かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第一章 神様が家にやってきた

第二話

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両の瞳を美しく細めながら、母が言う。「美美子ちゃん。さっきから顔色が悪いけど具合でも悪いの?」
朝日の中、にっこり笑うその顔は天女てんにょのように美しい。学生時代、彼女に一目惚れした父が毎日のように自宅に押しかけたそうなのだが、その気持ち、少しばかり理解できる。
しかし。
──しかしだ。
いかに優しい笑顔を向けられても動揺は止まらない。こんなにひどく混乱した経験など、いったいいずこにあろうものか。
伝えたい。「お父さん、お母さん、私の未来を勝手に決めないで」と。
尋ねたい。「焦りと困惑の混ざり合ったこの感情を、どうやって処理すればいいの?」と。
けれど、喉から出るのは重いため息ばかりだ。言いたいことならいろいろあるが、どこから切り出せばよいのかわからない。父親の取った行動に対して怒りを覚えたのは事実だが、怒鳴ったりなんかしたくない。
穏やかに生きたいのだ。要するに。
できることなら、いさかいごとは全部避けたい。口げんかもしたくない。取っ組み合いの喧嘩なんてもってのほかだ。
自分の気持ちを殺してそれですべてがまるく収まるのならば、いくらでも我慢する。理不尽な扱いを受けても無抵抗を貫いてみせる。
ただしこのときばかりは、ちょっとだけ両親に反発したくなった。初恋もまだなのにこんな仕打ちをするなんて、本当に許しがたい。
生まれてからいままで、色恋沙汰いろこいざたとは縁がなかった。少女漫画のヒロインに自分を重ねたことすらなかった。
早い話、恋に興味が持てないのだ。
「結婚は人生のゴールでなく、共同生活の始まりだ」「そして私は結婚に向いていない。その前段階にあたる恋愛にもたぶん向いていない」という価値観が、美美子の心にはあった。
両親の仲はとても良好だし、家庭環境に不満を抱えた覚えもないけれど、なぜか「恋する自分」を想像できずにいた。ドラマや映画でラブシーンを見ても、感情移入がまったくできなかった。「恋愛」という舞台において、美美子は常に傍観者として振る舞っていた。
だから、クラス内でも微妙に浮いていた。恋を描いたお話よりも、竜や騎士や魔法使いが登場するファンタジー小説に夢中になっていたためだ。そしてその傾向は、思春期を迎えたいまでも続いている。
恋に恋する少女たちを馬鹿にしたことはない。一度だってない。むしろ、ロマンスに胸をときめかせる彼女らを見て、「羨ましい」とすら思っている。「どうして私は誰のことも好きになれないんだろう」と落ち込んでいたりもする。

「なあ、美美子」父が呼びかけてきた。
「お前、……まだ好きな人がいないのか?」

問われて、とっさに目を逸らした。

誰のことも好きになれない。
自分のことを熱烈に愛しているわけでもない。
そんな我が身をかえりみるたび、「私ってある意味、欠陥品けっかんひんなのかもしれないな」と塞ぎ込んでしまう。

【続く】
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