たとえばこんな、御伽噺。(2)

弥湖 夕來

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ラプンツェルと村の魔女

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◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
 
 
 王城に馬車が入るとアネットは真っ直ぐに書庫に向かう。
 先日は静まり返っていた舘の中が何故か今日は人の気配がある。
 何処からともなく人いきれやかすかな足音が響く。
 そのかすかなざわめきを耳に足を急がせドアを叩いた。
「お帰り。レディ・アネット」
 ドアを開けるといつものシルベスターの笑顔が出迎えてくれる。
 そしてその隣にはライオネルの姿もあった。
「その顔だと何かいい解決方法を見つけてきたみたいだね」
「多分! 」
 アネットは笑顔を向ける。
「レオ様は? 」
 てっきり出かけたまままだ戻っていないとばかり思っていた男の顔にアネットは首をかしげた。
「こっちも終わった。
 昨日捕らえた奴が洗いざらい吐いてくれてね。
 妙な小細工していた主がわかったよ」
 事が片付いて安堵したのか男は満足そうな顔をしていた。
 
「それで、首謀者誰だったのか、わたしが訊いてもいいのかな? 」
 少しばかりの好奇心が頭をもたげてアネットはライオネルの顔を覗き込んだ。
「ん? ああ…… 」
「犯人はモントン伯爵の未亡人だってさ」
 何故か言いよどんだライオネルの代わりに丁度入ってきたサイラスが言う。
「モントン未亡人ってあの時の? 」
「そう。
 エミリア・モントン。元モントン伯爵の未亡人」
「レオが送ったっていう、使いがここまで来ないのも当たり前。
 口だけ言って使いを出していなかったんだから。
 狼の生態に詳しい人間を雇って、狼を領地に集めたのも未亡人」
「でも、何故そんなこと? 」
 アネットは首をかしげる。
 普通の領主ならそんなこと絶対しない。
 街道に狼が出たなんて事になれば通行人も減って旅人相手の生業をしている領民が疲弊する。
 もちろん牧畜は大打撃だ。
 おまけに領民が襲われるなんて事になったら、それこそ大事。
 領主自ら始末に向かわなければならばならなくなる。
「最初は死んだ旦那の遺産を爵位ともどもすべて旦那の弟に持っていかれた腹いせだったらしい…… 
 領主が代わった途端に治安が悪くなったってことになれば、新領主の手腕が疑われるからね」
 少し気の毒に思ったのかサイラスが珍しく瞳を伏せる。
「そこへ第二王子が転がりこんできたものだから、口説く材料にしたってわけ」
「口説くの? レオ様を? 」
 思ってもいなかった言葉にアネットは睫を瞬かせた。
「未亡人はね、あの齢で選定会の三ヶ月前に、老モントン伯の後妻に入ってる。その婚姻にはずいぶん金が動いたって話だ。
 生家はそれだけしてもこの間破産した伯爵家だけど、母親はチノス公爵家令嬢だ」
「チノス公爵家って、確か元王室公爵の? 」
「ああ、本人にしたって理不尽だっただろうな。
 選定会への参加資格は充分にあったのに、金の為に老人の後妻にされ、挙句その旦那がすぐに死んで跡継ぎを産んでいなかったために、家督を伯爵の弟に奪われ、伯爵夫人の称号まで取り上げられたんだから。
 そこへレオが転がりこんできた。
 口説いてみようって気になっても不思議はないだろう? 
 狼が一向に減らないのを理由に、舘に長期滞在させ、その間に口説いてとりこにしてしまおうと考えたらしい。
 既成事実さえ作ってしまえば、婚約者を差し置いて妻の座に収まれると計算してね。
 ひとつ未亡人が計算間違えしたとすれば、それはレオが君にべた惚れだったってところ」
 少し茶化してサイラスが言う。
 確かにあの時対応に出てきた女は妙な色気はあったけどかなり若かった。
 それにそんな理由があれば第二王子を訪ねてきたわけありそうな若い女に「はいそうですか」と簡単に居場所を教えたくない気分もわかるような気がする。
 さっきからライオネルが口を開こうとしないのもなんとなくわかる。
 まさかアネットに自分が口説かれていたなんて例え未遂だったにしても間違っても知られたくはないだろう。
「じゃ、わたしが昨日襲われたのって…… 」
「やっかみ、かな? 
 口説いている真っ最中の男を君は突然現れて浚っていったんだからね」
 話を聞いているとなんだかだんだん気の毒になってくる。
「ね、その未亡人ってどのくらいの罪になるの? 」
 知らずに口をついて出る言葉。
「ああ、それほど重い罪にはならないと思うよ」
 シルベスターが視線を落としていた書物から顔を上げて言う。
「未亡人のやったことは狼を捕らえて移動させただけだから。
 そのせいで被害にあった人間は何人かいたけど、あの女がそれを目的に狼を移動させたわけじゃない。
 君を襲ったのも未遂だったし…… 」
 いいながらシルベスターは手にしていた書物を閉じる。
「それで、実はまだ大仕事が残っているんだ」
 まじめな顔をアネットに向ける。
「集めてしまった狼をどうするか」
「それなら…… 」
 アネットは今朝方の老婆の言葉を伝える。
「なるほど。
 こっちは未亡人と一緒に、狼を移動させた張本人を捕らえてあるから、そいつの力を借りれば何とかなるか」
 サイラスが早速手配とばかりに立ち上がった。
 
「なぁ? 」
 そのサイラスをライオネルは呼び止める。
「あの女の、旦那の喪が明ける頃までに再婚先候補を見つけられるか? 」
「伯爵未亡人のか? 」
 その言葉にその場に居合わせた全員が目を瞬かせた。
「ああ」
「なにも、そこまで面倒見なくても…… 」
 呆れたようにサイラスが呟く。
「でもな、爺さんに嫁がされて財産も取り上げられじゃ、あまりに気の毒だろう? 」
 その言葉を耳にアネットはあの時の老婆の言葉を思い出していた。
 ふとアネットは笑みをこぼす。
「どうした? 」
 その顔を覗き込んで、ライオネルは訊いて来る。
「ううん、なんでもない」
 アネットは軽く首を横に振るとライオネルの顔を見上げる。
 
「とんでもないのを連れてきたね」
 そう、老婆は言った。
 あのときにはその意味が良くわからなかったけれど…… 
『とんでもない』の真意はきっと『とんでもないお人よし』といったところだろうか。
 
 でもきっと、だからこそこの男に惹かれたのだと思う。
 不器用ででも優しくて、暖かくて、おおらかで。
 その頼もしくて暖かな腕に恋をした。
 
「ん? 」
 
 しばらくその横顔を見つめているとそれに気付いたようにライオネルが首をかしげる。
 答える間もなく覗き込まれた顔が近づき軽いキスが落とされた。
 
「わかった、手配してみる」
 その光景を「莫迦らしくて見ていられるか」とでも言いたそうに一息吐いてサイラスが出て行った。
 
 

 
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