かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

文字の大きさ
51 / 103
第二章 恋に落ちた日

第三十一話

しおりを挟む
「ごめんね」
声が聞こえた。
優しい響きをともなったその声は、記憶の中にある配達員の声でなく、いまここにいる神城かみしろジュエルの声だった。
「あの頃の美美子ちゃんに詳しい話を教えても、たぶん混乱すると思って……。だからなにも言わずにいたんだ」
ジュエルの部屋の布団の上、照明を落とした空間の中、彼は静かな声でそう言った。
敷き布団の上に寝そべりながら、美美子は月明かりに照らされたジュエルの横顔を見る。照明を消してもうけた薄闇うすやみのさなか、綺麗に整った鼻筋に銀色の光が滴り落ちる。
「綺麗だなあ」と心の中で呟いた瞬間、ジュエルがゆっくりとこちらを振り返り、あらたまった様子で「あのね、」と切り出してきた。
目顔めがおで続きを促す。
「……美美子ちゃんって、かなり物知りなんだね」
「どうしたの。いきなり」
「いや、だって小学生ってさ、『菩薩ぼさつ』なんて言葉知らないでしょ?」
「そうかな?」
「そうだよ」
美美子はくすっと笑った。『普通の小学生』でなく、『小学生』という主語を用いた彼の気遣いが嬉しくてならなかったからだ。
恋よりも愛よりもファンタジーを優先させてきたせいか、友人知人によく「変わった子」扱いされてきた。「普通じゃないわね」と言われた経験もある。
なるべく気にしないように振る舞ってきたけれど、それでも落ち込む日がたまにあった。ファンタジーへの愛情や執着心を捨てきれない自分を呪ったこともある。ジュエルへの手紙の中で、嘆きの言葉を綴ったこともある。「『普通』になれない私って、駄目な奴だなあ」という愚痴をこぼしたこともある。
「年下相手に愚痴るなんて、駄目な奴だな」と思われたらどうしよう──そう考えながらふみを書いてポストに投函とうかんした。「年上のくせに弱音を吐くなんて、私って結構へたれなのかな」と悩んだ。
けれど、それらはまったくの杞憂きゆうであった。
「駄目な人だね」とののしるどころか、彼は励ましの言葉をたくさん書いてくれたのだ。「普通」という概念、「普通」という呪縛にとらわれて落ち込む美美子に、優しく接してくれたのだ……。
「普通になんてなれなくてもいいじゃない」
上半身を起こした格好で、ジュエルが言った。「普通になんてなれなくても、君は十分魅力的だよ」
美美子は、黙って彼の顔を見上げた。
いたずらっ子のように無邪気な表情を浮かべる彼を見つめ、「ありがとう」と口にする。
「昔、あなたがいっぱい励ましてくれたから、私は落ち込んだ気持ちを引きずらずに済んだの。あなたのおかげでやさぐれずに済んだの。……だから感謝するわ」
「いいよ、別に。自分がそうしたいからやったことだし」
 
夜が深まる。
美美子は無言のまま起き上がり、ジュエルのふところに飛び込んだ。

【続く】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...