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第一章 神様が家にやってきた
第一話
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朝食の席にてその話を聞かされた瞬間、美美子は耳を疑った。
右手に箸、左手に茶碗を持った格好で、ぴったり五秒静止する。
向かいに座る母親が、
「あら、美美子ちゃんったらどうしたのかしら。目が点になっちゃっているわよ」
などと言いつつ、明るい微笑を見せる。
「いやはや、予想どおりの反応だな」
母親の隣に座る父親もまた、豪快に笑っている。
整理整頓の行き届いた居間に、両親の笑い声がなごやかに響いた。
美美子の生きる時代──すなわち、二○二○年代の地球に覚醒している男性は存在しない。「ミッシング・スリーデイズ」という名の怪奇現象が全世界を席巻したのち、彼らはひとり残らず、目覚めの来ぬ眠りについたのだ。
ミッシング・スリーデイズ。
単純に「スリーデイズ」と略されることもあるこの現象が発生したあと、残った人類の約半数に男性器が生えた。つまり、女性でありながらペニスを持つ人間が多数出現したのである。
彼女らの性器は、男性としての機能をしっかり有していた。よって、女性同士で子をなすことができた。ゆえに、「子どもが生まれない」という最悪の事態はまぬかれたのであるが……。
手指の震えがようやく収まった頃、美美子は箸と茶碗を卓上に置いた。オーク材で作られた長テーブルにて、かちゃりと小さな音が鳴る。
「お父さん。お母さん」
深呼吸を一回したのち、美美子は続きを口にした。
「あの……。『あなたには婚約者がいるのよ』って言ったけど、それ本当なの?」
初耳だった。
「寝耳に水」ということわざがそっくりそのままあてはまる状況に出くわし、美美子はさらに目を白黒させた。
「美美子。よく聞くんだ」父が言った。
「お前が生まれる前のことなんだけどな。ある夏の真っ昼に、父さん、日射病で倒れてしまったんだ。でも、そのとき近くにいた人が熱心に介抱してくれたおかげで、一命を取り留めたんだよ」
沈黙が降りる。
テレビから流れてくるニュース番組の音声のみが、積もる静寂を打ち消していく。
「その後、俺はその人と意気投合して付き合うようになったんだ。……あ、『付き合う』と言っても恋愛の意味でじゃないよ? 父さんはあのときすでに、母さんと結婚していたからね」
「私と勇気さんの赤ちゃん──つまり、美美子はその頃に生まれたの。そして、お父さんのご友人にも翌年、ご家族が増えたのよ」
美美子は黙って話を聞く。
つっこみを入れたいのはやまやまだったが、いまはとにかく情報を手に入れたい。
「あいつは普段からとても感じのいい奴なんだ。父として夫として家庭を大事にしていてな……。本当にいい奴なんだよ」
そして緑茶を一口すすったのち、父は言った。
「だから、父さん、その子をお前の婚約者とするよう友人に頼んだんだ」
「……私のあずかり知らぬところで、勝手に決めちゃったってわけ?」
「そうとも言うね」
悪びれもせず、父が返事をした。
それなりに広い居間の中、再び沈黙が流れた。
【続く】
右手に箸、左手に茶碗を持った格好で、ぴったり五秒静止する。
向かいに座る母親が、
「あら、美美子ちゃんったらどうしたのかしら。目が点になっちゃっているわよ」
などと言いつつ、明るい微笑を見せる。
「いやはや、予想どおりの反応だな」
母親の隣に座る父親もまた、豪快に笑っている。
整理整頓の行き届いた居間に、両親の笑い声がなごやかに響いた。
美美子の生きる時代──すなわち、二○二○年代の地球に覚醒している男性は存在しない。「ミッシング・スリーデイズ」という名の怪奇現象が全世界を席巻したのち、彼らはひとり残らず、目覚めの来ぬ眠りについたのだ。
ミッシング・スリーデイズ。
単純に「スリーデイズ」と略されることもあるこの現象が発生したあと、残った人類の約半数に男性器が生えた。つまり、女性でありながらペニスを持つ人間が多数出現したのである。
彼女らの性器は、男性としての機能をしっかり有していた。よって、女性同士で子をなすことができた。ゆえに、「子どもが生まれない」という最悪の事態はまぬかれたのであるが……。
手指の震えがようやく収まった頃、美美子は箸と茶碗を卓上に置いた。オーク材で作られた長テーブルにて、かちゃりと小さな音が鳴る。
「お父さん。お母さん」
深呼吸を一回したのち、美美子は続きを口にした。
「あの……。『あなたには婚約者がいるのよ』って言ったけど、それ本当なの?」
初耳だった。
「寝耳に水」ということわざがそっくりそのままあてはまる状況に出くわし、美美子はさらに目を白黒させた。
「美美子。よく聞くんだ」父が言った。
「お前が生まれる前のことなんだけどな。ある夏の真っ昼に、父さん、日射病で倒れてしまったんだ。でも、そのとき近くにいた人が熱心に介抱してくれたおかげで、一命を取り留めたんだよ」
沈黙が降りる。
テレビから流れてくるニュース番組の音声のみが、積もる静寂を打ち消していく。
「その後、俺はその人と意気投合して付き合うようになったんだ。……あ、『付き合う』と言っても恋愛の意味でじゃないよ? 父さんはあのときすでに、母さんと結婚していたからね」
「私と勇気さんの赤ちゃん──つまり、美美子はその頃に生まれたの。そして、お父さんのご友人にも翌年、ご家族が増えたのよ」
美美子は黙って話を聞く。
つっこみを入れたいのはやまやまだったが、いまはとにかく情報を手に入れたい。
「あいつは普段からとても感じのいい奴なんだ。父として夫として家庭を大事にしていてな……。本当にいい奴なんだよ」
そして緑茶を一口すすったのち、父は言った。
「だから、父さん、その子をお前の婚約者とするよう友人に頼んだんだ」
「……私のあずかり知らぬところで、勝手に決めちゃったってわけ?」
「そうとも言うね」
悪びれもせず、父が返事をした。
それなりに広い居間の中、再び沈黙が流れた。
【続く】
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