かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第二章 恋に落ちた日

第十八話

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「あ」
ふいにジュエルがこちらを見て、短い声を出した。「美美子ちゃん、そこにいたんだね」
「……ええ。いま来たの」
静かな声で返しつつ、恋人の隣に移動する。持って生まれた神性しんせいを全開にした彼にすっかり見とれてしまったせいか、つい、歯切れの悪い声で返事をしてしまった。
見た目からしてサディスティックな雰囲気をにおわせている久永ひさながや、ちょっと意地悪な一面を持つ狭霧さぎりがいまの美美子を見たら、からかいのひとつでも口にするかもしれない。
けれども、ジュエルはなにも言わなかった。無言でみながら、美美子の顔を見下ろしてくるのみであった。
「日が暮れてきたね。そろそろ夕食の時間かな?」
「そうよ。だから呼びに来たの」
「ありがと。毎日呼びに来させてごめんね」
美美子は小さく首を振った。
「かまわないわ。『化神けしんにとって、清めの儀式は義務みたいなものだ』と聞いたことがあるし」
「よく知ってるね」
「新聞に載ってたの。興味深い内容だったから、とてもよく覚えているわ」
化神の素性は謎に包まれているのだが、時々、マスコミが彼らの暮らしぶりについて報じることがあった。その頻度は政治やスポーツ関係のものに比べると非常に少ない。しかし、ひとつひとつの記事への反響はとてつもなく大きいものであった。それだけ、「化神」という存在に惹かれる者が後を絶たなかったのである。
「化神たちが定期的に清めの儀式をするから、この世界は悪しき魂から護られている……と記事に書いてあったの。身のうちにある『術素じゅつそ』という名のエネルギーを放出することで、人々から悪いものを遠ざけているそうだけど、それは事実なのかしら?」
「うん」
ジュエルが小さくうなずく。
「術素はね、化神なら誰でも持っているものなんだ。どれくらい体の中にあるかは、まちまちなんだけどね」
沈黙が降りる。
住宅でひしめく街のまっただ中にいるというのに、音らしきものはひとつも聞こえない。小鳥たちの奏でる歌も、いまは絶えている。
世界に二人だけになってしまったような奇妙な感覚が、美美子をますます口重くちおもにする。
「ごめんね」ジュエルが言った。
「はじめて出会ったとき、美美子ちゃん、怪物に襲われたでしょ。私、あの化け物が現れる前に公園で、清めの儀式をしていたの。この家に到着するのが遅れたのも、この町のいろんな場所で儀式を行っていたせいなんだ」
風がさっと吹きわたり、パンジーの花弁かべんを優しく揺らす。
世界はやはり沈黙している。
「この街に近づくにつれて、悪い霊素れいそをいっぱい見かけるようになって……。だから儀式をしたの。見て見ぬふりなんかしたら、住民の皆が大変な目に遭っちゃうから」
「そうだったのね……」
美美子は短く相槌あいづちを打った。

西空にしぞらに残ったわずかな光が、ジュエルの美しきおもてに彩りを添える。
辺りが闇に飲まれていく。

【続く】
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