今日もまた孤高のアルファを、こいねがう

きど

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第三話

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食事を載せたカートを押し、部屋が近づくと扉の前に人だかりが目に入る。ここ数日で見慣れた光景にため息が出た。

「ちょっと、押さないでよ!」

「何か聞こえる?」

「全然聞こえなーい」

カリーノ様の私室の扉に耳を押し当て、なんとか盗み聞きしようとする輩達。その輩達は皆、オメガの園に勤める使用人だ。オメガの姫君か王子、はたまたその後見の貴族に様子を探るよう言われているのだろう。
俺はわざとらしく咳払いをして、邪魔だと暗に伝える。

「ねぇ、リーテ。殿下いつもより滞在が長くない?何か聞いてる?」

「そうなの?俺は何も聞いてないし、知らない」

一人が気にせず、俺に質問する。そいつは、つい最近親しくなった使用人仲間だ。

カリーノ様の発情期が来てから早5日。つまり、カリーノ様とシャロルが部屋に篭ってから5日経ったのだ。
そもそも、滞在期間が長いって言われても俺が働いてからカリーノ様に発情期がくるのは、今回が初めてなんだから、シャロルが今までどれくらい部屋に居たかなんて知らない。

「そうなんだ。でも、これだけ長く滞在してるならお世継ぎをこさえてるのかもね」

「それはないと思うよ」

使用人仲間に俺が言葉を返す前に誰かが横槍を入れる。声のした方に目を向けると、青年が数歩離れた所から人だかりを冷ややかに見ていた。肩口までかかる黒髪に、地味な顔立ちだか、やけに目を惹く黒い瞳をした青年は言葉を続けた。

「うちの姫君が言っていたけど、殿下に隣国のアルファの姫君との縁談の話が来ているんだって」

「へぇー。そうなんだ。君の所の姫君は情報通だな」

「まぁ、姫君も人から聞いた話だし。でも後見のエイメ侯爵からの情報だから間違いないと思うよ」

久々にその名前を聞いて体にゾッと寒気が走り、耳鳴りがする。

だからこんな所で油売ってないで、早く主に伝えてあげたら?そう青年が言うと、蜘蛛の子を散らすみたいに使用人達は急いで去っていく。俺はクラクラと目眩がし、目頭を抑える。

「え?顔色悪いけど大丈夫?」

「だ、だいじょぶ」

青年が俺を見てギョッとしている。なんとか言葉を返すも、あの忌々しい声が耳の奥で反芻していた。

『君みたいなどこぞの馬の骨がシャロルの側に居るなんて許されないって分かるよね?』

蓋をしていた記憶が呼び起こされ、奴の恍惚とした表情がフラッシュバックして喉が窄まり呼吸が上手くできなくなる。

「はぁっ…はぁっ」

「え?ちょっと!大丈夫じゃないだろ!」

過呼吸になり、息苦しさでその場にかがみ込む。青年は焦ったように言い、俺の背中をさする。背中に感じる手は温かくて、久々の人の温もりのせいか、呼吸が上手くできない苦しさのせいか涙が止まらなかった。

ーーー

「大丈夫?落ち着いた?」

「面倒かけて、ごめん。もう大丈夫」

青年に介抱されてしばらくたち、やっと呼吸が落ち着いてきた。心配そうに声をかける青年は、背中をまださすってくれている。

「それならいいんだけど。今の発情期の症状じゃないよね?なにか具合悪いなら、無理しちゃダメだよ」

「ありがとう。多分、慣れない環境で疲れが溜まってたんだと思う。見ず知らずの俺の介抱してくれて本当にありがとう」

「まぁ、ここじゃ困ったことはお互い様だからさ。あと俺はサージャっていうから、よろしくリーテ」

そう言うと青年、サージャは手を差し出す。

「よろしく。俺の名前、知ってたんだな」

「みんながリーテって呼んでたからさ。それにカリーノ様の所に新しい使用人が来たって、ここ最近の話題だったからね。リーテは、ここでは有名人なんだよ?」

俺がサージャの手を握り返すと、サージャがそう言って笑う。

「そうなんだ。やたらとチラチラ見られる気はしてたけど、そういうことだったんだ」

「そう。みんな、リーテに興味深々だけど時間が経てば落ち着くだろうから、あんまり無理しないようにね」

サージャに手を引かれ、俺はゆっくり立ち上がる。立ち上がった俺の肩をやさしく叩くと、サージャは手を離して元来た道を戻る。

俺はその背中を見送ってから、部屋の扉を少し開き運んで来たカートを部屋の中に入れる。カートを差し入れたら、すぐに扉を閉める。

使用人達が耳を扉に押し付けた所で音なんて聞こえるはずがない。部屋の扉を開いても何も聞こえないんだから。寝室から広い主室の出入り口までは距離があるから、寝室から音が漏れても聞こえない。

シャロルは隣国のアルファの姫君と縁談するのか?それとも、カリーノ様と添い遂げるのか?

どちらの想像をしても、胸は痛いくらいに締め付けられた。

* * *
それから3日後。
カリーノ様の発情期が明けるから、この日から部屋に入ってもいいとアルヴィさんから事前に言われていた日。サージャがシャロルの縁談の話をした日以来、野次馬は来なくなった。

俺は朝の清々しさを感じながら、食事をのせたカートを押して部屋の扉をノックする。特に反応はなかったが、入室を許可されていたので「失礼します」と言い部屋に入った。

カリーノ様の主室には、入り口の正面にベランダとそこに出るための大きな窓がある。今はそこが開け放たれ風が柔らかく頬を撫でる。ベランダの柵に寄りかかるように立つ人物と目が合う。

風に靡く金髪、ガウンの合わせから見える胸元。その髪の柔らかさも、抱きしめられた時の胸の温もりも全部知ってる。3年前までは、そのどれもが俺だけが触れられたのに。

「シャロル殿下、おはようございます」

顔に笑顔を貼り付け、腰を折り挨拶をする。
ちょうどその時、強い風が部屋に吹き込んできた。もう番以外のフェロモンの匂いなんて感じないはずなのに、キンモクセイの甘い香りを感じた気がした。




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