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2巻
2-1
しおりを挟む王都
日本で死んだしがないサラリーマンの俺――佐藤健吾が、神様の依頼でこの世界に来てからどれくらい経っただろうか?
まだ三ヵ月も経っていないはずだが、本当に色々なことがあった。
たった一人でジャングルを探索し、魔物との戦闘や拠点の建造、それに食事の確保など、最初はとにかく必死だった。
そんな中、俺を驚かせたのは〝魔法〟と〝スキル〟の存在だ。
俺は神様に貰ったユニークスキル『スキルブック』により、魔物や人の体内にある〝魔石〟からスキルポイントを獲得し、それと交換で様々なスキルを取得できる。
その種類は本当に多く、地球では考えられないような現象を、道具も使わずに簡単に起こせてしまう。
特に凄いのが『召喚』スキル。これは魔石からその保有者の生前の状態を復元し、俺の眷属にするというものだ。
このスキルのおかげで、今では安全な拠点を築き、魔物や人も含め、多くの仲間達に囲まれて生活している。
ただ、拠点があるフルネール大森林の中だけでは、物資の補給や生活を向上させるための技術の獲得は困難だ。
そこで俺は、人里を目指して大森林を抜けたのだが……どういうわけか多くの厄介事に巻き込まれた。
最初に立ち寄った村は山賊に襲われていたし、街道でも馬車を襲う盗賊に出くわした。
しかもこの盗賊は〝黒の外套〟というかなり凶悪な組織らしく、アルカライムの町では知り合いが攫われて、危うく命を落とすところだったのである。
どうにか悪党どもを撃退できたから良かったものの、俺には神様に貰ったユニークスキルの『神の幸運』があるはずなのに、何故こうも事件が続くのだろうか? 本当に勘弁してほしい。
……さて、俺は今、拠点の仲間を伴ってエスネアート王国の王都を目指して移動している。
意外にも旅は順風満帆で、出発から四日ほど経った朝、ついにはるか遠方に王都らしき影が見えてきた。
今日中に王都に入れるように、俺は御者を務めるエレナに少し速度を出すように指示を出した。
エレナは俺がこの世界に来て初めて話した女性で、拠点では魔物勢との会話の通訳をしてくれる、欠かせない存在だ。
さらに、少し離れて馬車を囲むように狼獣人のマリアと虎獣人のリンという女の子が、馬に乗って並走している。この二人は奴隷商によって廃棄処分されそうになっていたところを俺が引き取った。
人が暮らす場所に拠点の魔物勢を連れて行くと問題が起きそうだから、代わりに彼女達が護衛を買って出てくれているが、そもそもこんな女の子に護衛をさせるのはある意味問題な気がする。
だが、どうせ何を言ってもついて来るので、とりあえず俺の目の届く範囲で気の済むようにやらせているというわけだ。いずれ成長したら、俺の護衛よりも他にやりたいことが出てくるだろう。
それにしても、王都か……。アルカライムでも初めて見るような物が結構多かったが、王都はどんな感じなのかな? 考えるだけでも楽しみだ。
逸る気持ちを抑えて前方を見ていると、何故か『気配察知』スキルに引っかかる集団があった。
こんな何もない場所でこの集まり方……商人のザックさんが襲われた時の状況に似ている。
……いやいや、さすがにそれはないだろう。ここは王都の目の前だ。問題を起こせばすぐに捕まってしまうし、そうそう馬車を襲う奴はいないはず……だよな?
素通りしたいところだが、万が一にも何かあってはいけない。俺は確認のためにその集団の方に向かうよう指示を出した。
近づくにつれて全貌が明らかになってくる。黒い覆面で顔を隠した者が多数、一台の馬車を取り囲んで……交戦していた。
馬車側の護衛はまだ何人も生きており、馬車を守るべく奮戦しているものの、かなり追い込まれているように見える。
その原因は襲う側の人数だ。『気配察知』で確認できるだけでも四十人以上いる。
どう見ても馬車一台を襲うには多すぎる人数だ。
とりあえず、手遅れになる前に助けた方が良さそうだな。
早速俺が馬車を降りて、『土魔法』で野盗達を捕獲しようとしたら……何故かエレナから〝待った〟がかかった。
「エレナ、急がないといけないのになんで止めるんだ?」
「この程度の相手にケンゴ様が出る必要はありません。私達で対処いたします」
「いやいや、襲われている人がいるんだから、みんなで助けに行った方が良いと思うぞ?」
それに、可愛らしい女の子があんな厳ついおっさん達に向かっていくのは、色々な意味で心配だ。
「先に『土魔法』で捕獲だけするのも駄目か?」
「駄目です。あれくらいの相手であればケンゴ様の魔力を使う必要すらありません。それとも、ケンゴ様は私達のことが信用できないのですか?」
「信用していないわけではないんだけど、心配なものは心配なんだよ」
しかし、エレナはまるで譲ろうとしない。彼女は時々こうして妙に頑なになる。
こうして話している間にも襲われている馬車の状況は悪くなるばかりだ。
「……仕方ない。今回は妥協するけど、もし誰かが怪我したらすぐに俺が出るからな?」
エレナは満足そうに頷き、早速声を張り上げた。
「はい、問題ありません。マリア!! リン!! 聞きましたね? もし相手から一発でももらったら、後でゴブ一朗先輩達に訓練をつけてもらいます!! 覚悟して挑みなさい!!」
「「はい!!」」
気合いの入った返事とともにマリアとリンが馬から降り、野盗に向かって飛び出していった。
二人とも少し顔が怯えているように見えるけど、野盗が怖いというよりは、訓練にビビってるんだろうな。ゴブリンジェネラルのゴブ一朗は拠点でも最古参の強者で、実力も折り紙付きだ。
「ガァァァァァ!!」
馬車から注意を逸らすためか、リンがいきなり大音量の威嚇を野盗達に浴びせた。
うおっ、ビックリした! ……リンの奴、いつの間に威嚇なんて覚えたのだろうか?
しかし、女の子があんな声を出しちゃ駄目な気がする。
俺がリンの教育方法に考えを巡らせている間にも、彼女は野盗達に素早く駆け寄って、目の前の男の首を刎ね、次々と斬り伏せていく。
野盗達はいきなりの襲撃と威嚇に浮き足立って、全く動けていない。
それにしても、以前ミノタウロスと戦った時に比べて、リンの動きが格段に速いような……
それにあれは……風か?
彼女は周囲に風を纏っており、斬撃の合間に敵を吹き飛ばしている。
さらに後ろからはマリアが自身の周囲に展開した氷の矢を放ち、確実に野盗達の頭を吹き飛ばしていく。
二人とも、ついこの間まで魔法なんて使えなかったはずだが、誰かに教わったのか?
いざ戦闘が始まると、リンとマリアの顔から怯えはすっかり消え去って、普段通りに戻った。
防御に関してもマリアの補助があるおかげで、二人とも死角からの攻撃を問題なくかわしている。
認識した相手の未来が見えるユニークスキル『予知』――やはり、マリアのあれは反則だ。
そんな『予知』を持つマリアに攻撃を当てられるゴブ一朗達もどうかしているとは思うが……
一方、生き残った馬車の護衛達も俺達の乱入をチャンスと見て、声を上げて野盗達を押し返しはじめた。先ほどまで大勢いた野盗達も、今ではもう数えるほどまで減っている。
俺が出る幕はなかったみたいだな。
俺は用意していた角ウサギの頭の角――通称〝角ミサイル〟を、静かに収納袋へと戻した。
それからものの数分で野盗達は壊滅し、マリアとリンは殺した奴らを端から順に回収しはじめた。
……いや、戦果を回収するのは大事だが、もうちょっと襲われた馬車を気にしようよ。
二人が死体を回収するために馬車に近づくと、護衛達がこちらを警戒して声を上げた。
「おい、これ以上近づくな! お前達は何者だ!?」
マリアとリンは一瞬顔をそちらの方に向けたが、すぐに興味をなくして死体の回収に戻っていく。
いやいや、一応俺達は彼らを助けるために戦ったんだよ? 二人とももうちょっと興味を持ってもいいと思う。ほら、馬車の人達も二人が相手にしてくれないから戸惑っているみたいだし。
最近、マリアとリンがだんだんエレナに似てきた気がする。助けたばかりの頃の初々しさが懐かしい……
仕方なくエレナに救助者の無事を確認するように指示を出したものの、あからさまに嫌そうな顔をされた。何か気に障ったのだろうか?
とにかく話をしないことには先に進まない。俺は彼女達に頼むのを諦めて、自ら前に出る。
だが、俺達の馬車を近くまで移動させると、向こうの馬車の護衛達は剣を抜いて警戒を露わにした。
そりゃまあ、得体の知れない奴らが近づいてきたら、俺でもこんな反応になる。けど、俺達は一応あんた達を助けたんだぞ? いくらなんでも警戒しすぎじゃないか?
俺はとりあえず敵意がないことを示すために、手を上げながら馬車を降りた。
「あのー、大丈夫でしたか? 回復する手段がありますので、負傷者がいたら教えてください」
「そこで止まれ!! これ以上近づいたら問答無用で斬り伏せるぞ!!」
「……やはりこいつらも殺しましょう」
いつの間にか隣に来ていたエレナが、恐ろしいことを口走った。
「今の問答くらいで殺す必要なんて一切ないから、ちょっと落ち着いてくれ」
もの凄い殺気を放ちはじめたエレナを小声で宥めながら、相手の馬車を確認する。
馬車はザックさん達が乗っていたものと比べても一回り大きく、さらに側面には家紋と思しきエンブレムが大きく刻まれている。
恐らく、これはどこぞの偉い貴族様の馬車なのだろう。中にいる人物がよほど大事なのか、護衛達も先ほどから一切警戒を緩めない。
厄介事の臭いしかしない。このまま関わらないのが良策だな。
「わかりました。では、私どもはこのまま帰りますね」
再び馬車に乗ろうと踵を返したところ……護衛の一人に呼び止められた。
「待て、お前達は何者だ? 襲ってきた奴らとは関係ないのか!?」
こちらに剣を向けてくる相手に答える必要があるのかははなはだ疑問だが、後々問題になると面倒だ。一応、返事をしておくか。
「旅の途中でたまたま通りかかった者です。馬車が襲われていたので加勢しただけですよ。それでは、私はこれで失礼します」
さっさと馬車に戻ろうとすると、向こうから女性の声がした。
「お待ちください」
「姫様!? 出てきてはいけません!! すぐにお戻りください!!」
護衛達が騒ぎはじめた。姫様って言ったか? いや、まさかな……
振り返ると、今まさに馬車を降りようとしているドレス姿の令嬢がいた。
歳はマリア達と同じくらい……十五、六歳といったところか。
金髪に金色の瞳。それが映える白を基調としたドレスには、各所に細かな飾り付けが施されている。
見た目はまさに、絵に描いたようなお姫様。それだけでなく、所作からもただならぬ気品が感じられる。
これは、本当に〝そう〟なのかもしれない。だとすれば、一般人の俺がこの人の相手をするのは難易度が高すぎる。
『隠密』スキルが全力で仕事をしてくれることを期待しているが、恐らく無理だろう。
なんと言ったらいいのか、あのお姫様、こちらを見る目力が強すぎる。その可愛らしい容姿からは想像できないほどの迫力だ。これは絶対にバレている。
彼女は馬車を降りると、こちらに向かって優雅に一礼した。
「初めまして、私はクリスティーナ・エリザベート・アン・エスネアートと申します。このエスネアート王国の第三王女です。気軽にクリスとお呼びください。まずはこの度のご助力、誠に感謝いたします。もしあなた方に助けていただかなければ、私達の命はなかったかもしれません。後日お礼をさせていただきたいのですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
いや、よろしくはない。できればこのまま何もなかったことにしたい。
俺の経験からすると、今回みたいに『神の幸運』が仕事をサボった時は必ず面倒事が起こる。
本音を言えば会話すらも回避したいところだが、お姫様は先ほどから一切視線を逸らしてくれないので、逃げることもできない。
俺が返答に困っていると、我が拠点の救世主――通訳さんことエレナが動き出した。
「ようやく少しは話ができる人間が出てきたようですね。私は従者をしているエレナといいます。クリス……でしたか? あなたの部下は躾がなっていないのではないですか? 助けてもらった事実さえも認識せずに抜剣し、ましてそれを我が主に向ける始末。殺されても文句は言えませんよ? あなた方は今、我が主の善意で生かされているのです。しかも我が主の名前を聞きたい? 冗談にしてはあまりにも面白くないですね。まずは謝罪をして、我が主に頭を垂れなさい。話はそれからです」
いやいや、この通訳さん、聞いてるこっちがビックリするような内容をスラスラと繰り出すな。
相手は一応エレナ達の出身国のお姫様だろ。戦争でもするつもりか?
案の定、お姫様の周囲にいる護衛達が色めき立つ。
「き、貴様……ふざけるな!! 姫様に頭を下げろだと!? 今すぐ不敬罪で処断してやる!!」
次の瞬間、先頭にいた護衛の一人がいきなり吹き飛んだ。
よく見えなかったが、どうやら事前に行動を予知したマリアが、相手の死角に氷魔法で礫を出して吹き飛ばしたようだ。
「エレナさん、勝手に行動して申し訳ありません。ですが、あのままだとご主人様に危害を加える可能性がありましたので、独断で対処いたしました」
「えぇ、構いません。むしろよくやってくれました、マリア。我が主には万が一にもご迷惑を掛けるわけにはいきません。それに私もいい加減イライラしていたので、少しすっきりしました。良いお灸になったのではないでしょうか?」
いきなり吹き飛ばされたあの男性は、何がどうなったか理解できなかっただろう。
それより問題は、お姫様に対してケンカ腰なのはエレナだけじゃなかったことである。
今回マリアがたまたま『予知』で先行したが、リンの方も何かあれば今にも飛び出していきそうな感じだ。
我が拠点には穏便にことを運ぶという思考を持つ人はいないのかな? みんな好戦的すぎる。
ほら、お姫様を見てみろ。あんなに目を見開いて固まっているじゃないか、可哀想に。
「お前ら!! 我が姫に――いや、我がエスネアート王国にケンカを売る気か!?」
激昂する護衛達に、エレナは淡々と言い返す。
「ケンカを売っているのはあなた方でしょう? どうしますか、こちらはこのまま全てを滅ぼしても構わないのですよ?」
いったいどこの魔王様のセリフだろうか? このままだとまずい方向に話が進みそうだ。俺がエレナに交渉役を代わると持ち掛けようとしたその時――
「いい加減にしなさい!! 私達はこの人達に命を助けていただいているのですよ? 恩も返さず、その方々に剣を向けるなど、言語道断です。恥を知りなさい!!」
お姫様が声を張り上げた。
周囲が一様に静まりかえる中、彼女はこちらに向き直り、頭を下げた。
「私の護衛達が無礼を働いたことを謝罪いたします。誠に申し訳ありませんでした」
「姫様……」
周囲の護衛達は唖然としている。
まさか自分達の態度が原因で、お姫様に頭を下げさせる事態になるとは思っていなかったのだろう。
「謝罪を受け入れましょう。用がなければもう行きますが?」
「お待ちください。助けていただいた上に不躾だとは思いますが、お願いがあります。どうか話だけでも聞いていただけないでしょうか?」
「いいでしょう、詳しく話してみなさい」
なんだかエレナの方がお姫様よりも偉そうだ。
だいたい、彼女は主であるはずの俺の意思を一切確認してこないが、忘れられているわけではないよな……?
「単刀直入に申しますと、あなた方の力を見込んで、私達エスネアート王国を助けていただきたいのです。実は今、エスネアート王国と隣国のグラス帝国との間で戦争が起こっています。その戦争に、あなた方の力を貸していただけないでしょうか?」
戦争……しかも現在進行形。やはりろくでもないことだった。それに、王国を助けるとか、お願いの規模が大きすぎるけど、大丈夫か?
溜め息をつく俺をよそに、エレナはさっさと話を進めてしまう。
「内容次第ですね。具体的には?」
「エスネアート王国とグラス帝国は、昔からお互いの領土を巡って争っていました。ここしばらくは国境で睨み合う程度だったのですが、グラス帝国が勇者召喚を成功させたことで、状況に変化が生じました。帝国は勇者への支援と、現魔王討伐のために、王国が保有する〝魔王の魔石の欠片〟を譲渡せよと要求してきたのです」
魔王の魔石とは、その昔、勇者が魔王を討伐した時に獲得したもので、現在はそれを分割して四つの大国が一つずつ保管しているという。その一つが、エスネアート王国にある。
確かに、帝国が魔王の魔石を集めているという話は、以前聞いたことがある気がする。そのために戦争の準備をしているとも。それがついに動き出したのか。
お姫様は深刻そうな表情で続ける。
「グラス帝国によれば、魔石の魔力を利用する方法を開発したとのことですが、こちらにはその情報は開示されていません。勇者召喚を成功させた帝国の技術力を信じろと、一方的に圧力を掛けてきているのが現状です。しかしエスネアート王国としては、勇者の支援ならまだしも、利用方法もわからないのに魔王の魔石の封印を無闇に解除し、グラス帝国に渡すわけにはいきません。当然、要求を拒否したところ、帝国側は〝魔王討伐のために協力関係を築かないといけない時にその和を乱す行為は看過できない〟と、因縁をつけてきたのです。あまつさえ〝王国は既に魔王の手に落ちているのではないか〟などと、あらぬ疑いまで掛けてくる始末。そして先日、一方的な降伏勧告の後、帝国が突然我が領土に攻め込んできて、戦争に発展してしまいました」
話を聞く限り、どうも帝国が調子に乗っているだけじゃないのか?
エレナも俺と同じ印象を受けたようで、少々呆れ顔だ。
「それで、あなた達はそんな状況で何をしていたのですか? まさか逃げ出そうとしていたところを襲われていたのですか?」
――全く違った。今この場で一番調子に乗っているのは、間違いなくエレナだ。
お姫様は少しムッとした様子で頭を振る。
「馬鹿にしないでください。この国が滅びる時まで、私が逃げることなどありません。戦況が思わしくなく、我が軍の不利な状況が続いていたので、近隣の領主に軍の派遣を要請しに出ていたのです。その帰り道で、運悪く賊に襲われてしまいましたが……」
「エスネアート王国の軍隊はそこまで弱いのですか? それに本当に運悪く襲われたのでしょうか。馬車二台に対して四十人以上……あなたが乗っているのをわかって襲撃した、と考えるのが妥当でしょう」
エレナの指摘はもっともだ。戦争が行われている状況で、あの襲撃を偶然と捉えるのは楽観的すぎる。姫様は少し考える素振りを見せながら、言葉を継ぐ。
「我が国の軍隊は、近隣諸国と比較しても決して弱いとは思いません。日頃から練兵を続け、来る日に備えていました。しかし、今回のグラス帝国の軍隊は異様なんです。勇者召喚で士気が上がっているのは当然としても、軍の中に黒い魔力を纏った精強な部隊がおり、我が軍はこれに攪乱されています。そしてこれが本当に不思議なのですが……スケルトンやゾンビ等の魔物が何故か帝国の戦列に加わり、我が軍を圧倒しているのです。この二つが我が軍が劣勢になっている主な原因です。どうにか対処する方法を考えなければなりません。それに私への襲撃が計画的なものだというのであれば、他に援軍の要請に出ているお姉様達が気になります。早く城に戻らなくては……」
「あなたが急いで戻ったところで、既に襲われているのであれば、結果は変わらないと思いますよ?」
いやいやエレナよ、それは少し言いすぎだ。見てみろ、お姫様泣きそうだぞ?
前から思っていたのだが、彼女はどうして拠点の仲間以外には冷たいのだろうか?
明らかに人の気持ちというものを慮っていない。
拠点のメンバーも似たようなところがあるけど、会う人みんなにこんなことを言っていたら、完全に孤立してしまう。
そういえば、以前冒険者ギルドで揉めたカスミちゃんが、〝優しかったエレナちゃんが冷たくなった〟とか言ってたな。何か原因があるのか?
今度拠点に戻ったらカシムに聞いてみよう。エレナの父親の彼なら、何か知っているかもしれない。
そんなエレナがお姫様に容赦なく質問する。
「それで、あなたは具体的に私達に何をさせたいのですか?」
「……王都から北西に五日ほど行くと、ナミラ平原という場所があります。七日後には、そこで我が軍の総力を挙げた決戦が行われます。あなた方にはその戦線に加わっていただきたいのです」
おいおい、戦争に参加しろってことか。なんとなく想像はしていたけど、改めて言葉にすると実感が湧かないな。
涙を拭って懇願するお姫様を前にしても、エレナは険しい表情を崩さない。
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