かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第一章 神様が家にやってきた

第十一話

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しばしの沈黙のあと、陰を含んだ表情で父が告げた。
「少し前の話なんだけどな。父さんの友人とその奥さん、口を揃えて言ったんだ。『あの子は神だ。特別な子だ。けど、人として生きる喜びも知ってもらいたい。恋するときめきや友達とのなにげないやりとりなど、普通の人間だけが手にしうる幸せも知ってもらいたいんだ』って。『ジュエルは人間じゃない。でも、人間らしく生きてほしいんだ』って──」
「……」
わかるような気がする。
赤子あかごのうちから父母ふぼから離され、辛くて長い修行の日々を強いられるなんて、自分だったら我慢できない。
浴室で再会を果たしたのち、ジュエルは、「好きなときに好きなものを食べることができない」とぼやいた。「私、焼き肉が好きなんだ。でも、修行中は肉を食べちゃいけないの。『肉は不浄ふじょうな食物だから食べるな』って言われているから」とも語っていた。
美美子は想像する。「好きな食べ物を味わうことすら許されないなんて、ジュエル、苦しかっただろうな」と。
「なにをもって『普通の人生』と定義づけるかは、父さんにはわからない。『普通』ってひどく曖昧あいまいな概念だから」
長い髪をかき上げながら、父が話を続ける。
「でも、『人として生きる喜びを知ってほしい』と言った友人の気持ちは、すごく理解できる。『もしも美美子が化神けしんだったら』と思うと、それだけで胸が苦しくなってくるからさ……」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」間髪入れず、父が答える。
「我が子の成長をこの目で見守ることができないなんて、父さんだったら耐えられない」
「……」
「母さんだって、同じ気持ちだと思う」
美美子はまたしても無言の返事を返した。子どもである自分に、親心おやごころなんてわかるはずがないからだ。
ジュエルの境遇には同情している。「辛かっただろうな」と哀れんでいる。
彼の生育環境せいいくかんきょうに、選択の自由は少しもなかったそうだから。神として生まれ、神として生きることだけをいられてきたそうだから──。
「だから、学校に通わせることにしたのね?」
父がうなずく。「そうだ」という短い一言とともに。
「お前と同じクラスにするよう学校側に頼んだのは、お前にジュエルちゃんのフォローをしてもらいたいからだ。だって、美美子がいちばんジュエルちゃんのことを理解していると思うから」
「そうかもしれない」美美子は言った。「あの子、私の言うことならなんでも聞くと思うもの」
浴室での嬉しそうな笑顔を思い出す。
「あれは、親を慕う幼子おさなごだけが持ちうる表情だわ」と考える。
「でも勉強についていけるのかしら。ジュエル、私より一個年下でしょう?」
「それなら大丈夫だ」
にこやかに笑みながら、父が言った。
「ジュエルちゃん、勉強が得意だからな……。編入試験でもいい成績を取ったそうだから、その点においては心配しなくていい。いまの日本には飛び級制度があるから、それを利用すればいいしな」

「……なるほどね」
美美子は呟きを舌に乗せた。

【続く】
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