かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第二章 恋に落ちた日

第十七話

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玄関に出たところで、美美子はふと足を止めた。
(そういえば、以前ここで久永さんに遭遇したのよね……)
久永求ひさながもとむ──呪宝会じゅほうかいともジュエルとも関係を結んでいる者。謎めいた雰囲気を漂わせているM性。女帝じょていのように手強い女性。
美美子は彼について多くを知らない。彼がわざわざ自分の前に姿を現した目的も知らない。
ジュエルに慕われているとはいえ、美美子は化神けしんとは縁の薄い一般人である。特別な力は持たない。 
だからこそ、疑問に思ってしまうのだ。「久永さんの目的がもしあるとしたら、それはなんなんだろう」と──。
あのしたたかそうなM性のこと、無目的に一般市民たる自分と接触するとは思えないのだ。一応ジュエルの味方ではあるそうだが、果たして信用してよいものなのだろうか?
「……考えても、どうしようもないわね」
呟いて、美美子は早々に思考を打ち切った。「いくら想像をめぐらせたところで、正しい答えにはおそらく行き着かない」と結論づけたから。
そんなことより、早くジュエルを呼ばなければ。もしかすると、そろそろお腹を空かせている頃だろうし……。
裏手に回り、庭へと踏み入る。
花壇に植わったパンジーは、そろそろ満開を迎えそうであった。母がこまめに手入れしているためか、育ちのほどは順調だ。
足を進める。
やがて、庭の奥、ビャクシンの木立こだちの隙間に人影を認めた。金髪を垂らしたまま、私服姿のジュエルが天に向かって両腕を広げている。Tシャツとハーフパンツに身を包んだ一柱ひとはしら現人神あらひとがみが──。
「──……、」
美美子は立ち止まって、儀式に臨む彼の姿を近くより見守った。
ジュエルが節をつけて、呪文らしき言葉を唱える。さざ波のようにゆるやかなその響きは、輝ける太陽さながらの力強さに満ちあふれていた。
「人の世に降りし秘神ひめがみよ……」
掲げられた両腕の先に、青々あおあおとした光が生まれる。
「そのまれなる力をもって、けがれた大地をきよめたまえ」
──音もなく。
光がはじけ、渦潮うずしおのように激しく回転しはじめた。
鮮やかな光輝こうきはやがて花びらのように散って粒となり、木肌きはだや草、それから空気の中へと染みるように溶け込んでいった。
わずか三秒ほどの出来事だった。けれど、はじめて目にした清めの儀式は、美美子の心をさかんに震わせた。
胸の底を揺るがすような底深そこぶかい振動を、全身に感じた。肌身はだみにも感じた。世界が裏返るような強い感動と衝撃が、震える心を駆け抜けた。
光が消える。
ジュエルがほうっと息をつきながら、両腕を下ろす。真顔から笑顔になって、遠くに広がる空を見上げる。そして、またひとつ息を吐く。

胃のまでもを絞るような強烈な疼きが、指先にまで浸透する。
自分でもなぜなのかうまく説明ができないが、いまこの場で叫びを放ちたくなった。一切の修飾を省いた原始的な叫びを、腹の底から発したくなったのだ。

【続く】
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