かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第二章 恋に落ちた日

第十九話

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霊素れいそっていうのは、この世界に生きるすべての命が持っているエネルギーのことなんだ。術素じゅつそは──魔術の源となるエネルギーは化神けしんの体の中にしかないけど、霊素はそれ以外の生き物の体内にあるの」
「私の中にもあるのね?」
「そうだよ」ジュエルがにこりと笑った。
「霊素は、感情を糧にしてその性質を変えるの。嬉しいとか楽しいとかいう幸せな感情は正の霊素に、悲しいとか妬ましいとかいう悪い感情は負の霊素になるの。まあ、負の霊素を生み出してもすぐに正の霊素で上書きすれば問題ないんだけどね……。
けど、それを怠ると、負の霊素がいっぱいになって、ついには人を怪物に変えちゃうの。それが、公園で美美子ちゃんを襲った偽骸ぎがいの正体なんだ」
「偽骸?」美美子は眉をひそめた。「そんな名前、はじめて聞いたわ」
「そりゃそうだよ。呪宝会じゅほうかいが隠しているんだから」
「……私には明かしていいの?」
「うん。たぶん大丈夫だと思う。美美子ちゃん、私の婚約者だし。『家族やそれに準じる者には、偽骸の存在を教えていい』という会則かいそくがあるから」
そして彼は笑みを収めると、「ごめん」と小さな声で言った。
「ごめんね、怖い思いをさせてしまって。……なにも事情を知らないのに戦いに巻き込まれちゃって、美美子ちゃん、きっと怖い思いをしたよね」
「私なら平気よ」美美子は答えた。
しかし、正直に告白すると、すべてはジュエルの言うとおりであった。
スライムに襲われたときは、まったく生きた心地がしなかった。「このまま命を奪われちゃったらどうしよう」と焦ったりもした。「助けが来なかったら」と想像したりもした。募る予感を──リアルすぎる死の予感を身に感じて、きもを冷やした。
「あのとき、ジュエルがいてくれてよかった」と思う。
怪物に陵辱されたのは、元はといえば彼のせいであるのかもしれないが、恨む気持ちよりも感謝の念のほうがはるかに上回った。そもそも、深夜の散歩に行った自分が悪いのだし……。
「ありがとう」
頭に浮かんだ言葉を、そのまま声にあらわした。
「ジュエル、あなたは私の命の恩人よ。だから礼を言うわ」
「そんな……」
ジュエルが顔を曇らせる。
「悪いのは私だよ? あの夜、まわりの安全を確保しないまま戦っていたんだから」
「自分を責めないで」美美子は言った。
「ジュエルは、結果として私を助けてくれたの。偽骸に襲われておびえていた私を救ってくれたのよ。……だからお願い。どうか自分を責めないで」
「美美子ちゃんがそう言うのなら……」
一陣いちじんの風が舞う。
ジュエルの髪と美美子のスカートがともに煽られ、しばらくの間、ひらりと揺らいだ。

「中に入りましょう。ここもじきに暗くなるわ」
美美子は空を見上げて、言った。

太陽の失せた空、夜の気配に満ちた大気が、水のように瞳に染みた。

【続く】
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