かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第三章 光は去らず

第四十一話

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「な……、なんてことを!」
ジュエルの悲鳴が室内いっぱいに響きわたる。
彼の目にいくらか生気が戻ったのを認め、美美子はほっと息をついた。
手首が痛い。とても痛い。
けれど、声を大にして言った。「ジュエル。あなたが手首を切るというのなら、私も自分の手首を同じ回数だけ切るわ」
ジュエルが大きく目を見開く。
その清浄せいじょうなまなざしを真正面から見据えながら、美美子はさらに言葉を繰り出した。「あなたが百回手首を切るなら、私も百回手首を切る」
満面に明るい笑みを浮かべながら、彼の顔を見つめる。
それから数秒ほど時を挟んだのち、静かに前に進み、──驚き固まるジュエルの肩を抱いた。
「ねえ、ジュエル。
あなたの悲しみは、私の悲しみなの。そして、あなたの絶望は私の絶望でもあるのよ」
──音もなく。
薄暗い部屋に、暖かな光が満ちた。
瑠璃色るりいろに、世界が輝く。あたりに充満していた血のにおいが消え、かぐわしい花のが新たに生まれ出る。
世にはびこるけがれを払うかのごとく、光が満ちる。さざ波のように満ちてゆく──。
幾秒いくびょうほど時が過ぎたのち、光は去った。
そして、美美子は気づく。血液の付着した檻のような部屋でなく、百合の花の咲き乱れる大地が現れ出ていることに。
瑠璃色に光る空の下、見渡すかぎりの花畑の中に、ジュエルの声が響く。
「美美子ちゃん!」
美美子は目をみはった。
目にした彼の顔に、もう、悲しみの影はなかった。どこにもなかった。
ジュエルは──笑っていた。咲きほころぶ花々のように、空を染める陽光ようこうのようにあどけなく微笑んでいた。
彼の表情に生気が戻っているのを認めた美美子は、瞬時に悟った。忌まわしき過去にとらわれ、苦悩していたジュエルはもうどこにもいない、と。自分のとった行動がもとで、ジュエルは苦痛から解放されたのだ、と──。
「ありがとう」ジュエルが言った。
「君が来てくれなかったら、私は──あの部屋にずっと閉じこもっていたままだった」
「そう。それならよかった。安心したわ」
そして、美美子は自身も裸になっていることに気づく。
けれども、腕を使って素肌を隠すような真似はせずにいた。ジュエルが相手ならば、いくら裸を見られても惜しくはない。
「やっぱり、あなた、ひとりで苦しんでいたのね」
思ったことを素直に吐き出してみたところ、
「……うん」
ややうつむいて、彼が答えた。
「あんな過去、美美子ちゃんには話したくなかったから」
「どうして?」
「言ったら、君が心配すると思ったんだ。過去を打ち明けることで、君に迷惑がかかったらどうしようって悩んでいたんだよ」
「それはしなくてもいい心配だと思うわ」美美子は言った。
そして、
「おかえり」
ひどく優しい声を出しながら、愛する恋人に抱きついた。

世界は深く沈黙したまま、二人を祝福するかのごとく、瑠璃色の光を放ち続けていた。

【続く】
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