かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第三章 光は去らず

第三十五話

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扉の先にあったその部屋は、空洞のようにがらんとしていた。天井にも壁にも床にも血痕けっこんが認められる、べ面積およそ五畳ごじょうからなる、コンクリート造りの打ちっぱなしの部屋である。
家具はない。鏡もない。生活感を感じさせるものが、どこにも見当たらない。
目に映る風景の異様さに、美美子は大いにたじろいだ。血のにおいはまったくしないが、各所かくしょに付いた血液の痕がただならぬ雰囲気を醸し出しているように思え、ひるんでしまったのである。
「ジュエルー、どこなのーっ! どこにいるのーっ!」
大声を上げる。
恋人の名前をきっかり十二回叫んだのと同じ頃合ころあい、「ここです」という細い声が耳に入ってきた。
いつの間にいたのだろう。ジュエル本人が、向かい側の壁沿いに座り込んでいるのが見えた。
美美子はまたも動揺した。うろたえるあまり、思わず半歩はんぽ退いてしまう。
ジュエルは──なんと、洋服を身につけていなかった。全裸なのだ。つまり。
さらに驚くべきことに、彼はいつになく暗い顔をして自分自身の右手首を切っていた。血染めのナイフを片手に持ち、空いたほうの手首に深い傷を与えている。
「な……。なにをしているの!」
室内に充満する血のにおいにおびえを感じつつも、美美子は恋人へと歩み寄った。反応はなかった。
視線を手首に落としたまま、ジュエルはみずからを痛めつけている。かつてのともえのように暗い表情を、その美しきおもてにたたえている……。
「ジュエル。あなた、なにしてるの?」
問いかける。
けれど、彼は顔すら上げずに自傷行為を続ける。ここにいる美美子のことなど、まるで気にしておらぬ様子だ。
(……ここでひるんだところで、どうにもならないわよ)
委縮する自分自身を必死の思いでなだめる。それから、もう一度名前を呼ぼうとしたとき──。
(美美子ちゃん)
先刻聞いた声を耳にした。久永求ひさながもとむの声だった。
(あなたがいまいるところは、ジュエルの心の中──精神世界よ。実体を持たぬがゆえに、理不尽な現象がいっぱい起きるところなの)
久永が続ける。
(だから、心をしっかり持ってね。間違っても悪い想像をしちゃ駄目よ。そんなことをしたら、あなたもジュエルも元の世界に戻れなくなるかもしれないんだから)
美美子は息を飲んだ。「戻れなくなる」とはっきり告げられて、少しばかりショックを受けたのだ。

(おどかすようなことを言ってごめんなさい。……けれど、ジュエルの精神世界で動けるのは、現時点ではあなたしかいないの。あの子の暴走を止められるかどうかは、全部あなたにかかっているのよ)

【続く】
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