かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第二章 恋に落ちた日

第二十二話

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長い間、手紙を通してジュエルと交際してきた。実際に顔を合わせたのはついこないだのことだけれど、すぐに打ち解けられたのは、長年文通をしてきたせいかもしれない。
週に一度の頻度で、ポストに手紙を投函とうかんした。返事はすぐに返ってきた。
文面ぶんめんつづられていた内容はどれもこれも平凡で、ごくありふれたものだった。彼はその中で、何度も「楽しい」と繰り返していた。「幸せ」という言葉を連発していた。
けれど、「幼い頃のジュエルは、きっと苦しみの中にいたのではないかしら」と美美子は想像する。実生活があまりにも大変で苦痛に満ちたものだから、幸せのただなかにいる自分をつくろってきたのではないかしら、と。
ジュエルが家以外の場所で暮らしているのは、知っていた。手紙の中に書いてあったから。「共同生活みたいなことをしているよ!」と、彼自身が語っていたから。
だが、彼は、一度も自分の素性を──M性であることを言わなかった。化神けしんであるということも言わなかった。数年もの間文通をしてきたというのに、そんなこと、一度も言わなかったのだ。
神様として生きる彼の苦しみなど、美美子にはわからない。美美子はF性であり、なんの力も持たぬただの人間だから。
しかし、それでも彼のそばにいたいと願う。神として生きる苦悩は理解できぬが、人として生きる喜びは伝えられると思うのだ。
どうしようもないほど味気ない人生。
どこにでもありそうなありきたりの物語。
想像の中でなら、ファンタジーの中でなら、どのような生き方もできる。どんな生き方でも自由に選べる。
でも、実際には、「たったひとつの人生」を生きることしかできない。
そんな自分を思い知るのが嫌で、さらにファンタジーの世界に逃避した。
結局、美美子もジュエルも同じように逃げていたのだ。ファンタジーに。自分の思い通りになる空想の世界に。
少女ひとりが生きるには、この世はあまりにも巨大で無慈悲で悲劇にあふれ過ぎているから。どうしようもなく残酷で凶悪で病んでいるから。……深い闇を抱えているから。
だから、ファンタジーの中に逃げた。この世ならざる世界に自分の想いを全部たくして、冷たく立ちはだかる「現実」を可能な限り無視した。しつこく追ってくる「現実」に、──慈悲なき世界に背を向けた。日に日に距離を詰めてくる「現実」を、忘却の彼方に追いやった。

それが悪いとは言わない。生きてゆくにあたって、現実逃避が必要となるときもあるだろう。
でも、美美子は思う。「そろそろ戻るときだわ」と。
「現実」に。
冷たく立ちはだかる巨大な世界に。

まずは、戻らなくちゃいけない。

「ファンタジー」という名の部品を組み上げて造った「幻想の世界」でなく、ジュエルの存在する「現実の世界」を選ぶこと。
もしかしたら、それが「大人になる」ということなのかもしれない。

【続く】
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