上 下
85 / 92
光の湖畔編

第83話 Moumoune(ムゥムゥヌ)

しおりを挟む
 静まり返ったボートの上で。

 その仔がボートからしゅぽっと湖へ戻り、飛び込んだ時にできた水の波紋がすっかり消えて無くなるまで。
 私はじっと左向こう側を見つめていた。

「はあマジかよ! 一体なんじゃありゃ!」
エタンの大声を皮切りに、3人の時間が動き出す。

「コニー! こっち向いて!」
右肩をトントンと叩かれて振り向くと、再び上裸のクレールが!? へ??

「さっきのに舐められた口を早く拭かなきゃ!!
手拭きは僕の足を湖の水を拭くのに使っちゃったから」
そう言いながら、自分の脱ぎたてほかほかのアイボリーのTシャツで、私の口をごしごし拭いてきた。

 わぷっ!!
……得体の知れなさから言ったら、その通りだけど……
 上裸のクレールに、脱ぎたての暖かいTシャツで口を拭かれるのも、なんとも……

 ハッ!!
「ていうか防護服脱いじゃダメだよクレール! 危ないから! 早く着てー!」
一気に船上が騒がしくなった。

 岸に向かう船の上で、クレールに涙の理由を聞かれたので、私はあの時の気持ちを全部2人に話した。

 愛する猫のクロエのことを思い出したから。
 とてーん、と横になってる愛猫クロエのお腹に、ときおり私は顔を埋めて。
 すりすりしてクロエを堪能するのが常であり、癒しだったこと。

Moumouneムゥムゥヌ

 フランス語で「ふわふわさん」って感じの意味で、愛しい人を呼ぶ時に使う愛称なんだけど。

「私のムムヌ」
「かわいいクロエ。だーい好きムムヌぅ」
って撫でたり、匂いを吸い込んだり。
 ぷうって私が口息でお腹を熱くすると、もうなぁにぃ~な顔するけど、でも逃げない。
 クロエが大好き、そんでクロエも私が大好き。
 私の愛しい〈Moumouneムゥムゥヌ

 あの不思議な生き物が「むむぬぅ」と鳴いたので、クロエと過ごしてた柔らかな日々が、光の速さでぶわっと湧き起こって、気付かぬうちに涙がこぼれてしまったことを、説明した。

 アレが飛び込んできた時はなんにもない、つるっとした物体だったのに、急に突起や目や口ができたのにはほんとたまげた。
 そんで、仕草がまるで仔猫のようだったことも。
 クロエが赤ちゃんの頃から飼ってたもんだからすぐにピンときた。

 丘で感じた、湖に対する思いは既に桟橋で2人に話したけど、さらに付け加えをする。
 湖に触れ、ボートで進んで行った時に感じた、『自分は歓迎されている』
『望まれてここに呼ばれたような気がする』
 あの不思議な感覚のことを。

 それと同じようにあの生き物からは、私に対して好意しか感じなかったことも。 

「それなんだが。コニーはあいつがコニーにしたこと分かってないと思うが……」

「あの指吸いちゅうちゅう可愛かったよね!
クロエも赤ちゃんの頃、私のお膝の上で手のひらに乗り上げね。眠くなると、私の親指のぷにっとしたところをちゅうちゅう吸うんだよ。そん時前足でふみふみしてくんの。おっぱいに吸い付いてる仕草なんだよ。ふふ懐かしかったなぁ」

「あー、コニー。えっと……そのことじゃないんだ。あいつがコニーの指を吸い始めてしばらくしたら、コニーの髪と瞳の色が、コニー本来の色に戻ったんだよ。
僕らが『色が!』って声を上げたら、あいつはビクッとして吸い付くのをやめて、君の顔を見上げたように思う。
そしたら急に伸び上がって、あろうことか君にキスを……」

「そんでな、またあのオパールと夜空の瞳になったんだ。それと同時にコニーが咽せて咳き込んだもんだから……。
なあ、コニーは一体ヤツに何をされたんだ?」

 自分では気づかなかったけど、そんな変化が……?

「口をぺろぺろされて、もぅくすぐったいよぉって、ちょこっと口を開いた瞬間にね。ぷふって口の中に息を送られたの。
強くはないんだけど、突然だったから咳き込んじゃって……そうなんだ……変化が……」

 確実にあの仔が、私に影響を与たんだよね……
 指先から色が変わっちゃうキラキラエキスを吸い取って、口から戻す?

 あ、吸う時にあの仔は目を閉じてたような。
 そんでクレールとエタンの声で、ハッとして目を開けて、私を見て驚いたように鳴き声をあげて……

「きっと私の色が変わっていたことに驚いたんだわ……
そんで慌てて口から吹き込んで、戻した。
自分とおんなじ、オパールと群青色に」

 3人とも口をつぐんで、それぞれうーむと考えていたが、クレールが口を開いた。

「あいつが……あの生き物が、虹の方様なんだろうか?」

 私は即答する。
「根拠はないけど、きっと違うよ。
虹の方様はもっと壮大な、次元の違う存在なんだと思う。
光の湖から浴びるように感じるんだよね、虹の方様の力っていうか波動っていうか。
それに、実際に頭に乗ったゲル状物体はもっと大きくて重くてブリンとしてて、もうちょっと硬かったんだ。
それに引きかえアレは、あの仔は、手触りも姿も行動も、まるで赤ちゃんだよ」

「あの野朗、コニーに甘えまくって、ちっこい体のどこに入ったか知らんがマフィンを3口で平らげて。挙句の果てにコニーにキスして、俺らに捕まる前にとっとと去ってきやがった。
突然現れて、マジでやりたい放題だぜ。
ああ。試しになんでも食うのか、ヤツに油っぽい天丼弁当食わしてみたら良かった」

 さっきから2人とも、キスとか表現すんのやめてよ、なんかだかなぁ。
 
 いっちばん最初に口に飛び込んできたことのほうが、どえらい衝撃で私は嫌だったんだけど?

しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,907pt お気に入り:11,864

🍂作者の執筆日記

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:17

[完結]病弱を言い訳に使う妹

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:5,187

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,086pt お気に入り:4,123

異世界転生令嬢、出奔する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,175pt お気に入り:13,934

処理中です...