8 / 9
◆第一章
007.一度目の人生⑥
しおりを挟む
俺が渡した秘薬の力で持ち直した母上は、みるみる元気になっていった。俺が生きていたことで、精神的な負荷が軽減されたのも大きいのだろう。
しかし、余輝の病状は、母上とは真逆で、更なる悪化の一途を辿っていた。
「余輝殿下の状況は最悪です。おそらくですが、このままではあと半月も持たないでしょう。来儀様から頂いたお薬も、最近は口にしてもすぐにすべて吐き出されてしまいます」
帰国して以降、余輝が受け持っていた仕事を慣れないながらもこなしていた俺に、余輝の主治医はそう告げた。
遂にその時がやって来たのだ。
「そうか……」
俺は短くそう返しただけで、特に取り乱したりはしなかった。主治医や余輝の側近からの報告は細かく受けていたのだ。むしろ、当初の想定よりは永らえた方だろう。
俺は悲しむでもなく、頭を抱えた。
最後の通告を聞かされる前は、もしかしたら、幼い頃の俺と同じで余輝も病を克服できるかもしれない。そんな淡い期待があった。
母上と過ごせる時間は貴重だし、これからもたまには会ってお茶をしたり話をしたりする機会は作りたいなとは思っていたが、俺は次期帝なんて物に全く興味がなかった。
そもそも、初めは少し状況を覗くだけのつもりで下界に降りただけなのだ。師も同門の仲間たちも、皆俺がされた仕打ちに「ありえない」と口々に言っていたし、俺だってそうだ。
母上の顔を見たこと、俺のことをずっと思ってくれていた母上を放っておけなくて、俺は地上に戻り余輝の代わりに政を担うことには了承はしたが、全てが終われば、正直に言うと俺は最終的には仙人界に帰るつもりだった。
母上には悪いが、俺にとっては既に、仙人界での生活が日常であり、帰りたい場所だったのだ。
それに既に、俺を心配して仙人界からついて来てくれた、有能な兄弟子である紫煙殿の手によって、父上が俺を捨てた証拠も見つけてしまっている。
ちくちくと嫌味を言ってくる余輝の側近も鬱陶しいし、俺としては早く縁を切り、全てを捨ててさっさと逃げ出してしまいたかった。
そう。最悪、俺みたいに例え視力や聴覚が失われていたとしても、生きてさえいてくれたら問題ない。俺を治してくれた薬を探しに旅に出るくらいの覚悟ならしていたし、母上に敬意を払って、それくらいの協力ならするつもりだった。
――だが、俺のそんな淡い望みはすぐに粉々に打ち砕かれた。
「――頼む」
明朝。床に伏せた余輝を見舞った俺は、兄の余輝からのそんな呪いの様な言葉を受け取ることになってしまった。
後を託す、なんて綺麗事だ。余輝は、すべてを俺に押し付けて先に逝ったのだ。
(くそっ。どいつもこいつも、勝手なことを言いやがって……)
その日の夜、俺は荒れた。
そもそも、城に帰って来てからというもの、心が休まる時など亡きに等しかった。唯一の良い思い出は母の誤解が解けたことくらいだ。
「何故、余輝でなく出来損ないの方が助かっている」
「代わりに死ねば良かったのに」
歓迎される訳でもなく、馬車馬のように働かされて、陰ではそんな風に蔑まれる。これが勝手でなくて何なのか。俺はそこまで言われる程の愚図なのかと、唇を噛んだ。
兄が優秀すぎるだけで、こんな扱いを受ける様な劣悪な環境。反吐が出る。もしも母上がいなければ、俺は余輝が亡くなった瞬間、とっとと姿を消していたに違いない。
余輝の死は、都中に鳴り響く鐘の音によって広く周知された。本来なら次期帝である余輝の死を隠すことはさすがに不可能であった。
俺の時も悲嘆に暮れて床に伏した母上は、余輝の死を知り、再び床についてしまった。
この状況で俺までいなくなれば、母上の心も体もどちらも長くは持たないだろう。
国がどうなろうと知ったことではないが、母上をおいていける訳がない。
「おい! 帰れないとはどういうことだ!!」
離れていても、鏡を通して同じ鏡を持っている相手と連絡が取りあえる遠見の鏡に、よく通る重低音の怒鳴り声が入ったのは、俺が覚悟を決めたことを仙人界に報せてからすぐのことだった。
しかし、余輝の病状は、母上とは真逆で、更なる悪化の一途を辿っていた。
「余輝殿下の状況は最悪です。おそらくですが、このままではあと半月も持たないでしょう。来儀様から頂いたお薬も、最近は口にしてもすぐにすべて吐き出されてしまいます」
帰国して以降、余輝が受け持っていた仕事を慣れないながらもこなしていた俺に、余輝の主治医はそう告げた。
遂にその時がやって来たのだ。
「そうか……」
俺は短くそう返しただけで、特に取り乱したりはしなかった。主治医や余輝の側近からの報告は細かく受けていたのだ。むしろ、当初の想定よりは永らえた方だろう。
俺は悲しむでもなく、頭を抱えた。
最後の通告を聞かされる前は、もしかしたら、幼い頃の俺と同じで余輝も病を克服できるかもしれない。そんな淡い期待があった。
母上と過ごせる時間は貴重だし、これからもたまには会ってお茶をしたり話をしたりする機会は作りたいなとは思っていたが、俺は次期帝なんて物に全く興味がなかった。
そもそも、初めは少し状況を覗くだけのつもりで下界に降りただけなのだ。師も同門の仲間たちも、皆俺がされた仕打ちに「ありえない」と口々に言っていたし、俺だってそうだ。
母上の顔を見たこと、俺のことをずっと思ってくれていた母上を放っておけなくて、俺は地上に戻り余輝の代わりに政を担うことには了承はしたが、全てが終われば、正直に言うと俺は最終的には仙人界に帰るつもりだった。
母上には悪いが、俺にとっては既に、仙人界での生活が日常であり、帰りたい場所だったのだ。
それに既に、俺を心配して仙人界からついて来てくれた、有能な兄弟子である紫煙殿の手によって、父上が俺を捨てた証拠も見つけてしまっている。
ちくちくと嫌味を言ってくる余輝の側近も鬱陶しいし、俺としては早く縁を切り、全てを捨ててさっさと逃げ出してしまいたかった。
そう。最悪、俺みたいに例え視力や聴覚が失われていたとしても、生きてさえいてくれたら問題ない。俺を治してくれた薬を探しに旅に出るくらいの覚悟ならしていたし、母上に敬意を払って、それくらいの協力ならするつもりだった。
――だが、俺のそんな淡い望みはすぐに粉々に打ち砕かれた。
「――頼む」
明朝。床に伏せた余輝を見舞った俺は、兄の余輝からのそんな呪いの様な言葉を受け取ることになってしまった。
後を託す、なんて綺麗事だ。余輝は、すべてを俺に押し付けて先に逝ったのだ。
(くそっ。どいつもこいつも、勝手なことを言いやがって……)
その日の夜、俺は荒れた。
そもそも、城に帰って来てからというもの、心が休まる時など亡きに等しかった。唯一の良い思い出は母の誤解が解けたことくらいだ。
「何故、余輝でなく出来損ないの方が助かっている」
「代わりに死ねば良かったのに」
歓迎される訳でもなく、馬車馬のように働かされて、陰ではそんな風に蔑まれる。これが勝手でなくて何なのか。俺はそこまで言われる程の愚図なのかと、唇を噛んだ。
兄が優秀すぎるだけで、こんな扱いを受ける様な劣悪な環境。反吐が出る。もしも母上がいなければ、俺は余輝が亡くなった瞬間、とっとと姿を消していたに違いない。
余輝の死は、都中に鳴り響く鐘の音によって広く周知された。本来なら次期帝である余輝の死を隠すことはさすがに不可能であった。
俺の時も悲嘆に暮れて床に伏した母上は、余輝の死を知り、再び床についてしまった。
この状況で俺までいなくなれば、母上の心も体もどちらも長くは持たないだろう。
国がどうなろうと知ったことではないが、母上をおいていける訳がない。
「おい! 帰れないとはどういうことだ!!」
離れていても、鏡を通して同じ鏡を持っている相手と連絡が取りあえる遠見の鏡に、よく通る重低音の怒鳴り声が入ったのは、俺が覚悟を決めたことを仙人界に報せてからすぐのことだった。
12
あなたにおすすめの小説
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる