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ヌルッとスタート編

第53話 手のひらから  4皿目

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 結構酔いがまわってきたかなと、ふと自覚する。
 あと1杯だけ。

 ラスト1皿出すよ~と立ち上がり、冷蔵庫へ向かうためにエタンのソファーの後ろをまわって歩き出すと、クレールも立ち上がってさっと私に手を差し伸べた。

 デジャヴ……いや、違う。
 あれ? これ何度目だ? 一度目はまだ今日だ。
 起きてからまだ今日なんだ……なんて……なんて長い1日なんだろう……

 クレールに手を、上にお手ではなく、わしっと掴んで握る。
 そして空いてる右手を伸ばしてエタンの頭の上に、撫でてくれるお礼とばかり手を乗せる。

 あ、やべ、ぽふじゃなくて、ドベシッっと強い音がした。
 やっぱ酔っ払ってるかもしれない。

 「って!? ん? なんだコニー?」

 やっぱ酔ってるわ。
 突然痛くされたのに、蕩けそうな優しい笑顔のエタンが見えるんだもの。

「痛くし過ぎた。ごめん。冷蔵庫にお皿一緒に取りに行こー。最後の仕上げしたら自分の分は自分で持つよー」

「ああ、楽しみだな」

 3人連れ立って冷蔵庫へ行き、出してはそれぞれに手渡し、3皿アイランドキッチンの上に並べた。

 「ちょっ、コニーこれって……。美しい魔石のモザイクのようだ……。ねえ、本当に食べていいの?」

「マジか………言葉も出ねーな。って普通に喋ってっか俺」

「このソース添えたら完成だからね、すぐだから待っててね」

 このバルサミコとオリーブオイルのソースは、適度に混ぜるだけで、分離しててオッケー。
 アスピックに直接かからないように、お皿の曲線に添わしてサーっと半円を描くように、スプーンですくって皿に描く。

 真ん中にエビをあしらい、その周りには小さく正方形に切って下拵えした、カブ、ズッキーニ、パプリカ、そして散らした、カニ、シブレット。
 白、薄緑に緑、赤、白とピンク、濃い緑の色彩。
 そしてそれらを、ほんの少しカニ汁で色が濁ったものの、キラリプルリと艶めく透き通った淡い黄色みのあるゼリーが包み込む。

 微睡まどろみの中、小さな野菜たちがクスクスとお喋りするような、華やいだ爽やかな一皿ができあがった。

 さあ! 食べよう!

「あ……ごめん。持ってくの、やっぱ頼んでもいい?」
冷蔵庫の冷気に触れ、冷えた皿を手に持ったら急にアレですよ。
 余計なことは言わず、それだけ言ってトイレに向かった。

 戻ってくると、皿はソファーの方に運ばれており、新たにロゼワインまで注がれていた。
 セッティングされたローテーブルを前に、今か今かと待ち構える2人

 乾杯を皮切りに、ロゼワインをゆっくり味わう私の横で、お預け解禁されたワンコのように2人は早速口にしている。

 私も後を追うように食べてみた。

 ふーむ、固さはもうちょっとゼラチンを減らした方が良いかもしれない。
 いつもの国産のゼラチンを10と考えるならば9ぐらいか?
 今度は簡単なゼリーで試してみるかな?

 アスピックの肝心な味のほうは、ああ、ハーブなんか入ったノイリー酒みたいながのあったら、入れたら合いそうだ……。
 
 でもおおむね美味しく良くできたと思う。

 ふわふわする頭に、クレールとエタンの手放しで絶賛する言葉が降り注ぐ。
 ふふふ。頑張った甲斐があった。

 彼らが楽しげにかわす会話が、その声が、耳に心地よい。



「長いお別れか……」

 ぽろりと私の口をついて、思いがけず。
 音を伴って言葉が溢れ落ちた。

「コニー?」
2人はグラスやらフォークを置いて私を見た。

「誰にもなんにも、お別れひとつ言わずにこっちに来ちゃったなぁと思って」

 私はあの世界から消える

「誰かがさ、工場に来てあの現場を見つけるんだよね。卵白のバケツがひっくり返って飛び散ってて。
しかも眼鏡を外したらなんも見えない人間の、ど近眼の眼鏡が床に転がってると。
事件でしかないよね」

 消えた私

「兄さんこれから大変だよなぁ。取り調べとか失踪手続きとか。そういう場合って遺産って総取り出来るのかな。そうだったら悪い話じゃないか」

 ロゼワインをひとくち飲む

「6年……。長く付き合ってた恋人もいたんだよ。この人とこのまま結婚すんのかなぁって。
でもねその人、遠くの街でやりたいこと見つけて。私はあのケーキ工場で生きてくって。もちろん話し合いはしたけど、暗黙の了解っていうの? 決定的なプロポーズも。決定的な決別も互いに言わずに、あの人……旅立ったわ」

 グラスのワインもあと僅か

「父さんが心臓発作で突然ぽっくり死んじゃってさ。揚げ煎工場閉鎖したの。
半年ぐらいしたころにね、今度は母さんが突然倒れて。悲しすぎて、胃に穴が空いちゃったんだって。入院してさ。50日後ぐらいに退院してもなんだかね、歩けなくなっててさ。お店は締めて、24時間介護したんだけど。あれよあれよって間に、みるみる衰弱してって。そんで弱ってたせいで、どっかから入った菌が髄膜にまわってあっけなく死んじゃった。介護1ヶ月ちょいで。母さんも。
死ぬ病気なんかじゃなかったのにね。死因は悲死かなしだと私は思ってる」

 残りのロゼワインを一気に飲む。

「兄さんがね、工場取り壊すから出ていってくれって。
トラックが止まってた小さな敷地と、遺産から軍資金も頭金ぐらいは分けてくれるって。
兄さんは大きいマンション建てるんだって。
住むとこもお店も1年後に無くなっちゃうんだよ。
猫と2人どうしようかぁ、動物と住める安いアパート見つかるかなぁって」

 飲み干されたグラス

「そしたらあの子。クロエったらね。信じられる? 
死んじゃったのよ。
私を残して。
20歳だったの。
クロエ。持病もあって、5年間一緒に闘病頑張ってきたの。本当は5年前に死んでたっておかしくないぐらいってお医者さんが。
仕方ないよねって分かってても酷すぎるでしょう?
いつかなんて来なければいいのに」

 持っていたグラスを机に戻す

「私の大事なもの全部。ひとつづつ。
手のひらから溢れ落ちて。
あっという間に消えてった……

そんで
新しいお家やケーキ店を建てる?
独りぼっちで?
どんなものがいいかもちっとも分かんないのに。
すごい借金独りでして?」

 グラスは空っぽ

「友達はいるけどさ。仲良しの常連さんだって。
でもね……私もう……
空っぽなの。

私を愛してくれるひとなんて、
もうだぁれもいないのに。

帰ったってなぁんにもないくせに。
帰れない……って、
泣くなんて、バカよね。

なんにも……大事なものなんて。
持ってないし。
待ってない」

ソファーにもたれ、脚を上げて丸くなる。

「おててから、いっぱい魔法の石でてきたね
綺麗だった……
嬉しかった……
あんなふうに、溢れんばかりの幸せが……
こっちで作れたらいいな……」

 ねえ
 ごめん、もう眠いや。
 寝てもいい?
 これはちゃんと口に出せたのか? 
 どうだろう?

 歯磨きしなきゃ……

 ホント眠たい……





4皿目『野菜のモザイクと海老のアスピック』



 


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