらしいね。ある時に古道具屋で僕が、髭ダンスのレコードを見つけて買ってみたんだ。1枚100円だったから。」

この男も何してんだよ。
古道具屋に行く趣味なんか、聞いた事ないそう?

「このレコードの肝はね。髭がおまけでついているんだ。」
「あぁ、カトちゃんと志村けんが髭つけて、大道芸してましたもんね。」
「当時の子供達にとって、このレコードの髭こそ唯一の公式な髭だったんだよ。だから当時大ヒットした。」
「あぁ、子供ってそうですよね。」
「だから、みんなこのレコードを買って、この髭をジャケットから切り取って自分で鼻の下に付けたんだって。」

あらまぁ。可愛い。
私も当時のお子様だったら、お母さんに買って貰ったかも知れないね。

「この髭をレコードにデザインしたのが安斎肇だよ。」
「なんですと?」

さっきの稲川淳二も、結構なメジャーものをデザインしてんだよね。
みんな器用だなぁ。

「因みに、僕が買ったレコードには、髭がちゃんと付いていたから、父が凄い喜んでくれたんだ。」
「え?お義父さん、欲しかったの?」
「ん?単に懐かしかっただけでしょ。髭ダンスの頃なんて、それこそ祖父が全開で、全員集合を見せてもらえなかった時分だし。」
「だから、そう言う話はですねぇ。」
「あと、安斎肇はとある女性アーチストのライブパンフレットのデザインもしているんだけど、表紙をパズルにしたものだから、会場で買った人が大変な目にあったらしい。」
「だから、どうして良い話で終わらないんですか!」

そんな馬鹿話をしていたら、無事渋滞を通り抜けました。
まさかみうらじゅんと安斎肇でなんとかなるもんだねぇ。

…でも、この間は、いとうせいこうがお地蔵様の◯ん玉をプレゼントしたって話を聞いたような…。

★  ★  ★

ロヂャースの交差点を右に曲がると、東鷲宮の温泉がある。
本当に何処にでも温泉ってあるな。

片側2車線の街道は、それこそ如何にもなチェーン店が並ぶか何も無くなり大きな農家が並ぶ、地方の街道って風景に

「つまらんなぁ」

などと思っていると(相変わらず火縄銃を抱えながら)、これまた無駄に広い駐車場を持つセブンイレブンの交差点を左折する。
あ、考えてるみれば、さっきからナビが案内してないじゃん。
社長は、道を知っているんだな。
って事は来た事あるのかな?

「ん?久喜ってさ、古河公方の隠居寺が室町時代の城の形式をそのまんま残しているのとか、古い寺町・城下町・宿場町なんだよ。残念ながら区画整理が入ってつまらない街並みになったけど、フィールドワークしている分には面白いんだ。」
「へぇ。」

社長のフィールドワークで面白いのは、いきなり知らない街に行って、電柱に付いている看板の、土地の字名を見ながら、土地の高低や道の形状から、その街の歴史を辿っている事だ。

だから、関東の古い街には普通にある中世城跡を、手掛かりゼロのところから見つけてくるんだよ。

その為に、頭の中には大量の知識が詰まっているし、その際(脇の取材でも)持ち歩いているタブレットにも情報をぶち込んでいるので、自分の推測と照らし合わせながら、その街の史跡や古道を歩く。
この街は、そんな社長が踏破した街なんだとか。

「これから行く鷲宮神社も歴史の古い神社と聞いていたから、久喜の駅前から歩いて行ったもんだよ。」

自宅からは結構距離があると思うけど、まぁこれが社長最大の趣味だし。

「その後は車でね。古河や栗橋も巡ったんだよ。今走っている道は、多分栗橋に通じる街道だし、この道の後はさっきの幸手の宿場町から関宿の城下町に続く道なんだ。大正新道って書いてあったから、そっちは新しいと思うけど。」

その栗橋に通じる街道から、突然道路状況がガタガタに脇道に入る。
かと思えば、鷲宮の博物館の前を抜けて、ちゃんとした道に入る。

真っ直ぐ進むその道は、はるか先に大きな鳥居が見える。

「へぇ。なんか参道みたいですね。いや、門前町かな。」
「多分ね。寺社に向けて真っ直ぐ道路が伸びているんだから、典型的な門前町だよ。例の古地図アプリで調べると明治初期はこの通りだけに建物が見える。」
「残念ながら、建物はみんな新しいですね。」

ってキョロキョロしてたら、なんか真っ白な古い建物が目に付いた。
これはまた、昭和門前かなり遡れる床屋さんだ。
へぇ、確かにこの道なら、たまには散歩したくなるね。

車だと、その参道もあっという間。
石造りの鳥居を潜り抜けると、真新しい朱塗りの鳥居と、脇に駐車場が見えた。
駐車場をぐるっと回って、鳥居の1番側に車を置くと、境内からホンジャマカが走って来るのが見えた。

三丸さんたら、しっかり神官服に着替えていた。
ええと、見た感じこの神社って面積は少し小さめだけど(社長とふらついていると、大神宮みたいな大規模な寺社を参拝することが増える)、なんか雰囲気はいい神社だね。

「おう、早かったな。」
「先約の方が忙しくて、思ったより巻で済んだんですよ。むしろ久喜の混雑の方が時間がかかりました。」
「あそこはJR越える道を間違えると、幸手やら春日部やら白岡に飛ばされるからなぁ。」
「僕は昔、菖蒲町に行っちゃいましたよ。ついでだから城址見学して来ましたけど。」
「随分と余裕があるなぁ。」
「そこはそれ、自由業の浅ましさですよ。」

自分で浅ましいとか言うかなぁ?
その浅ましい自由業に人生を賭けた女子大生は、どうしたら良いんだよ。

「じゃ、早速だか来てくれ、こっちだ。」

三丸さんは、鷲宮神社の参道を横切ると、北側の農家などが集まる古いお屋敷の中に私達を案内してくれた。

雅楽の音色が往来に流れている。
その雅楽の元の引戸を開けると。

小さめ巫女さんが、紙垂と鈴を持って舞っていた。


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