高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】

きど

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第三十話

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「…でんか。…ヴィルム殿下もう着きますよ!」

誰かに名前を呼ばれながら肩を叩かれて、深い眠りから覚めた。意識がはっきりしてくると、馬の蹄や馬車の車輪の音、揺れをはっきり感じる。そして今の状況を思い出し、飛び起きて居住いを正す。

「すまない、レトア卿」

相手が相手なだけに礼を言うのははばかられたので、遠回しに濁した言い方をする。僕は渋い顔をしていたのだろう、レトア卿がそこ意地悪い笑いを浮かべる。

「それはどちらの意味でしょうか?」

「何がだ?」

「あぁ、まだお気づきになられないのですね。それですよ」

レトア卿の意味不明な問いかけにキョトンとしてしまう。レトア卿は、面白そうに僕を見つめ僕の体を一部を指差す。その方向へ視線を下すと、欲求不満が形となってあらわれていた。一番見られたくない奴に、痴態を晒してしまった。そのことに僕は血の気が引くのを感じた。

「これは、その、あれだ!生理的な現象だ!男なら寝起きは皆なるだろ!」

「こんなにフェロモンの香りがするのに?フィリアス卿に抱いてもらえずに溜まっているんですね可哀想に」

苦し紛れに言い訳をする僕を憐れむ様に見る。レトア卿はアーシュが僕に飽きたと決めつけ疑っていない様子だ。

「まぁ、これだけフェロモンが香っていれば、あのオメガ好きの王子が放っておかないでしょうし。そうしたら、あなたはリドールに側室入りして、全てが丸くおさまります」

レトア卿は僕の意思等関係なく身勝手なハッピーエンドを押し付けてくる。
以前、シャロル王子に触れられた感覚を思い出し鳥肌が立つ。そして無意識に昂った体の熱も引いっていくのが分かった。僕は自分の体を抱きしめる様に手を組む。僕が触れて欲しいのはアーシュだけ。

「そんなこと…」

レトア卿の言い分を否定しようとした時、馬車の揺れがゆるやかになり止まった。そして御者が馬車の扉を開いた。

「到着しましたね。さぁ、殿下こちらへ」

レトア卿は僕の話の続きなど興味がないと言わんばかりに、僕の話を遮りエスコートするために手を差し出す。

「お前の手など借りなくても降りられる」

僕は馬車に乗り込んだ時と同じ様にレトア卿が差し出す手を無視し馬車から降りる。
外に出ると、夜の帳が下り静けさに包まれていた。そんな中、目の前にはリドール帝国の王宮がそびえたつ。エステートの王城とは建築も規模も全くの別物。その仰々しさに圧倒されたが、カリーノの色めき立つ声で現実に引き戻された。

「見てアーシュ!リドールのお城は不思議な形をしているわ!」

「カリーノ殿下、いくら招かれた立場とはいえ、もう真夜中の時間帯なのでお静かに」

朝一から真夜中まで馬車で移動したとは思えないカリーノのハイテンションぶりに肩から力が抜けた。だが、アーシュの腕にカリーノが腕を絡めているのを見逃せるほど僕は大人ではない。

「カリーノ、アーシュから離れろ。他国では、エステートのお家事情は通用しない。従者と恋仲になっているなどあらぬ噂がたつと後々面倒だ」

「あら、私はアーシュと噂になるのは構わないわ。むしろ、兄様が私とアーシュが恋仲だと勘違いされるのが嫌なだけでしょ?」

「そんなことはない。僕はマナーの話をしている」

交戦的なカリーノに努めて冷静に返す。

「ヴィル、大丈夫だよ。カリーノ殿下もさすがに弁えていらっしゃるから。明日はきちんとするはずだ」

アーシュが僕を諭す様に言う。それを聞いたカリーノは目を輝かせる。

「そうよね!アーシュもこう言っているんだから兄様はこれ以上私たちに干渉しないで!」

「カリーノ殿下、そういう訳では。それよりヴィル、大丈夫?」

カリーノの言葉なんてもう耳に入らなかった。アーシュが僕よりカリーノを優先することがどうしようもなくショックで耳の奥でキーンっと耳鳴りが鳴る。馬車の中でレトア卿に言われたことが現実味を帯びた気がして、僕に心配そうに伸ばされたアーシュの手を自分の手で弾く。

「…大丈夫だ」

「レトア卿、お前何をした?」

「フィリアス卿見苦しいですよ。全てはあなた達二人の間で起こっている問題でしょ?私のせいにしないでください」

アーシュは何故か僕ではなくレトア卿を睨みつける。レトア卿は相変わらずの様子だが、二人の間の空気がピリつき始める。しかし、その空気を破る様に、正門が開く音がした後に凛とした声が通る。

「エステート王国の皆様お待ちしておりました。私はリドール帝国第一王子付きの執事でございます。本来はシャロル王子がお出迎えする予定でしたが、時間が時間でしたので、明日に備えて、すでにお休みなさっています。ですので私が代わりに皆様をお部屋までご案内いたいします」

初老の男性は会釈をして、「こちらです」と僕達を案内をする。
外観だけでなく王宮内もエステートの建物とは異なる作りをしていた。エステートは同系統の装飾で色味やバランスを統一しているが、リドールは窓にはまるステンドグラスをはじめ、一つ一つが豪華絢爛な装飾品で彩られている。それでいて下品に見えることなくきちんと調和がとれている。
正門から長い廊下を抜けた先が来客用の客室があるフロアみたいだ。そのフロアの中間あたりの部屋の前に執事は立ち止まり、僕達の方へ向き直る。

「右側がヴィルム様のお部屋で、左側がカリーノ様のお部屋になります。中は主賓室が一部屋、寝室が二部屋の作りになっております。従者の方は、ヴィルム様、カリーノ様とそれぞれ同じお部屋になります。何かご不明な点はございますか?」

「なかの部屋に鍵はついていますか?」

僕も気になっていたことをアーシュが質問をする。

「鍵はついておりません。有事の際に従者の方が主君を助ける妨げになっては困りますから」

「…そうですか。分かりました」

「他にはありますか?…ないようですね。では、皆様今日は長旅だったでしょうから、ゆっくりお休みください」

初老の男性はそれぞれの部屋の扉を開き、僕達を誘導する。レトア卿と同室なんて。馬車移動だけでも嫌だったのに。と躊躇う気持ちがでるものの、他国の執事の前で駄々をこねる訳にもいかない。カリーノは意気揚々と部屋に入り、アーシュが僕を心配そうに見る。執事はカリーノが入室したのを確認してから、僕に視線を向ける。

「ヴィルム様にシャロル王子から言伝がございます。『明日のパーティーでヴィルム王子から色良い返事をもらえることを期待する』だそうです。我々も主君の希望が叶うことを願っております」

執事から聞いた言葉を王子が言っている姿を簡単に思い描けた。それに、執事からも期待の眼差しを向けらると、なんとも言えない気持ちになる。

「…わかりました。僕も今日は休みますね。案内ありがとうございます」

僕は言葉を濁し執事に会釈をしてから逃げるように部屋に入った。
今朝までは、王子の意に添えないとはっきり断っていただろう。でも今は断っていいのか分からなくなっている。アーシュの気持ちが僕から離れているなら僕は…。

* * *
明日といっても、もう日付が変わったので今日のパーティーのことを考えると眠れなかった。なので明かりを消した暗闇の中、主賓室のソファに腰掛け窓から空を見れば、まん丸な月に目が留まる。綺麗に光輝く月とは対象的に僕の心はモヤで薄暗く濁っている。
初めての恋の喜びや楽しさを不安や疑念が上回ってしまっているからだ。

「はぁ」

不安を吐き出すみたいに無意識にため息が出たと同時に客室の部屋の扉がノックされる。

レトア卿は部屋に入るなり「今日の私の仕事は終わりです。以降は互いに干渉はなしで」と宣言して寝室に引き篭もった。だから、このノックは僕以外出る人物はいないのだ。こんな夜更けに誰だ?と思いつつ、扉を少し開けた。すると少し空いた隙間に手を差し込まれ強引に開かれ、ノックした人物が無理やり室内に入ってきた。

「こんな時間になんの用だ?アーシュ」

少し強引なやり方に、僕も棘のある言い方になった。
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