36 / 103
第二章 恋に落ちた日
第十六話
しおりを挟む
唇にとどまるキスの余韻を思うと、たとえようのない幸福感があふれ出てくる。
雨上がりの帰り道、恋人と交わしたくちづけの味は蜜のように甘かった。
でも、美美子は知っている。この幸せは永遠に続くものではないのだと。いつか必ず終わりを迎えるものなのだと。
幸福な時はいずれ終わる。愛情や恋心で、死という運命を乗り越えられるわけがない。神はどうか知れないが、人間は永遠とは程遠い生き物なのである。
幸せは長く続かない。
──しかし、だからこそ、充実した時間を積み上げようと思うのだ。「死」という名のタイムリミットにおびえて暮らすよりも、前向きに愛を示して生きたほうがずっといい。
あの世に金は持っていけないが、思い出は持っていける。「誰かを強く愛した」という記憶も持っていける。
だから、ジュエルと過ごす日々を大事にしようと決めた。
恋は人を臆病にする。
愛は人に勇気を与える。
恋愛には、「恋」と「愛」という二つの側面がある。人を臆病にする一方、勇気づけてくれたりもする。
胸の底から泉のように湧き出てくるこの感情を、止めることなどできない。恋情も愛情も、いまの美美子にとってはもはや酸素のように自然なものなのだから。
「美美子ちゃん、ジュエルちゃんを呼んできてくれないかしら」
夕食の支度をしていた母が、料理を作り終えるなりそう告げた。
「あとは私がするから、庭にいるあの子を連れてきてほしいのよ」
「うん。わかった」
美美子はエプロンを脱ぐと、それを棚の中に丸めて入れ、台所を出た。
(確か、ジュエルは「清めの儀式」というものをしているんだっけ……)
ジュエルはただのM性ではない。現人神たる化神である。
化神や呪宝会が実際に携わっている活動の中身は、知らない。「世にはびこる穢れを浄化している」という話しか知らない。
なんらかの理由があって活動内容秘匿《ひとく》していると思うのだが、それは美美子の推論でしかなかった。
化神たちは人民のために動いている。呪宝会は、悪しきものから人々を守るために動いている。
政府はそう説明しているのだが、やはり詳細は述べずにいる。なんのために戦っているのか、悪しきものとはなんなのか、具体的な話はまったくしないのである。
だから、美美子は少しわくわくしていた。もしかしたら、清めの儀式に臨むジュエルの姿を見ることができるかもしれないから。神様としての彼を直接拝めることができるかもしれないから。
(私って、やっぱりファンタジーが好きなのね)
恋に落ちても趣味嗜好を変えぬ自分に、苦笑いをこぼしてしまう。いつもいつでも、恋愛の最中であってもファンタジーを求めてしまう私って、本当に物好きだわ。ええ、本当に、どうしようもないぐらいの物好き。
玄関でお気に入りの白いサンダルを履き、外に向かう。
扉の先には、太陽の光に包まれた家々の姿があった。真っ赤な日射しに染め上げられた街の姿が。見慣れた景色が。
しかし、数え切れぬほど見てきた風景でも素晴らしく尊いものに見えた。
どうやら恋をすると、物の見方までもが大きく変化してしまうらしい。
【続く】
雨上がりの帰り道、恋人と交わしたくちづけの味は蜜のように甘かった。
でも、美美子は知っている。この幸せは永遠に続くものではないのだと。いつか必ず終わりを迎えるものなのだと。
幸福な時はいずれ終わる。愛情や恋心で、死という運命を乗り越えられるわけがない。神はどうか知れないが、人間は永遠とは程遠い生き物なのである。
幸せは長く続かない。
──しかし、だからこそ、充実した時間を積み上げようと思うのだ。「死」という名のタイムリミットにおびえて暮らすよりも、前向きに愛を示して生きたほうがずっといい。
あの世に金は持っていけないが、思い出は持っていける。「誰かを強く愛した」という記憶も持っていける。
だから、ジュエルと過ごす日々を大事にしようと決めた。
恋は人を臆病にする。
愛は人に勇気を与える。
恋愛には、「恋」と「愛」という二つの側面がある。人を臆病にする一方、勇気づけてくれたりもする。
胸の底から泉のように湧き出てくるこの感情を、止めることなどできない。恋情も愛情も、いまの美美子にとってはもはや酸素のように自然なものなのだから。
「美美子ちゃん、ジュエルちゃんを呼んできてくれないかしら」
夕食の支度をしていた母が、料理を作り終えるなりそう告げた。
「あとは私がするから、庭にいるあの子を連れてきてほしいのよ」
「うん。わかった」
美美子はエプロンを脱ぐと、それを棚の中に丸めて入れ、台所を出た。
(確か、ジュエルは「清めの儀式」というものをしているんだっけ……)
ジュエルはただのM性ではない。現人神たる化神である。
化神や呪宝会が実際に携わっている活動の中身は、知らない。「世にはびこる穢れを浄化している」という話しか知らない。
なんらかの理由があって活動内容秘匿《ひとく》していると思うのだが、それは美美子の推論でしかなかった。
化神たちは人民のために動いている。呪宝会は、悪しきものから人々を守るために動いている。
政府はそう説明しているのだが、やはり詳細は述べずにいる。なんのために戦っているのか、悪しきものとはなんなのか、具体的な話はまったくしないのである。
だから、美美子は少しわくわくしていた。もしかしたら、清めの儀式に臨むジュエルの姿を見ることができるかもしれないから。神様としての彼を直接拝めることができるかもしれないから。
(私って、やっぱりファンタジーが好きなのね)
恋に落ちても趣味嗜好を変えぬ自分に、苦笑いをこぼしてしまう。いつもいつでも、恋愛の最中であってもファンタジーを求めてしまう私って、本当に物好きだわ。ええ、本当に、どうしようもないぐらいの物好き。
玄関でお気に入りの白いサンダルを履き、外に向かう。
扉の先には、太陽の光に包まれた家々の姿があった。真っ赤な日射しに染め上げられた街の姿が。見慣れた景色が。
しかし、数え切れぬほど見てきた風景でも素晴らしく尊いものに見えた。
どうやら恋をすると、物の見方までもが大きく変化してしまうらしい。
【続く】
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる