かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第三章 光は去らず

第四十話

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美美子は想像した。
ジュエルの過去に根づく痛みや悲しみについて、思いを馳せた。
「ただの人間でしかない自分になにがわかるだろう」という考えが心に浮かんだのも事実であるが、ひとまずはそれを脇に置き、ジュエルの心情しんじょうを想像した。
ジュエルは──やはり苦しんでいたのだ。
いつぞやの自分の予想が的中していたと知り、美美子はやりきれない気持ちを覚えた。彼の苦悩を共有できない自分に、はがゆさを感じた。
再びうつむいたジュエルが、手首にナイフをあてがう。
そして、無言で傷を深める。
目の前に座るジュエルを見つめながら、美美子は考えた。常人じょうじんには理解しがたい苦しさを抱え、ひとり落ち込んでいる彼を、なんとかして励ましてやりたかった。
ざくり、と。
ジュエルが手首を切る。
赤く浮いた傷痕きずあとの中には、ためらい傷と思われるものも多数見受けられた。
「私は罪を犯しました。神であるがゆえに、数少ない友人を傷つけてしまった。私が私である限り、この罪からは逃れられない」
かすれ声で呟く彼を見、美美子は助けてやりたいと一途に願った。震える肩を包み込むように抱いて、「もう自分を傷つけなくていい」と言ってやりたかった。
──しかし、言葉だけでは、彼を助け出せないだろう。
こんな狭い部屋にひとりきりで閉じこもっている彼が、他人からの接触を拒絶し続けている彼が、そう簡単に心を開いてくれるとは思えない。
(どうしたらいいのかしら。本当にどうしたら──)
と。
美美子の脳裏に、ある考えが閃いた。
だが、それは──ある意味、おのれの命を捧げる賭けでもあった。下手したらこの部屋から戻れないまま、死してしまう可能性すらあった。
……正直に告白すると、怖かった。
十数年生きてきた中で命の危険を感じた経験など、ほとんどない。
だから、怖かった。
「賭け」に負けたら、ジュエルもろともこの部屋で死ぬだろうと考えたから──。
(でも、なにもしないよりかはきっとましだと思うの)
美美子は決意を固めると、右手を前に差し出した。
ジュエルが顔を上げたが、それにはかまわず、たった一言、「来て」と心に呟いた。
梅雨つゆ明けの空のように気持ちを澄ませて、──それから、一振りの小さなナイフを右手の上に呼び寄せる。
ここはジュエルの精神が造った世界だ。現実とは違う。
ならば、想像が現実になるかもしれない──美美子はそう予想したのである。
ぼんやりした目で見つめてくるジュエルから意識をらさぬまま、ゆっくりと立ち上がる。緊張のためか、呼吸がだいぶ浅くなった。

「見て。──ジュエル」
言って、美美子は左腕を前に突き出し、手首にナイフを滑らせた。

赤い筋がじわりと浮かんだ。

【続く】
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