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序章 運命の夜
第五話
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「あ……」
とりあえず声を出してみたが、言うべき言葉が見つからず、美美子はそのまま黙り込んだ。
スライムに襲われたことにショックを受けたのは確かだが、そんなことより、少女の稀な美しさのほうに意識が傾いたのだ。
その少女は、異国の地のお姫様のように優雅で綺麗で美々しかった。砂金のように光る金の髪、心持ち小さめな唇、女らしい丸みを帯びた長い手足──そのどれもが完成された美術品さながらの美質に恵まれていた。
美美子の知り合いの中にも美人だったりかわいかったりする子はいるが、少女の美しさときたら、それらをはるかに凌駕していた。神話伝説に登場する美神がもしも現実世界に存在するのなら、きっと彼女みたいな容姿をしていたことだろう。
「えっと……」
左右に視線を泳がせながら、少女が言った。そして、意を決したように美美子の目をじっと見つめると、
「ごめんなさい!」
大きく頭を下げてきた。
「なるべく穏便に事を済ませるつもりだったんだけど、あなたに迷惑かけちゃった……。だから謝ります。許してください!」
深くこうべを垂れたまま、少女は「ごめんなさい」と繰り返した。緊張でもしているのだろうか、彼女の手は微妙に震えている。
美美子は束の間、あっけに取られた。「悪いのは通りすがりに立ち寄った自分のほうなのに」と胸のうちで思った。
しんと静まった空間にて、会話がしばらく停滞する。
風の音や枝葉の揺らぎ、車の走行音すら響かない公園内は、死んだような沈黙を晒している。
「あ、あの……。お願いだから頭を上げてね? 悪いのはあの化け物なんだし、あなたは私のことを助けてくれたんだから。だから、そんなにかしこまらないで」
「……許してくださるんですか?」
少女が顔を上げる。その端麗なおもてには、喜びの感情がめいっぱい詰まっていた。
「ビー玉みたいに綺麗な目だわ」と心に思いつつ、美美子は、
「気にしないで」
と言った。彼女の心に溜まっているであろう罪悪感を刺激せぬよう、なるべく穏やかな声を作った。
美美子は少女をまっすぐ見つめる。
少女も美美子をまっすぐ見返す。
そして、尊さすら感じさせる笑顔をまじえながら、彼女は、
「ありがとうございます!」
と告げた。ぱっと芽吹いた蕾のように、明るい声だった。
「今日のことは私とあなたの秘密ということにしておくわ。だから、あなたも早く家に帰りなさい。なんだったら、途中まで送ってあげてもいいのよ?」
すると、少女は、
「ありがとうございます。でも私なら平気です。ひとりで帰れます」
と答えた。先刻の緊張した面持ちはどこへやら、実に楽しげに打ち笑っている。
それを見て、美美子もまた笑みを深めた。他人の笑顔を見るのは、もとより好きであったから。
「じゃあ、私は家に戻るから。あなたも寄り道しないで帰るのよ」
そして、美美子は少女から離れ去った。
スライムに襲われたときは命の危険すら感じたけれど、少女と話をしてからというもの、その恐怖がすっかり薄らいでしまった。
とにかく綺麗な子だったし、性格もどことなくよさそうだった。必死な面持ちで頭を下げてきた彼女に、悪印象を持つ者などきっといないであろう。
(またどこかで逢えたらいいな……)
ひとけのない舗装路をきっちりとした足取りで歩きながら、美美子は思った。
「胸に抱いたひとつの望みが近いうちに叶う」と知らぬままに──。
【第一章に続く】
とりあえず声を出してみたが、言うべき言葉が見つからず、美美子はそのまま黙り込んだ。
スライムに襲われたことにショックを受けたのは確かだが、そんなことより、少女の稀な美しさのほうに意識が傾いたのだ。
その少女は、異国の地のお姫様のように優雅で綺麗で美々しかった。砂金のように光る金の髪、心持ち小さめな唇、女らしい丸みを帯びた長い手足──そのどれもが完成された美術品さながらの美質に恵まれていた。
美美子の知り合いの中にも美人だったりかわいかったりする子はいるが、少女の美しさときたら、それらをはるかに凌駕していた。神話伝説に登場する美神がもしも現実世界に存在するのなら、きっと彼女みたいな容姿をしていたことだろう。
「えっと……」
左右に視線を泳がせながら、少女が言った。そして、意を決したように美美子の目をじっと見つめると、
「ごめんなさい!」
大きく頭を下げてきた。
「なるべく穏便に事を済ませるつもりだったんだけど、あなたに迷惑かけちゃった……。だから謝ります。許してください!」
深くこうべを垂れたまま、少女は「ごめんなさい」と繰り返した。緊張でもしているのだろうか、彼女の手は微妙に震えている。
美美子は束の間、あっけに取られた。「悪いのは通りすがりに立ち寄った自分のほうなのに」と胸のうちで思った。
しんと静まった空間にて、会話がしばらく停滞する。
風の音や枝葉の揺らぎ、車の走行音すら響かない公園内は、死んだような沈黙を晒している。
「あ、あの……。お願いだから頭を上げてね? 悪いのはあの化け物なんだし、あなたは私のことを助けてくれたんだから。だから、そんなにかしこまらないで」
「……許してくださるんですか?」
少女が顔を上げる。その端麗なおもてには、喜びの感情がめいっぱい詰まっていた。
「ビー玉みたいに綺麗な目だわ」と心に思いつつ、美美子は、
「気にしないで」
と言った。彼女の心に溜まっているであろう罪悪感を刺激せぬよう、なるべく穏やかな声を作った。
美美子は少女をまっすぐ見つめる。
少女も美美子をまっすぐ見返す。
そして、尊さすら感じさせる笑顔をまじえながら、彼女は、
「ありがとうございます!」
と告げた。ぱっと芽吹いた蕾のように、明るい声だった。
「今日のことは私とあなたの秘密ということにしておくわ。だから、あなたも早く家に帰りなさい。なんだったら、途中まで送ってあげてもいいのよ?」
すると、少女は、
「ありがとうございます。でも私なら平気です。ひとりで帰れます」
と答えた。先刻の緊張した面持ちはどこへやら、実に楽しげに打ち笑っている。
それを見て、美美子もまた笑みを深めた。他人の笑顔を見るのは、もとより好きであったから。
「じゃあ、私は家に戻るから。あなたも寄り道しないで帰るのよ」
そして、美美子は少女から離れ去った。
スライムに襲われたときは命の危険すら感じたけれど、少女と話をしてからというもの、その恐怖がすっかり薄らいでしまった。
とにかく綺麗な子だったし、性格もどことなくよさそうだった。必死な面持ちで頭を下げてきた彼女に、悪印象を持つ者などきっといないであろう。
(またどこかで逢えたらいいな……)
ひとけのない舗装路をきっちりとした足取りで歩きながら、美美子は思った。
「胸に抱いたひとつの望みが近いうちに叶う」と知らぬままに──。
【第一章に続く】
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