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第三章 光は去らず
第二十五話
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新月アヤメの肉体がゼラチン状の白い怪物へと変じてゆくのを、美美子は間近で目撃した。
スライムのようにどろりと溶け崩れた「それ」が大きくふくらむにつれ、大地の鳴動が激しさを増していく。
「伏せて!」
ジュエルが叫ぶ。
芝生に覆われた地面が激しく上下に揺れる中、美美子は彼の声に従った。
──というより、従うしか道はなかった。大地震のように縦揺れするこの状況下で、まともに立っていられるはずがないのだから……。
「お母様……! おやめください!」
地に伏した巴が涙目で懇願する。「偽骸になんかならないで! 元に戻って!」
「そんなこと言ったって無駄だよ!」
同じく地面に膝をついたジュエルが、声を張り上げる。地響きがあまりにもひどいため、大声を出さざるを得ないのだ。
そうこうしているうちにも、アヤメの体がさらなる膨張を遂げてゆく。
肉腫さながらのぶよぶよしたかたまりが、星の光る夜空を隠さんとばかりに身を広げる。
地響きが鳴りわたる。
数瞬の間を置いたのち、怪物が耳のあたりにまで裂けた口をぱっくりと開いた。それから間髪入れずして、
「…………ああああああアッ!」
けだものじみた叫びを天涯に向け、ひとつ放った。
静寂が戻る。
腐肉のような悪臭がほんのりと香る。
美美子はゆっくりと立ち上がると、
「……これが、偽骸……」
と一声呟いた。
──「それ」は、まさしく異形であった。
途方もなく巨大で、ありえないぐらいに醜い肉塊であった。
元の姿とは似ても似つかぬ「それ」を見て、美美子は恐怖に震えた。逃げ出せるものなら、いますぐにでも逃げ出したかった。
しかし、足が動かない。ひどい恐れに見舞われたあまり、体が棒のように硬直してしまったのである。
現れ出たその化け物は、もはやヒトのかたちをなしていなかった。
皮膚を剥いで五臓六腑を取り出し、その全部を混ぜ合わせたような生き物が、美美子の眼前にそびえ立つ。
「うああああああアッ! 巴ーッ! 貴様だけは許さんゾ……!」
遠い空に向かって叫ぶ声は、奇妙なまでにねじれていた。けものの吠え声でなく、ましてや人間の声でもない、途方もなく不穏な響きであった。
かつて新月アヤメとして存在していた肉体が、五体を具えた単眼の巨人へと姿を変えていく。
体表を覆う皮膚は乳酪のように白く、かすかに闇を透かしていた。
「嫌……。怖い……!」
がくがくと膝まで震わせながら、美美子は声を上げた。
波濤のように押し寄せてくる殺気と瘴気が、夜の公園に拡散してゆく。
「美美子ちゃんは下がってて。……上月さんも」
醜くのたうつ偽骸のほうへ、ジュエルが一歩、前に進む。
空を仰いだ怪物が、いくつもの醜悪な叫び声をとどろかせる。
産声のように力強い響きが、夜のしじまにこだました。
【続く】
スライムのようにどろりと溶け崩れた「それ」が大きくふくらむにつれ、大地の鳴動が激しさを増していく。
「伏せて!」
ジュエルが叫ぶ。
芝生に覆われた地面が激しく上下に揺れる中、美美子は彼の声に従った。
──というより、従うしか道はなかった。大地震のように縦揺れするこの状況下で、まともに立っていられるはずがないのだから……。
「お母様……! おやめください!」
地に伏した巴が涙目で懇願する。「偽骸になんかならないで! 元に戻って!」
「そんなこと言ったって無駄だよ!」
同じく地面に膝をついたジュエルが、声を張り上げる。地響きがあまりにもひどいため、大声を出さざるを得ないのだ。
そうこうしているうちにも、アヤメの体がさらなる膨張を遂げてゆく。
肉腫さながらのぶよぶよしたかたまりが、星の光る夜空を隠さんとばかりに身を広げる。
地響きが鳴りわたる。
数瞬の間を置いたのち、怪物が耳のあたりにまで裂けた口をぱっくりと開いた。それから間髪入れずして、
「…………ああああああアッ!」
けだものじみた叫びを天涯に向け、ひとつ放った。
静寂が戻る。
腐肉のような悪臭がほんのりと香る。
美美子はゆっくりと立ち上がると、
「……これが、偽骸……」
と一声呟いた。
──「それ」は、まさしく異形であった。
途方もなく巨大で、ありえないぐらいに醜い肉塊であった。
元の姿とは似ても似つかぬ「それ」を見て、美美子は恐怖に震えた。逃げ出せるものなら、いますぐにでも逃げ出したかった。
しかし、足が動かない。ひどい恐れに見舞われたあまり、体が棒のように硬直してしまったのである。
現れ出たその化け物は、もはやヒトのかたちをなしていなかった。
皮膚を剥いで五臓六腑を取り出し、その全部を混ぜ合わせたような生き物が、美美子の眼前にそびえ立つ。
「うああああああアッ! 巴ーッ! 貴様だけは許さんゾ……!」
遠い空に向かって叫ぶ声は、奇妙なまでにねじれていた。けものの吠え声でなく、ましてや人間の声でもない、途方もなく不穏な響きであった。
かつて新月アヤメとして存在していた肉体が、五体を具えた単眼の巨人へと姿を変えていく。
体表を覆う皮膚は乳酪のように白く、かすかに闇を透かしていた。
「嫌……。怖い……!」
がくがくと膝まで震わせながら、美美子は声を上げた。
波濤のように押し寄せてくる殺気と瘴気が、夜の公園に拡散してゆく。
「美美子ちゃんは下がってて。……上月さんも」
醜くのたうつ偽骸のほうへ、ジュエルが一歩、前に進む。
空を仰いだ怪物が、いくつもの醜悪な叫び声をとどろかせる。
産声のように力強い響きが、夜のしじまにこだました。
【続く】
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