かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第二章 恋に落ちた日

第二十話

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ジュエルを連れて玄関に戻ったところ、出掛でがけの母とばったり出くわした。
「ちょっと急用ができちゃったから、隣町に行ってくるわね」
えんじ色のジーンズを履いた母が手と手を合わせ、「ごめんなさいね、二人とも」と詫びごとを述べてくる。
彼女の右手には、誕生日プレゼントとして手渡したトートバッグが握られていた。なにやらいろいろなものを詰め込んでいるらしく、バッグは大きくふくらんでいる。
「べつに構わないけど……。いったいどうしたの? なにがあったの?」
八千代やちよちゃんが熱を出したみたいなの」深刻な表情で母が答える。
八千代とは、美美子の姉の名前である。
「あの子、ゆうべお腹を出したまま寝ちゃったみたいで……。そのせいか、今日になって熱を出したそうなのよ。だから治るまで看病してくるわね」
「うん、わかった。私はジュエルといるから大丈夫よ」
「ありがとう。お夕飯なら、食卓に用意してあるからね」
「うん。お姉ちゃんによろしくね」
「ええ」
そして、母は早足で外に出ていった。
バタンと鈍い音を立てて、玄関の扉が閉まる。家の中が無音の空間と化す。
(そういえば……)
美美子は続きを呟いた。「お父さん、飲み会があるから今夜は遅くなるのよね……」
「そう言ってたね、勇気さん」ジュエルが言う。
「しばらくの間、二人きりになっちゃうんだね。私たち」
二人きり。
ジュエルが言ったその言葉は、美美子の心身にいくらか緊張をもたらした。好きな人と二人きりになって、なにも意識しないなんて、どだい無理な話だ。
年下の恋人への想いを自覚すればするほどに、身がこわばる。手足がすくむ。喉が詰まる。心が騒ぐ。
「美美子ちゃん……」
ジュエルが名前を呼んだ。その響きは、悩ましい色香いろかを含んでいた。
「私と二人きりになるの、嫌かな……?」
美美子は、稼働中かどうちゅう扇風機せんぷうきのように大きく首を振った。
意中いちゅうの人と二人きりになれるなんて、本当に嬉しい。「夢でも見ているのではないか」とついつい疑ってしまうほどだ。
「──私ね、」ふいに、ジュエルが口火くちびを切った。
「このまま、美美子ちゃんとずっとずっとずーっと二人でいられたらいいなって思うんだ。君と過ごす時間を、誰にも邪魔されたくないんだよ……」
「……私もよ」
太陽のようにはげしい輝きをあふれさす二つの瞳めがけ、美美子は想いを打ち明けた。
なにも言わずに目を見つめ、それから距離を詰めて、よろめくように恋人の胸にすがりつく。ふくらみを持った胸の奥、ちょうど心臓のある部分が甘やかな疼きに見舞われた。
「ジュエル……」
白い細腕ほそうでがためらいがちに伸びてきて、美美子の体をそっと抱きしめる。壊れがちな宝物を守るように、そっと。

「まずはご飯を食べよ。
それから、──私の部屋で過ごそうね」

美美子はこくんとうなずいた。
胸に兆した切ない疼きをたしかに受け止めながら、恋人の唇に自分のそれを触れ合わせた。

【続く】
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