星火経〜紛い物の紅玉が、災厄の獣に愛されて幸せになるまでの話〜

◆第一章

005.一度目の人生④

　震える手で人形を渡すと、母上は両手でとても大切そうに受け取ってくれた。
「まぁ……！　あらあら、とても可愛らしいではないの！　個性的な独創性があって、とても素敵だわ。きっと、私の子は天才に違いないわ。芸術というものは、案外難解かつ複雑なのよ。この味、中々出せるものではないわ。ねぇ、貴方たちもそうは思わない？」
「……！」
　どうしていたら良いのか分からずに、じっと床に視線を落とした俺は、母上の弾む様な嬉しそうな声を聞いて、ハッと顔を上げた。
　皆の視線が気になり、恐る恐る様子を伺うが、皆戸惑う様子を見せたのは最初の一瞬だけで、即座に一様に大きく頷いていた。
「さようでごさいますね！」
「さすがは王妃様。お目が高うございます」
　普段俺ににこりともしない面々が満面の笑みを浮かべている。正直かなり不気味ではあったが、彼らの態度は、おそらくは帝の正妃である母上の目があったからなのだろう。
　父上は厳しくて怖い人ではあったが、高い身分の家柄出身かつ、幼馴染でもあった母上のことをとても大切にしていた。
　母上の不況を買うということは、帝である父上の不況を買うということにもなりかねない。
「ふふふ。そうでしょう」
　母上はというと、そんな彼らの愛想笑いに対して満足そうに鷹揚に頷いていた。母上は、頭脳は明晰なお方ではあったが、幼い頃から掌中の珠のように育てられたような人だった。言葉を選ばずに言うなら、とにかく世間知らずな人だったので、幼い俺と同じくらい悪意には鈍い人だったのだ。
　もっと苛烈な虐めであれば、さすがに母上も気づいたのかもしれないが、この頃の周りの俺への態度は、心なしか素っ気ない。それくらいの範疇におさまっていたので、母上も彼らの本意を汲み取ることはできていなかった。
　ただ、それでも薄らとは察していたに違いない。
　現実、帝になれるのは余輝ヨキか俺の、どちらか一人だけだ。平穏を望んだところで、いつか決着をつける日は必ずやって来る。　
　いくら世間を知らなくても、そのようなことを母上が想像出来ないはずもない。
「私にとっては、余輝ヨキも来儀ライギ、可愛い我が子なのですよ。二人は私にとってはまさに宝そのもの。例え、何があっても、母は貴方たちの幸せを願っています」
　母上はことあるごとにそう言っていた。
　そう。母上はいつも俺の味方になってはくれたが、それは俺だけが「特別」という訳ではない。俺が、自分一人では意見の一つも上手く伝えられないような内気な性格だったからだ。
　兄の余輝ヨキは、幼子とは思えないほどにしっかりしており、自身の意見を大人に対しても明確に伝えられるような子供だったので、良い手のかからない子供だった。母上が手助けしなくても、余輝ヨキは何でも上手くこなしてしまうだけ。
　俺だけを見てという気持ちは心のどこかにはあった。だが、母上にとっては、俺も余輝ヨキも大切な実の子であることには変わりはない。優劣などつけられる筈がないのは当然だ。
　母を独占したいけれど、それで母上が悲しむなら話は別だ。母上を泣かせるくらいなら、我慢する。
「ふふふ。余輝ヨキ、来儀ライギ。大切にするわね」
　余輝ヨキから贈られた髪飾りと、俺が作った歪な人形を大切に抱えて、華のような笑みを浮かべる母上に俺は「へへへ」と照れて笑った。


　大好きな母上。当時の俺にとって、すべてだった人。
　そんな人に、あの日捨てられたのだと気づいた時の俺の絶望は計り知れない。
　でも……。
「生きていてくれたのですね……っ」
　立派な仙人となり、大人になって再会した日、俺を泣きながら抱きしめたのは酷くやつれた姿の母上だった。