89 / 103
第三章 光は去らず
第三十四話
しおりを挟む
結界の外は、かすかに残った悪臭や瘴気を除けば、まったくの無臭であった。
霊素を練り上げて造った光る薄膜に背を向けて、少し離れた場所にある白い渦を見つめる。
あの中にジュエルがいる。暴走する神がいる。
「ジュエル……。待ってて、いま行くからね」
一歩踏み出す。二歩踏み出す。吹雪のように激しく吹きつけてくる風を警戒しながら、前へと進む。
前進を果たすたびに、右手のひらにぴりりとした感覚が走った。まるで、「これ以上近づくな」と警告を発しているようだと美美子は思った。
風が荒れる。
渦の残骸を運んだ強風が、美美子の行く手を容赦なく阻んでゆく。
しかし、それでも美美子は歩みを進めた。
目の前にあるのは、白銀の世界だ。ホワイトアウトに酷似した白一色の景色が、二つの瞳に焼きつく。
(ジュエル、私はここにいるわ)
歩く。
(あなたの恋人はここにいるのよ)
歩く。
(どうか、もう一度姿を見せて)
歩く。
(……ジュエル、お願い)
──そして、
嵐が突然止んだ。
代わりに出現したのは、ひとつの暗所だった。
鍾乳洞のように深くて暗い場所に、美美子はたどり着いたのである。
「ここは……」
はじめて訪れた場所であることは確かだった。こんなに暗いところ、私、行ったことがない……。
──と。
数メートル先に扉が見えた。
鉄らしき材料で造られた、見るからに頑丈そうなその物体にさっそく触れてみたが、押しても引いても微動だにしなかった。どうやら、中から施錠されているようだ。
「どうしよう……」
無駄だと承知しておきながら、胸ポケットに入れていた家の鍵を溝にあてがう。やはり、扉は開かなかった。
胸中に不安が募る。このままずっと閉じたままだったらと想像すると、腹の中がちりちりと痛んだ。
「他の鍵なんてないのに……。どうしたらいいの」
しかし、それよりもなによりも、ジュエルのことが心配でならなかった。自分の身よりも、ジュエルの状態が気になってしまうのだ。
「……ジュエル。お願い。私の声に応えて」
目を閉じて心を空にし、周囲の音に耳を澄ます。焦る気持ちを必死になだめては、ひとしきり息を整えた。
──やがて、声が聞こえた。先刻会った双子の声でなく、知らぬ少女の声だった。
「……そうか。そういうことか!」
美美子はふっと目を開けた。それから、頭に響いた声にならって歌い出した。
世のことわりが二人を言祝ぐ 暗い夜道の果てる間に
日が陰り 光が薄れ 暗黒の虚無がやがて満ちる
されど 我が胸の希望は消えず 我が心から光は去らず
ここに私がいるのなら ここにあなたがいるのなら
光は去らず
光は去らず
光は去らず
光は去らず
そうして歌い終えた瞬間、扉がひとりでに──開いた。
【続く】
霊素を練り上げて造った光る薄膜に背を向けて、少し離れた場所にある白い渦を見つめる。
あの中にジュエルがいる。暴走する神がいる。
「ジュエル……。待ってて、いま行くからね」
一歩踏み出す。二歩踏み出す。吹雪のように激しく吹きつけてくる風を警戒しながら、前へと進む。
前進を果たすたびに、右手のひらにぴりりとした感覚が走った。まるで、「これ以上近づくな」と警告を発しているようだと美美子は思った。
風が荒れる。
渦の残骸を運んだ強風が、美美子の行く手を容赦なく阻んでゆく。
しかし、それでも美美子は歩みを進めた。
目の前にあるのは、白銀の世界だ。ホワイトアウトに酷似した白一色の景色が、二つの瞳に焼きつく。
(ジュエル、私はここにいるわ)
歩く。
(あなたの恋人はここにいるのよ)
歩く。
(どうか、もう一度姿を見せて)
歩く。
(……ジュエル、お願い)
──そして、
嵐が突然止んだ。
代わりに出現したのは、ひとつの暗所だった。
鍾乳洞のように深くて暗い場所に、美美子はたどり着いたのである。
「ここは……」
はじめて訪れた場所であることは確かだった。こんなに暗いところ、私、行ったことがない……。
──と。
数メートル先に扉が見えた。
鉄らしき材料で造られた、見るからに頑丈そうなその物体にさっそく触れてみたが、押しても引いても微動だにしなかった。どうやら、中から施錠されているようだ。
「どうしよう……」
無駄だと承知しておきながら、胸ポケットに入れていた家の鍵を溝にあてがう。やはり、扉は開かなかった。
胸中に不安が募る。このままずっと閉じたままだったらと想像すると、腹の中がちりちりと痛んだ。
「他の鍵なんてないのに……。どうしたらいいの」
しかし、それよりもなによりも、ジュエルのことが心配でならなかった。自分の身よりも、ジュエルの状態が気になってしまうのだ。
「……ジュエル。お願い。私の声に応えて」
目を閉じて心を空にし、周囲の音に耳を澄ます。焦る気持ちを必死になだめては、ひとしきり息を整えた。
──やがて、声が聞こえた。先刻会った双子の声でなく、知らぬ少女の声だった。
「……そうか。そういうことか!」
美美子はふっと目を開けた。それから、頭に響いた声にならって歌い出した。
世のことわりが二人を言祝ぐ 暗い夜道の果てる間に
日が陰り 光が薄れ 暗黒の虚無がやがて満ちる
されど 我が胸の希望は消えず 我が心から光は去らず
ここに私がいるのなら ここにあなたがいるのなら
光は去らず
光は去らず
光は去らず
光は去らず
そうして歌い終えた瞬間、扉がひとりでに──開いた。
【続く】
0
あなたにおすすめの小説
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる