身売りされた令嬢は冷徹軍人公爵様と幸せを掴みたい

6 良いことを思いついた！

　グラヴィス家に嫁いでから、三日が経った。アンのお陰か、少しずつ、メイドから向けられる視線が柔らかいものに変わってきているようにも思えた。

　食事も済ませ、自室に戻るが、今日も特に用事がない。リリーベル家にいる際は父の雑務を任されていたのもあり、今の環境は暇ともいえる状況だった。

　何時ものように、庭園に行こう。
　そう思い、部屋に備え付けられたベルを鳴らした。

「何か御用でしょうか？」
　何時も通り、メイド長がやって来た。アイラやアンは仕事の合間を縫ってやってきてくれるが、普段のユナの付き人はメイド長となっている。
　
　一度、仕事は大丈夫なのかと聞いたことがあったが、「付き人をするのも仕事の内だ」と言われてしまった。
　恐らく、ロイド様の指示なのだろう……。

「庭園を見たいのですが、よろしいですか？」
　するとメイド長は考える素振りをし、「案内します」と言い出した。
　大方、ロイドの言いつけを守ってのことだろう。そう考えると胸が痛む。

　メイド長に案内され、庭園へと足を運んだ。



　植物は良い。可憐な花を見るだけで、傷付いた心を癒してくれる。先程までの胸の痛みも、目の前の可憐な花々が少しずつ癒してくれた。

「おや、奥方様じゃないですかね？」
　その声に振り替えると、あの老人が立っていた。手に持つ剪定鋏を見るに、彼は庭師だったようだ。

「お久しぶりです。そういえば、名前を伺っていませんでしたね……私はユナです」
「これはこれはご丁寧にどうも。私はゼルスト。地方訛りがあるのはご勘弁くだされ」
　挨拶をし、ゼルストは微笑んだ。にこやかな笑顔に、つられてユナも笑顔を浮かべる。

　ふと、彼の手に抱えられた籠を見た。

「それは？」
「菜園で収穫した野菜ですわい。つい先程収穫したばかりですぞ」
　にこりと微笑むゼルストの持つ野菜を見つめ、ユナは良いことを思いついた。

「あの……その野菜に何か使い道はありますか？」
「私の趣味です故、特にないですのう」
　長い髭を弄りながらそう答えるゼルストに、ユナは頭を下げた。
「お願いします！　少しでいいので、わけていただけませんか？」
「奥様、仮にも公爵夫人になられるお方が従者に頭を下げてはなりません」
　叱責するメイド長に、ユナは頭を下げたまま言葉を発する。
「いいえ。例えそうだとしても、人に何かを頼むならばこうするべきです」
　
　そんなユナに、ゼルストは「顔を上げてくだされ」と優しく声を掛ける。ゆっくりと顔を上げると、彼は籠をそのまま差し出してくれた。
「年寄りの趣味の産物ですわい。好きに使ってくだされ」
　差し出された籠を受け取ると、ユナは嬉しさに顔を綻ばせた。

　色とりどりの野菜とゼルストを交互に見つめ、深くお辞儀をする。そんなユナを見ながら、メイド長は深く溜息を吐いていた。
　ゼルストは、そんなユナを見つめながら、えくぼを上げ笑みを浮かべていた。


「メイド長さん、厨房の場所へ案内していただけますか」
「厨房、ですか？」
　訝し気に首を傾げる彼女に、ユナは元気に「はい！」と答える。
　厨房までの道すがら、ユナはにこにこと顔を綻ばせていた。




　厨房の場所まで案内して貰い、中を覗き込むと、中では複数人のシェフと思しき人達が楽しそうに談笑をしていた。

「あの……」

　声を掛けると、一瞬で空気が重くなった。
　ここでも、私は歓迎されていないようだ。
　
　だが、勇気を出して言葉を続ける。
「少しだけ、厨房をお借り出来ないでしょうか？」
　
　訊ねると、料理長と思しき大柄な男性が近付いてきた。髪は短めの赤髪のその男性は、ユナを見下ろす。
「奥方様がこんな所に何の御用ですかい？」
　刺々しい物言いだが、ぎゅっと籠を持つ手に力を籠め。真っすぐ彼を見上げる。

「クッキーを焼きたいのです」
「……クッキー？」
　訝し気に言葉を発する彼に、ユナは言葉を続けた。
「皆さんと少しでも早く仲良くなりたいんです。私が出来るのはこれくらいですし……此処にいる皆さんが見ている中で作るのでしたら、怪しい行動も出来ないでしょう？」

　料理長と思しき彼は悩み、ユナの背後に居るメイド長へと視線を向けた。ユナは振り返り、メイド長に視線を向ける。彼女は悩み、溜息を吐きつつ頷いた。
　大柄な男性に視線を戻せば、彼も深く溜息を吐く。
「わかりました。その代わり、少しでも何かしたらすぐ止めますから」
「ありがとうございます！」

　満面の笑みで感謝を述べるユナに、メイド長やシェフ達は首を傾げるばかりだった。