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2巻

2-3

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 そんなことを考えながらしばらく歩き、俺達は王都のギルド前に到着した。
 建物は三階建てで、アルカライムのギルドより一・五倍ほど大きく見える。
 しかも、この建物は先ほど入ってきた街の門の目と鼻の先に存在しているではないか。全く気がつかなかった。
 無知というものは恐ろしい。どこかに地図は売っていないだろうか?
 中に入ると、さすがに王都だけあって、人でごった返していた。
 アルカライムのギルドとは違って酒場はなく、受付カウンターの数が多い。依頼の掲示板や資料の書庫なども大きく見える。
 入り口付近で室内を眺めていると、早速二人組の男に声を掛けられた。

「おい! ねーちゃん! 初めて見る顔だな? これから冒険者になるなら、俺が手ほどきしてやろうか?」
「おいおい、お前じゃ力不足だろう! こんな別嬪べっぴんだ、俺くらいじゃねーと釣り合わねーよ」

 話しかけられたのは俺じゃなかった。危うく片手を上げて反応しかけたじゃないか……
 しかし、エレナは男達を一瞥いちべつしただけで、そのまま俺の後についてきた。
 この手のやからは無視するともっと絡んでくるものだが……

「おい!! 無視してんじゃねーよ!!」
「お高くとまってると、痛い目見るぞ!?」

 案の定、腹を立てた男達がエレナの腕をつかもうとするが――それを予知していたマリアとリンにぶん投げられた。
 テーブルが倒れて皿やグラスが割れ、凄い音が響く。
 確かに、綺麗な人を見つけて絡みたくなる気持ちはわからなくはないけど、ここは王都のギルド内だぞ? アルカライムでもギルドマスターのクリフォードさんが〝ギルド内で暴力沙汰ぼうりょくざた御法度ごはっと〟と言っていた。さて、今回は誰が出てくるのだろうか?
 そうこうしていると、騒ぎを見ていた人や聞きつけた人が周りに集まりはじめた。

「おいおい、ギルド内でケンカか?」
「命知らずもいるもんだな! それに、あれ歌姫じゃねーか? 久しぶりに見たぞ」
「なんだって!? 歌姫だと!! どこだ!? 俺ファンなんだよ! サイン貰えねーかな」
「それにしても、あの三人は美人だな。初めて見るが、新人か?」

 周囲の人間は好き放題話しているが、倒れた男達を助けようとする者はいない。
 どうしよう? うちの奴らがやったことだし、俺が介抱かいほうしに行くかな。
 俺が倒れた男達の方に向かおうとしたその時……

「あらあら、これはいったいどういうことかしら? 問題起こしたら、私が〝個別指導〟を行うと明示していたはずよ? 今回は誰が私と一緒に熱い夜を過ごしてくれるのかしら?」

 そこには二メートルを超える大きな男――いや、女だろうか? 性別不詳な巨体が立っていた。
 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうで見事な体躯たいくをしているものの、顔は化粧で綺麗にいろどられ、髪も長くて、言葉遣いも女性的。
 性別は不明だが、誰でもわかる簡単なことがある。
 あの人と二人で熱い夜を過ごすのだけは、絶対に回避しなければならないということだ。
 すると、珍しくマリアが手を挙げて、その〝男女〟に答えた。

「そこの寝ている男の人達が、エレナさん――この赤い髪の女性に言いがかりを付けて、つかみかかろうとしていたので、私とこの子、リンと二人で投げ飛ばしました。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「ごめんなさいです」

 マリアに続いてリンも謝罪し、二人は素直に頭を下げた。
 凄いな、周囲の雰囲気が一気にマリア達を被害者に押し上げてしまった。
 俺が二人の機転に驚愕きょうがくしていると、〝男女おとこおんな〟がしゃべりだした。

「三人とも私には劣るけど、確かに綺麗な顔をしているし、そこの寝ている男達が声を掛けたのもわからなくないわね。誰か、その現場を見た人はいるかしら?」

 入り口にいた男が手を挙げて答える。

「あー、俺も偉い別嬪が入ってきたから見てたけど、大方おおかた彼女らが言ってることは間違いねーよ」

 なんだ、初めはどうなるかと思ったけど、良い人が多いな。
 いや、あの〝男女〟が怖いだけか?

「これで今夜の私の相手が決まったわね。それじゃ、あなたとあなた、そこで寝ている男が起きる前に、しばって私の部屋に連れて行っちゃって」

 よほど〝男女〟が怖いのか、指名された男達は寝ている男達を即座に縛って連れて行った。
 縄の保管場所も把握していたし、かなり手慣れているみたいだ。
 これが王都のギルドの日常なのか? だとしたら恐ろしいな……
 俺が密かに身震いしていると、エレナが〝男女〟に話しかけた。

「それでは、私達はもう行ってもいいのですか?」
「ええ。うちの冒険者が迷惑を掛けたわね。ところで見ない顔だけど、あなた達、このギルドは初めてかしら? おびに私が案内しましょうか?」
「いえ、結構です。ケンゴ様がギルドに用があるようでしたので、立ち寄っただけです」

 ナイスだ、エレナ。あの〝男女〟に付きまとわれては、ゆっくり探し物もできない。
 エレナの英断をめようとした時、突然、〝男女〟の大声が響き渡った。

「全員、その新顔達を包囲しなさい!! 各自の判断で捕縛ほばく!! 抵抗するなら、多少の暴行も許可します!!」

 一気にギルド内が殺気立つ。
〝男女〟の言葉を聞いた冒険者達が即座に展開し、エレナ達を取り囲んだ。
 まぁ、元からほぼ囲まれているような状況だったが、それが急速に密度を増して狭まった感じだ。
 そして何故か俺はその包囲の外にいる。
 みんな俺に気付いていないのか、ギルドに入った時からずっと、視線すら向けてくれない。
 この『隠密』スキル、少し働きすぎなんじゃない?
 俺が落ち込んでいる間に、冒険者達が後方にいた奴隷達に襲いかかった。
 まずいな、今日雇った奴隷達は戦闘関連のスキルがない。
 このまま捕縛されてしまうかと思ったが――やはり『予知』スキル持ちのマリア達の動きの方が一足早かった。
 マリアとリンが左右に分かれ、襲いかかる冒険者達を吹き飛ばして牽制けんせいしている。
 あぁ、リンにやられた奴は『スキル強奪』でスキルを奪われたな、可哀想に。
 倒れた男は自分の身体の変調を感じ取って、あちこち手で触って確認している。
 続けて、冒険者達と少し離れた場所で炎が噴き上がり、一気にギルド内の温度が上昇した。
 それを見て、〝男女〟や冒険者達が目を見開く。
 そう……エレナがその身に炎を纏いだしたのだ。
 髪が炎のように逆巻き、高温で彼女の周囲がゆがんで見える。
 エレナは毎回ギルドで炎を使うが、火事とか大丈夫なのだろうか?
 それにほら、冒険者達だけじゃなくて、うちの奴隷達も驚いているから少しは加減をしてほしい。

「これはどういうことか、説明してもらえませんか?」

 エレナの怒気に気圧けおされて、包囲する冒険者達が後退しつつある中、〝男女〟が口を開く。

「エレナちゃん? あなたがさっき言っていたケンゴ様はどこにいるのかしら?」

 エレナは苛立いらだたしげに応える。

「話になりませんね。私は説明を求めているのですよ? 何故私がケンゴ様の所在をあなたに教えなければならないのですか?」
「そのケンゴ様に、

 ――!? 指名手配? 俺が?
 最近お姫様を助けたり、アルカライムでは黒の外套の殲滅せんめつに一役買ったりと、なるべく人のためになるように行動している俺に、指名手配? 全く心当たりがない。
 パニックになっている俺を尻目に、エレナが〝男女〟にただす。

「ケンゴ様に指名手配が掛かるなど、何かの手違いです。罪状はなんですか? あまり適当なことを言うと、後悔しますよ?」
「罪状は洗脳と誘拐ゆうかい。さらに、強姦ごうかんや殺人などの疑いもあるわね。少額ながら懸賞金が懸けられているわ。それから、黒の外套とつながっているという噂もあるわよ?」

 なんだと……?
 確かに殺した相手を召喚して拠点でこき使っているから、洗脳と誘拐、そして殺人は当てはまらなくはない。しかし、強姦は事実無根だ。
 そんな俺の心の叫びをエレナが代弁する。

「それは完全に冤罪えんざいですね。そもそも、ケンゴ様を罪に問おうするなど、それ自体がおこがましい。誰がそんなことを言い出したんですか? 私はその人の方が怪しいと思いますよ?」
「指名手配は、身分が証明されている冒険者ギルドの職員からの申し立てで出されているわ。これが嘘なら、その職員は首を刎ねられるわね。でも、あなたの証言は参考にならないわよ、洗脳されたエレナちゃん?」
「私が洗脳されていると言うのですか? 冗談は顔だけにしてください」

 口調こそ穏やかだが、双方とも怒りで顔が引きつり、一触即発いっしょくそくはつ雰囲気ふんいきだ。

「あら、言うわね? でも指名手配の内容に、既にあなたは洗脳されたとあるわよ?」
「ふざけたことを……」

 ああ、これはまずいな。こちらは無罪を証明する手段がない。だが大人しく捕縛されるわけにもいかない。
 俺が捕縛されたら拠点の奴らは黙っていないだろうし、お姫様との約束を守れなくなる可能性も出てくる。しかも、俺達が行かないとナミラ平原での決戦は敗色濃厚だ。
 エレナが〝男女〟にりかかって引っ込みがつかなくなる前に、一度話してみるか。

「はいはーーい、ストップストップ!! ギルド内で暴力沙汰は御法度だよー!!」

 俺はとりあえずクリフォードさんの真似をしながら、この騒動を止めようと試みた。
 決してふざけているわけではない。ああいう口調の方が警戒されないと思ったからだ。
 急におかしな制止が聞こえたせいか、みんな一斉にこちらを振り返った。
 よし! 上手くいったな。
 俺は全員の視線を浴びながら話しかける。

「どうも皆様、こんにちは、私がくだんのケンゴでございます。私の身内がご迷惑をお掛けして大変申し訳ありません。なんだか大事おおごとになっていますが、少し説明させていただけませんか?」
「あなた、いつからそこにいたの?」

〝男女〟が目を見開き、驚愕の表情でそう尋ねてきた。

「初めからいましたよ?」

 それを聞き、周囲が静まりかえった。

「それで、私に掛けられた罪状や嫌疑けんぎについて話したいのですが、あなたに話せばいいですか?」

 俺は〝男女〟にそう問いかけた。
 あとエレナ、熱いからもうちょっと温度を下げてくれ。

「ええ、私で構わないわ。素直に捕縛されてくれる気になったのかしら?」
「いえいえ、申し訳ありませんが、今は捕縛されるわけにはいかないんですよ。なので、少しお話をしようと思っています」
「話? いいわ、聞くだけ聞いてあげるわよ」
「ありがとうございます。では、まずあなたの名前を伺ってもよろしいですか」
「あら、私としたことが……ごめんなさいね。私はカズコって言うの、よろしくね」
「よろしくお願いします。では、まず初めに、その指名手配の内容は冤罪だと主張します。次に黒の外套と繋がっているという嫌疑ですが、これも事実と異なります。カズコさんはアルカライムで黒の外套が殲滅されたことはご存じですか?」
「ええ、知っているわ。アルカライムの英雄モーテンと、その仲間が殲滅したのよね?」

 モーテン達はもともと山賊だったが、今は拠点の一員で、通貨獲得のために冒険者パーティとして活動中だ。ついでに、俺やゴブ一朗などの代わりに功績を挙げた立役者として表舞台に立ってもらっている。

「はい、実はそのモーテン達は私の部下で、殲滅も私と一緒に行ったんですよ。これはアルカライムのギルドマスターであるクリフォードさんが証明してくれます」
「それは本当なのね?」
「ええ。問い合わせてみてください」

 カズコさんは受付にいた女性に何か言い付け、水晶のような物を持ってこさせた。
 魔道具だろうか?
 カズコさんが魔力を流して操作すると、その水晶から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「もしもし? いったいどうしたんだい? カズコちゃんの方から連絡してくるなんて珍しいね?」
「久しぶりねクリフォードちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「いいよいいよ、なんでも聞いてよ」

 相変わらずフランクな男だな。しかもお互いちゃん付けで呼ぶとは、仲が良さそうだ。

「ケンゴちゃんって男の子、知ってる?」

 すると、クリフォードさんの声のトーンがいきなり下がった。

「何かあったのかい?」
「実はそのケンゴちゃん、こっちでは指名手配されてるの。今、目の前にいるんだけど、本人は冤罪だって言うのよ。どう思う?」
「罪状は?」
「洗脳と誘拐。あと、嫌疑で強姦と殺人、さらに黒の外套と繋がっているってとこね」
「多分それ、全部冤罪で間違いないと思うよ」

 ありがとう、クリフォードさん、あなたを信じて良かった。

「僕はアルカライムでのことしか知らないけど、彼はこの街の住民を野盗から救ったり、黒の外套による誘拐事件を解決したりしているよ? それに黒の外套のアジトの場所や抜け道等の情報も隠さず教えてくれたし、連中に関連する貴重な魔道具も提供してくれた。彼と関わった住人――武器商や奴隷商からの評判もかなり良い。悪い噂はアルカライムでは一切ないよ」
「それは嘘ではないのね?」
「僕がカズコちゃんに嘘をつくと思うかい? 確かに気配がなくて素性すじょうは知れないし、嫌味も言う。顔もぱっとしない男だけど、悪い人間じゃないと思うよ。なんだったら、彼の身の潔白けっぱくはこの僕とアルカライム領主が連名で証明するよ」

 一言も二言も多いが、カスミちゃんと揉めたことも隠してくれているし、本当に頼りになる。

「それほどの男なのね? わかったわ、ありがとう、クリフォードちゃん。また今度一緒に飲みに行きましょう」
「うん、楽しみにしているよ。あと、王都にも黒の外套の抜け道があるらしいから、後で彼に教えてもらうといいよ」
「ええ、わかったわ、それじゃまたね」

 水晶での通信を切り、カズコさんがこちらを振り返った。先ほどまでの剣呑けんのんな雰囲気がなくなっている。
 クリフォードさんのおかげで交渉がしやすくなった。

「それで……私の嫌疑は、少しは解消されましたか?」
「ええ、黒の外套との繋がりや殺人あたりの嫌疑は、もう無視してもいいわね。アルカライムでの情報しかないけど、それでも十分な功績だと思うわ」

 ちょっと待て、強姦の嫌疑がなくならないのは何故だ? エレナ達を連れているからか?
 でも俺、そんないやらしい顔をしているかな? いや、まだ大丈夫、忘れているだけかもしれない。

「次は、罪状の洗脳と誘拐の説明ですね」
「強姦を忘れているわよ」

 やっぱり……
 周囲の目も完全に強姦魔を見る目になっている。

「そうですね。強姦も説明しないといけませんね」
「当たり前よ。誘拐して洗脳したあと強姦なんて、決して許せないわ。全女性の敵だもの、もし本当なら、極刑ね」

 カズコさんの言葉で、一層みんなの視線が厳しくなった。絶対俺が犯人だと思ってるよ、これ。
 だが、身の潔白を証明する手段が俺にはない。どうしよう……

「説明はしてくれないのかしら?」
「説明したいのは山々ですが、現状無実を証明する手段がなくて、少し考えていたんですよ」
「あら、正直ね。でもどうするの? このままだと私達はあなたを捕縛しないといけなくなるわよ?」
「少し考える時間を……」

 しどろもどろになっていると、鎮火ちんかしたエレナが突然話に割って入ってきた。

「ケンゴ様、そんなに悩まなくても大丈夫ですよ」

 妙に自信たっぷりなエレナに対して、カズコさんが首を横に振る。

「エレナちゃん? 洗脳されている疑いのあるあなたの証言は、証拠として採用できないわよ?」
「証言が駄目なら、客観的に調べられる証拠を用意すればいいだけのことです」
「そんなもの、あなたに用意できるのかしら?」
「ええ、とても簡単なことですよ。私の身体にあります」

 エレナの身体? まさか……



 エレナが発言した瞬間、ギルド内の時間が止まった。
 その言葉の意味が理解できないかのように、誰もがほうけた顔をしている。
 おいおい、どうするんだよ、この空気。完全に俺の手には負えない状況だ。

「ケンゴ様のためでしたら、いくら調べてもらっても構いませんよ?」

 なんと剛毅ごうきな女なのだろうか。召喚した直後は裸を見られるのを恥ずかしがっていたのに、どんな心境の変化があったんだ?
 するとどういうわけか、マリアとリンからも援護射撃があった。

「あの……私も経験はありません……」
「わわ、私も……」

 マリアは恥ずかしそうに下を向き、リンに至ってはまるでだこみたいに顔を真っ赤にしている。
 さらによく見ると、先ほど奴隷商で購入した錬金の女性とサラまで、何か覚悟を決めたような顔つきをしている。
 いや、言わなくていいからな?
 俺は慌てて首を横に振り、ジェスチャーで二人に伝えようと試みたが……

「私は経験あるよ。けど、相手はご主人様じゃないね」

 全然伝わらなかった……

「…………」

 声が出ないサラは、ただ頷いているだけなのでどちらかわからない。
 周囲の男達は期待に満ちた眼差まなざしでサラに注目している。
 いやいや、答えさせないからな? 歌姫の性事情など、スキャンダルになってしまう。
 しかし、ギルドの男どもがエレナ達を見る目が先ほどと明らかに変わった気がする。
 俺のせいでみんなに申し訳ないことをしてしまったな……

「それで、調べるのですか? 調べないのですか? 早く決めてください」
「いいえ、結構よ。むさ苦しい男達の前で乙女に恥をかかせるのは、私の矜持きょうじが許さないわ。その覚悟に免じて、今回は信じましょう」

 エレナ達を調べる方に期待していたのだろう、男どもの落胆らくたんぶりがすさまじい。

「それでは、ケンゴ様の容疑は晴れたと考えていいのでしょうか?」
「そうね。あなた達を見ていると誘拐や洗脳の線も薄そうだしね。でもそれなら、何故こんな指名手配が出たのかしら?」
「それはそちらが調べることでしょう? もし詳細がわかったら教えてください。この騒ぎのむくいを受けさせなければなりません」
「調査の結果を教えるのはいいけど、あなたが手を出したら駄目よ。犯罪になるわ。必ず罰は与えるから、心配しないで」
「わかりました、あなたを信じましょう。念のため、王都で私達の身分を証明する物を提示します。ケンゴ様、例のメダルをお願いします」
「例のメダル? ああ、お姫様に貰ったやつか」

 俺が収納袋から一枚のメダルを取り出した瞬間、カズコさんが出会ってから今日一番の驚いた顔を見せた。

「これは王家のメダルじゃない!? ケンゴちゃん、いったいどこでこれを手に入れたの?」

 カズコさんの食いつきを押し止め、エレナがぴしゃりと言い放つ。

「どこで手に入れたかは関係ないんじゃないですか? これを持つケンゴ様は、王家がその存在を認め、保護しているお方です。それを指名手配するなど、王家を疑うも同然です」
「確かにその通りだわ。これは詳しく調べる必要があるわね」

 凄いな、このメダル。特に王都に住む人には絶大な効果があるんじゃないか?

「冤罪だとしたら本当に申し訳ないことをしたわね。王都のギルドを代表して、副ギルドマスターである私が、ここに謝罪するわ。本当にごめんなさい」

 エレナがこれ以上何か言う前に、俺が割って入って間を取り持つ。

「いえいえ、構いませんよ。カズコさんも指名手配されている人間を捕縛しようとしただけですし、気にしないでください。それに、こちらも謝らないといけません」
「あら、あなたが謝らないといけないことなんて何かあったかしら?」
「はい、実はうちの者が吹き飛ばしたあの男性ですが……」
「あぁ、気にしなくていいわよ。私が動かしたんだから、治療費はギルドが持つわ」
「いえ、恐らくあの男性は所有しているスキルを失っています」

 そう伝えながら視線を戻すと、目の前には先ほど謝罪した時の笑顔が嘘のような、鬼の形相ぎょうそうのカズコさんがいた。

「スキルを失う? ……それはどういうことかしら?」

 これは黙っていた方が良かったかな……
 俺は後悔しながらも説明を始めた。

「実は、うちの子の一人が特異な体質でして、その子に触れると所持しているスキルが消失してしまうんですよ」
「信じられないわ……」
「間違いありません。スキルが消失したら具合が悪くなる症状が見られるので、恐らくあそこに倒れている男性達はスキルを失っています」
「もし本当なら一大事よ。少しここで待っていて」

 そう言うと、カズコさんは奥の部屋に戻って、以前クリフォードさんのところで見たステータスを確認できる水晶を持ってきた。
 そのまま倒れている男性を介抱しながら水晶を使用し、何度か言葉を交わす。
 少しして、ステータスを確認できたのか、彼女はこちらに戻って来た。

「確かに、ケンゴちゃんが言ったとおりにスキルが全てなくなっていたわ。以前からこういうことはあったのかしら?」

 リンの奴、スキル全部取っちゃったのか。最近だいぶユニークスキルにも慣れてきて、強奪するスキルをある程度は任意に選べたはずだが。
 まぁ、襲ってきたのは向こうだし、仕方がないか。

「ええ。この子らはアルカライムの奴隷商で購入した奴隷なのですが、奴隷に落ちる前からスキル消失の呪い子として迫害はくがいを受けていたみたいです。私が購入した時も、酷い状態でしたよ」

 その言葉を聞き、カズコさんが眉をひそめた。どうかしたのだろうか?


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