手乗り姫

ねこいかいち

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手乗り姫と蝶

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 ハートフットの村を出て、コニックに乗り草の覆い茂った暗い道を駆け抜けます。
 ニアはコニックの背にしがみ付き、落とされないようにするのが精一杯です。周りの風景を楽しむ余裕もありません。
「コニック、速いわっ」
「人の出歩く前の早朝に着くには、急がなきゃいけないんだ。我慢して。帰りはゆっくり歩くから」
 そう言われても、あまりの速さです。ニアはコニックの首元をしっかり掴み、風が目に入らないようにと装着したゴーグルで真っすぐ景色を見ます。瞬時に変わっていく世界に、ニアは感動しました。
「コニックの見る世界は、とても綺麗ね」
「そうかい?」
「ええ、とっても綺麗よ」
 そう言うと、照れくさそうにコニックは顔を綻ばせました。
「さあ、この茂みを抜ければ、人の世界だよ。さっき言ったこと、忘れないでね」
「ええ、人のいる所では、私は『コニックの背に乗ったお人形さん』でいるように。でしょ?」
 ニアの言葉に、コニックは頷きます。何時どこでニアが小人族だと発覚されてしまうかわかりません。用心に越したことはないでしょう。
「僕も人の世界に入ったら、極力話さないからね。話す時は、小声でね」
「わかったわ」
 コニックの言葉に頷いていると、何時の間にか、茂みはもう後少しという距離でした。どんな世界が広がっているのでしょう。ニアは興奮が抑え切れません。
「あ」
「どうしたの?」
 コニックが足を止め、茂みの隅を見ます。一匹の蝶が、そこにはいました。
「どうしたの?」
 ニアはコニックから降り、駆け寄ります。
「喉が、乾いてしまって……動けないんです」
 か細い声で話す蝶に、ニアは鞄から水を取り出しコップにあけ、蝶に差しだします。
「はい、飲んで」
「ああ、ありがとうございます」
 感謝を述べると、蝶は長い口を伸ばし、水を飲みだしました。暫くすると蝶は元気を取り戻し、大きく羽ばたきだしました。
「本当に、ありがとうございます」
「ううん、困った時はお互い様よ」
 そう応えるニアに、蝶は再び「ありがとう」と言いました。
「今日は朝から熱いわ。この先に行くのならば、日陰を歩いた方がいいわ」
「ありがとう! 蝶々さんも、お大事にね」
「ええ、ありがとう。小人族のお嬢さん」
 別れを告げると、蝶はひらひらと空へ舞い上がっていきました。旅の始まりで誰かを助けられたのは良いことでした。
「さあニア。僕たちも行こう」
「ええ!」
 再びコニックの背に飛び乗り、しがみ付きます。外の世界、一体、どんな場所なのでしょうか?
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