今日もまた孤高のアルファを、こいねがう

きど

文字の大きさ
23 / 34

第二十二話

しおりを挟む
「それじゃあ、執務が終わったらすぐに来る」

「おぅ」

シャロルが部屋から出る前に俺を抱きしめ言う。俺は背後からの視線を感じ、すぐにシャロルの腕から抜け出す。それにシャロルといると、ここ数日の夜のことを思い出してしまい、照れくさくて仕方ない。

「もし体調が悪かったら無理はするな。あと」

オメガの園ここから外に出るな、だろ?分かってるから、早くしないと執務に遅れるぞ」

「あぁ、じゃあ、いってくる」

触れるだけのキスをされ顔に熱が昇る。シャロルはそんな俺の様子をみて満足気に出て行った。
俺が熱くなった頬を両手で挟み、深呼吸して気持ちを落ち着けていると

「お熱いわね」

「ひぃっ」

カリーノ様に後ろから肩を捕まれて変な声がでた。

「あら、ごめんなさい。今日も仲睦まじくて、見ているこっちが照れちゃいそうになるわ。それにしても、シャロルには私達の姿は見えてないのね」

「すみません。シャロルに注意はしているんですが、中々改善されなくて…」

カリーノ様が色々と暴露した日から、シャロルは足繁くこの部屋に通い俺に会いに来ている。それ自体は嬉しいのだが、人目を憚らずスキンシップをとって来るから対応に手を焼いている。

「まぁ、数年追いかけ続けたリディとまた恋仲になれて浮かれているのね。落ち着くまでは、好きにさせてあげたら?私達は全然気にしないし、ねぇ、アルヴィ!」

「そうですね。ここ以外ではイチャイチャできないんだから、思う存分イチャついていいからね」

アルヴィさんまでカリーノ様に同意して、生暖かい目でこちらを見て来る。

「そういうお二人だって、イチャイチャしていただいていいんですよ?俺だって気にしませんから!」

居た堪れなくなった俺は大人気なく言い返す。

「まぁ、私達は…」

「イチャイチャする時期は過ぎたんだ。お気遣いありがとう」

カリーノ様は顔を赤らめ言い淀んだが、アルヴィさんからは完全に大人の対応をされる。にしても、カリーノ様はアルヴィさんの話題になると途端に乙女になるな。シャロルからは俺の身柄をカリーノ様の部屋で匿う代わりに、寵妃の役割を卒業する約束をしたと聞いた。つまり、カリーノ様もアルヴィさんも初めから俺の素性を分かってて、今まで寵妃と使用人を演じ切っていたのだから、本当に演技派だと思う。

「そうなんですね…。じゃあ、俺はお洗濯しに行ってきます!」

「うん。お願いするよ」

「いってらしゃーい」

二人に心よく送り出され部屋を出た俺を待っていたのは…

「リーテ!ちょっと来て」

「え?なになになに?」

「いいからこっち」

使用人仲間数人に取り囲まれたと思ったら両腕をガッチリ捕まれ、持っていた洗濯物も取り上げられる。そのままズルズルとどこかに連行された。

---
「一体どうしたんだよ?」

「いや、それはこっちの台詞だよ」

「そうだよ!殿下が毎日のようにカリーノ様の部屋に来てるじゃん」

「カリーノ様はまだ発情期じゃないよね?もしかして、ご懐妊?」

最近のシャロルの御渡りの頻度について、それぞれが疑問を口にしていく

「ご懐妊したかは俺は知らないけど…殿下が来るのは気まぐれなんじゃない?」

「それはないよ!今まで発情期以外で、こんなに御渡りしていたことは無いよ!」

「そうだよ!殿下がずっと通っているなんて、ご懐妊以外考えられないよ」

俺の適当な誤魔化しに、さらなる追撃がくる

「でも、ご懐妊なら大変だよね」

「え?何で?」

一人が言った内容の意図が分からず聞き返す。

「だってカリーノ様は、ハルバー侯爵の姫君でしょ?殿下の派閥にはエイメ侯爵もいるから、そっちの顔もたてるとなると、次はエイメ侯爵の姫君にも御渡りしなきゃ派閥の中のバランスが崩れちゃうじゃん?」

「派閥とかあるんだ…」

「そりゃあるみたいだよ。貴族のパワーゲーム。下々の俺たちは中々実感ないけど、うちの姫様は時々、貴族から発破をかけられてるみたいで、ピリピリしてる」

「そうなんだ」

カリーノ様が言っていた言葉の意味がやっと理解できた気がした。カリーノ様が、シャロルが生きているのは、皆が自分の利益のために腹の探りあいをして、他人を平気で蹴落とす世界。シャロルと生きるってことは、その世界を渡らなきゃいけないってことなんだ。

「エイメ侯爵の姫君…悪い人ではないんだろうけど、アレだから大変そう」

「アレ?」

「ものすごく…」

「うちの姫様が何?」

エイメ侯爵の姫君について、一人が全てを言う前に横槍が入った。

「サージャ、いや、何も。エイメ侯爵の姫君は可愛らしい方だよね」

「そうそう!お菓子とか美味しそうに食べるし!」

「うん、わかる!時々、椅子の足とか壊しちゃうのもご愛嬌だよね」

「うん。うちの姫様は可愛いらしい方なんだ。話が終わったならリーテを借りていってもいいかな?」

「もちろん!」

皆が口々にエイメ侯爵の姫君を褒めるとサージャは満足したように微笑む。そして俺は一言も喋っていないのに話がまとまっていた。

---
「話の途中で連れ出して、ごめん」

「いや、大丈夫!むしろ助かったよ。みんな殿下とカリーノ様のことを聞きたくて仕方なかったみたいだからさ」

「まぁ、殿下がこれだけ通い詰めていたら、気にはなるだろうしね。それよりも、僕の番から美味しいクッキーを貰ったから、良かったら一緒にどうかな?」

「それはもちろん。でも、番から貰ったのに俺も頂いちゃっていいの?」

「うん。一人より二人で食べる方が美味しいからさ」

「それなら、お言葉に甘えさせてもらう」 

「じゃあ、僕の部屋に用意してあるから…」

俺たちはお茶をするためにサージャの部屋に向かった。

「ごめんね、少し散らかってるけど、ここどうぞ」

サージャの部屋は物が少なく、殺風景にも見えた。部屋の中央のテーブルセットの椅子をサージャが引いてくれたので、そこに座る。テーブルセットは古くはあったが、側面にも装飾がされており高価なものだと分かった。

「全然散らかってないよ。わぁ、美味しそう。これ高いんじゃないか?」

「んー?どうだろ?貰いものだから分からないや」

サージャがお茶と一緒に城下の有名パティスリーの名前が書かれた箱を出した。その中のクッキーを小皿に出して俺の前に置いた。
サージャは発情期休暇明けには必ず怪我をして帰ってくるから、番に大切にされていないのではと心配していた。でも、有名店のクッキーをプレゼントするくらいには、大事にされているのかもしれない。

「なぁ、サージャの番ってどんな人なの?」

「僕の番?どうしたのいきなり」

「いや、そういう話したことなかったなぁと思ってさ」

「うーん。僕の番は…あ、クッキー食べてね。彼はね、愛に飢えている人かな」

「愛に飢えているから、愛情表現が下手とか?」

サージャから勧められるままクッキーを頬張ると、バターの香りと上品な甘さが口に広がる。美味しくて次々とクッキーに手が伸びる。さすが有名店のクッキー、手が止まらない。

「まぁ、そんな感じかな。手が出るのも愛情表現だと勘違いしている節があるからさ。でも、僕は彼のそんな弱い所を含めて全部が愛おしいんだ」

「番のことすきなんだな」

サージャが番に向けているのは母が子に向ける無償の愛に似ている気がした。それにしてもさっきから腹の奥がチクチクと痛む。お腹でも壊しただろうか。

「うん。大好き。彼のためなら何だってしてあげられる、たとえ」

腹の奥の小さな痛みは、徐々に甘い疼きに変わっていき、体全体を支配する。指先まで、甘く痺れる。

「なにこれ…」

「リディごめんね。たとえ友達を裏切っても、僕はヒュイ様の願いを叶えてあげたいんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

処理中です...