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第三章 光は去らず
第三十七話
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「私のような神にとって、人の世はとても生きづらいところなんです」
淡々と──けれど、どこか諦めを含んだような口調で、ジュエルが言った。「人間を守るために、いろいろと犠牲にしなきゃいけないものが多すぎますので」
美美子は無言で先を促した。
あちこちに血液が染み込んでいる部屋の中、衣服をまとわぬジュエルと向かい合うようにして座る。「そういえば、この子の顔を正面からじっくり見たことなんてそんなにないな」などと考えながら、彼の話に耳を傾けた。
「ところで、あなたは神になりたいと思ったことはありますか?」
起伏のない声で、ジュエルが問うてくる。
彼の右手には、いまだナイフが握られたままだ。
「……正直に言うと、あるわ」言葉少なに、美美子は返事をする。
「化神って、空を飛んだりいろんな術が扱えたりするんでしょう? そういうの、とてもかっこいいと思うのよ」
「なるほど」
彼の声はやはり平らなままである。
「私とあなたとでは、物の捉え方に大きな隔たりがあるようですね」
いまのジュエルはまるで、生まれたてのロボットのようだった。動作といい、身振りといい、不自然なまでに硬い。
どこか落ち着かない気持ちになりながら、美美子はジュエルを見つめる。
檻のように窮屈な室内は、空恐ろしさを感じさせるほどに静かだ。
外界の喧噪からも流れ過ぎる時間からも切り離された空間の中、ジュエルがいったん唇を結ぶ。
美美子もつられて、無口になる。
「この世に生まれてしばらくしたのち、私は呪宝会に引き取られました。偽骸に対抗しうるだけの力を、彼らは求めていたのです」
「……待って。呪宝会は、正しい力の使い方を学ばせるために、あなたを引き取ったんじゃなかったの?」
かつて、そういう文言を手紙の中で読んだような気がする。
「それは単なる口実です」ジュエルが言った。
「表向きはそういう理由ですが、実際は違います。偽骸に立ち向かうための戦力を得るために、化神を育てているのです。──彼らにとって、化神とはただの戦力──言うなれば、ヒトのかたちを模した兵器なんです」
美美子は軽くまばたいた。そんな話、現実世界のジュエルからは聞いたことがない……。
「そう。私は神であり、兵器なんです。ゆえに人間扱いはされませんでした」
「……」
「ですが、そんな私にも友人ができました。ひとりはひとつ年上の優しいF性、そしてもうひとりは同じ化神であるM性でした」
初耳だった。
呪宝会の中にも友達がいたなんて、聞いたことがなかった。
「同じ化神にしてM性たる彼の名は、光永縁と言いました。彼はとても明るく、人懐っこい性格をしていました。自分から他人に話しかけるだけの積極性も持ち合わせていました。その明るさに、幼き日の私はとても助けられました」
美美子は黙って、話を聞いた。
いろいろと尋ねたいことはあるが、まずはジュエルの声を最後まで聞き届けたい。そう思ったのだ。
【続く】
淡々と──けれど、どこか諦めを含んだような口調で、ジュエルが言った。「人間を守るために、いろいろと犠牲にしなきゃいけないものが多すぎますので」
美美子は無言で先を促した。
あちこちに血液が染み込んでいる部屋の中、衣服をまとわぬジュエルと向かい合うようにして座る。「そういえば、この子の顔を正面からじっくり見たことなんてそんなにないな」などと考えながら、彼の話に耳を傾けた。
「ところで、あなたは神になりたいと思ったことはありますか?」
起伏のない声で、ジュエルが問うてくる。
彼の右手には、いまだナイフが握られたままだ。
「……正直に言うと、あるわ」言葉少なに、美美子は返事をする。
「化神って、空を飛んだりいろんな術が扱えたりするんでしょう? そういうの、とてもかっこいいと思うのよ」
「なるほど」
彼の声はやはり平らなままである。
「私とあなたとでは、物の捉え方に大きな隔たりがあるようですね」
いまのジュエルはまるで、生まれたてのロボットのようだった。動作といい、身振りといい、不自然なまでに硬い。
どこか落ち着かない気持ちになりながら、美美子はジュエルを見つめる。
檻のように窮屈な室内は、空恐ろしさを感じさせるほどに静かだ。
外界の喧噪からも流れ過ぎる時間からも切り離された空間の中、ジュエルがいったん唇を結ぶ。
美美子もつられて、無口になる。
「この世に生まれてしばらくしたのち、私は呪宝会に引き取られました。偽骸に対抗しうるだけの力を、彼らは求めていたのです」
「……待って。呪宝会は、正しい力の使い方を学ばせるために、あなたを引き取ったんじゃなかったの?」
かつて、そういう文言を手紙の中で読んだような気がする。
「それは単なる口実です」ジュエルが言った。
「表向きはそういう理由ですが、実際は違います。偽骸に立ち向かうための戦力を得るために、化神を育てているのです。──彼らにとって、化神とはただの戦力──言うなれば、ヒトのかたちを模した兵器なんです」
美美子は軽くまばたいた。そんな話、現実世界のジュエルからは聞いたことがない……。
「そう。私は神であり、兵器なんです。ゆえに人間扱いはされませんでした」
「……」
「ですが、そんな私にも友人ができました。ひとりはひとつ年上の優しいF性、そしてもうひとりは同じ化神であるM性でした」
初耳だった。
呪宝会の中にも友達がいたなんて、聞いたことがなかった。
「同じ化神にしてM性たる彼の名は、光永縁と言いました。彼はとても明るく、人懐っこい性格をしていました。自分から他人に話しかけるだけの積極性も持ち合わせていました。その明るさに、幼き日の私はとても助けられました」
美美子は黙って、話を聞いた。
いろいろと尋ねたいことはあるが、まずはジュエルの声を最後まで聞き届けたい。そう思ったのだ。
【続く】
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