かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第一章 神様が家にやってきた

第九話

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美美子は焦った。本当に焦った。
家の中には父がいる。母もいる。
年下の文通相手、もとい婚約者から抱きしめられているところを見られたりなんかしたら、なにを言われるか知れたものではない。場合によっては、怪訝けげんな顔をされるかもしれない。驚かれるかもしれない。
そもそも、美美子にはM性の裸体らたいに対する免疫がない。父親以外のM性の裸など、一度たりとて見たためしがない。「見たい」とも思わない。
だからなのか、逢えた嬉しさよりも、恥じらう気持ちがどうしてもまさってしまう。制服が濡れることよりも、全裸のジュエルに抱きつかれているほうに意識が向いてしまう。
「ちょ、……ちょっと、ジュエル。お願いだから離してくれないかしら」
腕に力を込めて、じゃれつくジュエルから離れようとした。
けれど、抱擁は解けない。
ジュエルが体を寄せてくる。一糸まとわぬおのれの姿を少しも気にせず、
「わーい、美美子ちゃんに抱きついちゃったー!」
などと騒いでは、耳許に唇を寄せてくる。その佇まいは神というより、主人を見つけた犬に近い。
「美美子ちゃん。君、いいにおいがするね」
言って、ジュエルがぺろりと耳朶じだを舐めてきた。
思いも寄らぬ愛撫を受け、美美子は思わず、
「ひゃ……っ……」
と意味をなさぬ声を上げてしまう。
他人に耳を舐められて悦ぶ趣味は、まったく持たない。裸のM性に抱きつかれて悦ぶ趣味も持ってはいない。普段の自分なら、あきれて無言になるところだ。
──なのに。
(なんでだろう……。この子を叱る気になれないわ)
嫌がるどころか、むしろ嬉しいとすら思う。純粋な愛情をためらいなく向けてくる彼に、好意すら覚えてしまう。
「……逢いたかった」
突然、ジュエルの口調が変わった。真剣味を帯びた、きわめて切実な口調であった。
魅惑的とも蠱惑的こわくてきとも表現しうる瞳に至近距離から見つめられ、美美子はまたしてもうろたえた。高鳴る心臓を胸に感じ、うっかり、
「私もよ」
と答えてしまう。
朝の浴室内にて、二人、声なく視線を重ねる。
シャワーはいまだ、温水を吐き出し続けている。
──と。
「ん……、っ……」
唇に温かなものが触れた。ジュエルの唇だった。
他人に耳を舐められて悦ぶ趣味は、まったく持たない。裸のM性に抱きつかれて悦ぶ趣味も持ってはいない。予告なくキスをされる趣味もない。
けれど、弾力を秘めた若い唇を押し当てられたとたん、体の力が自然と抜けていった。抵抗を忘れた。
粘膜をさらうだけの優しいキスは、たちまちのうちに美美子を魅了していった。
ジュエルの心にある純粋な愛情、けがれなき欲望を思い知らされ、総身そうしんがわななく。さざ波のような震えに襲われる。果てなき感動が指の先にまで行き渡る。
「んん……、っ……」
拙い愛撫に溺れる自分に気づき、美美子はほのかに苦笑した。
ファーストキスを奪われたのに、嫌悪感がちっとも湧かない。怒りと、それに準じた感情だって出てこない。
むしろ、乳を求める赤子あかごのごとくなついてくるジュエルに、好ましさを覚えてしまう。
必死になってキスをする彼女が、いとおしく思えてならない。

「……、っ……」
おのずから腕をのばし、ジュエルの体を引き寄せた。

ボディーソープの甘い香りが、昂ぶる心に熱をともす。
美しく整った肉体に触れていると、ただそれだけで計り知れぬ愛が兆した。

【続く】
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