かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第三章 光は去らず

第三十四話

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結界の外は、かすかに残った悪臭や瘴気しょうきを除けば、まったくの無臭むしゅうであった。
霊素れいそを練り上げて造った光る薄膜うすまくに背を向けて、少し離れた場所にある白い渦を見つめる。
あの中にジュエルがいる。暴走する神がいる。
「ジュエル……。待ってて、いま行くからね」
一歩踏み出す。二歩踏み出す。吹雪のように激しく吹きつけてくる風を警戒しながら、前へと進む。
前進を果たすたびに、右手のひらにぴりりとした感覚が走った。まるで、「これ以上近づくな」と警告を発しているようだと美美子は思った。
風が荒れる。
渦の残骸を運んだ強風が、美美子の行く手を容赦なく阻んでゆく。
しかし、それでも美美子は歩みを進めた。
目の前にあるのは、白銀の世界だ。ホワイトアウトに酷似こくじした白一色の景色が、二つの瞳に焼きつく。
(ジュエル、私はここにいるわ)
歩く。
(あなたの恋人はここにいるのよ)
歩く。
(どうか、もう一度姿を見せて)
歩く。
(……ジュエル、お願い)
──そして、
嵐が突然止んだ。
代わりに出現したのは、ひとつの暗所あんしょだった。
鍾乳洞しょうにゅうどうのように深くて暗い場所に、美美子はたどり着いたのである。
「ここは……」
はじめて訪れた場所であることは確かだった。こんなに暗いところ、私、行ったことがない……。
──と。
数メートル先に扉が見えた。
鉄らしき材料で造られた、見るからに頑丈そうなその物体にさっそく触れてみたが、押しても引いても微動だにしなかった。どうやら、中から施錠せじょうされているようだ。
「どうしよう……」
無駄だと承知しておきながら、胸ポケットに入れていた家の鍵を溝にあてがう。やはり、扉は開かなかった。
胸中きょうちゅうに不安が募る。このままずっと閉じたままだったらと想像すると、腹の中がちりちりと痛んだ。
「他の鍵なんてないのに……。どうしたらいいの」
しかし、それよりもなによりも、ジュエルのことが心配でならなかった。自分の身よりも、ジュエルの状態が気になってしまうのだ。
「……ジュエル。お願い。私の声に応えて」
目を閉じて心をからにし、周囲の音に耳を澄ます。焦る気持ちを必死になだめては、ひとしきり息を整えた。
──やがて、声が聞こえた。先刻会った双子の声でなく、知らぬ少女の声だった。
「……そうか。そういうことか!」
美美子はふっと目を開けた。それから、頭に響いた声にならって歌い出した。

世のことわりが二人を言祝ことほぐ 暗い夜道の果てる
日が陰り 光が薄れ 暗黒の虚無きょむがやがて満ちる
されど 我が胸の希望は消えず 我が心から光は去らず
ここに私がいるのなら ここにあなたがいるのなら
光は去らず
光は去らず
光は去らず
光は去らず

そうして歌い終えた瞬間、扉がひとりでに──開いた。

【続く】
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