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第三章 光は去らず
第三十六話
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久永の声が消えてしばらく時が経過したのち、うつむいたまま、ジュエルが話しかけてきた。
「あなたは誰ですか?」
美美子は目を丸くした。私たち、契りを交わした仲なのに、この子はなにを言っているんだろう……。
「──ジュエル。お願いだから、からかわないでちょうだい。私はあなたを迎えに来たのよ」
「私はあなたのことなんて、少しも知りません」
他人行儀な物言いを聞き、美美子はある考えにとらわれた。もしかしてもしかすると、
(この子、記憶をなくしているのかも──!)
だとしたら、少々面倒なことになる。暴走を止めるよう説得するにしても、本人がそう自覚していないのなら、どうしようもないではないか。
「ジュエル。……顔を上げて」
「お断りします」
拒絶の言葉がすぐに返ってくる。
ジュエルはなおも、自身を傷つけている。鮮血にまみれたナイフを彫刻刀のように振るっては、華奢な手首に赤い筋を生み成している。
「わかった。顔は上げなくてもいいわ」
浅い呼吸をわずかに継ぎ、そして、美美子は言った。
「お願い。自分の体を傷つけるのはやめて。あなたが傷つくところなんて、私、見たくないの」
「それはできません」
「なぜ?」
「私のことが許せないからです」
「どうして?」
すると、彼はナイフを振るう手を止め、はっきりとこう告げた。
「……私は、友達を傷つけました。友達は大事にすべき存在だと信じているのに、彼を傷つけてしまいました。私は自分が許せません。──許したくありません」
両の瞳に熱いものがこみ上げてきた。涙だった。
(この子は自分を責めているんだわ。友達を傷つけた自分をずっと呪っている……)
しかし、その内容がわからない。文通中もともに生活するようになってからも、ジュエルはそんなこと、一度も口にしなかったから。
美美子は知らない。
明るくて甘えん坊でそのくせ頼りがいのある神城ジュエルしか、知らない。
「ねえ、やめて。お願い。あなたがあなたを許さなくても、私があなたを許すから。だから──」
「お姉さんにはわかりませんよ」冷たい声で、ジュエルが言った。
「私の心は私だけのものです。私の痛みは私だけのものです。通りすがりの他人でしかないあなたごときに、私の想いは汲み取れません」
美美子は絶句した。
出会い頭にハンマーで頭を殴られたような、ひどいショックを受けた。
「……じゃあ、話題を変えるわね。あなた、友達になにをしたの?」
「知りたいんですか?」
「できれば」
ようやく、ジュエルが顔を上げた。
その表情は、我が子をなくした母親のように暗く、悲しく、うつろであった。
才知に恵まれた現人神でなく、おのれの存在に呪詛を唱える少女がそこにいた。
【続く】
「あなたは誰ですか?」
美美子は目を丸くした。私たち、契りを交わした仲なのに、この子はなにを言っているんだろう……。
「──ジュエル。お願いだから、からかわないでちょうだい。私はあなたを迎えに来たのよ」
「私はあなたのことなんて、少しも知りません」
他人行儀な物言いを聞き、美美子はある考えにとらわれた。もしかしてもしかすると、
(この子、記憶をなくしているのかも──!)
だとしたら、少々面倒なことになる。暴走を止めるよう説得するにしても、本人がそう自覚していないのなら、どうしようもないではないか。
「ジュエル。……顔を上げて」
「お断りします」
拒絶の言葉がすぐに返ってくる。
ジュエルはなおも、自身を傷つけている。鮮血にまみれたナイフを彫刻刀のように振るっては、華奢な手首に赤い筋を生み成している。
「わかった。顔は上げなくてもいいわ」
浅い呼吸をわずかに継ぎ、そして、美美子は言った。
「お願い。自分の体を傷つけるのはやめて。あなたが傷つくところなんて、私、見たくないの」
「それはできません」
「なぜ?」
「私のことが許せないからです」
「どうして?」
すると、彼はナイフを振るう手を止め、はっきりとこう告げた。
「……私は、友達を傷つけました。友達は大事にすべき存在だと信じているのに、彼を傷つけてしまいました。私は自分が許せません。──許したくありません」
両の瞳に熱いものがこみ上げてきた。涙だった。
(この子は自分を責めているんだわ。友達を傷つけた自分をずっと呪っている……)
しかし、その内容がわからない。文通中もともに生活するようになってからも、ジュエルはそんなこと、一度も口にしなかったから。
美美子は知らない。
明るくて甘えん坊でそのくせ頼りがいのある神城ジュエルしか、知らない。
「ねえ、やめて。お願い。あなたがあなたを許さなくても、私があなたを許すから。だから──」
「お姉さんにはわかりませんよ」冷たい声で、ジュエルが言った。
「私の心は私だけのものです。私の痛みは私だけのものです。通りすがりの他人でしかないあなたごときに、私の想いは汲み取れません」
美美子は絶句した。
出会い頭にハンマーで頭を殴られたような、ひどいショックを受けた。
「……じゃあ、話題を変えるわね。あなた、友達になにをしたの?」
「知りたいんですか?」
「できれば」
ようやく、ジュエルが顔を上げた。
その表情は、我が子をなくした母親のように暗く、悲しく、うつろであった。
才知に恵まれた現人神でなく、おのれの存在に呪詛を唱える少女がそこにいた。
【続く】
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