37代目の魔女にされたので、

弥湖 夕來

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7・悪い予感がしたので、 -前-

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「読み書きは心配ないそうだな」
 夕食のテーブルを囲みながら、その晩戻ってきた殿下は満足そうな笑みをわたしに向けてくれた。
 改めて勉強をしなくていいのは嬉しいけど、殿下に教えてもらえるチャンスはフイにしてしまった。
 それがなんだか残念。
「あとは乗馬か…… 」
 殿下は一息吐く。
「そうだな…… 
 一人で乗れるようになったら一緒に遠乗りにでも行くか」
 暫く口をつぐんで考えた後殿下は言う。
「本当? 」
 昨日の今日ですでに逃げられている。
 殿下の言っていることは正直あんまりあてにしないほうがいいんじゃないかって思いが頭を掠める。
「信用なくしたか」
 殿下は困ったように息を吐く。
「これから先の時間は充分ある。
 いつかはいけると思うが? 」
「それって、約束じゃないじゃない」
 わたしは少しむくれて殿下の顔を見上げた。
「まあ、そう言うな」
 わたしがむくれている傍らで食事を終えた男達が席を立つ。
 部屋を出てゆくのと入れ替えに見たことのない顔の男が入ってきた。
「殿下、王都からの火急のお呼び出しです」
 耳元で囁いて手にしていた書状を差し出した。
 受け取った書状を開いて殿下の表情が変わる。
「わかった、すぐ行く」
 男に囁いてお茶を飲み干すと立ち上がる。
 次いでキューヴが慌てて立ち上がると、慌てた様子で一足先に部屋を出てゆく。
「あの…… 今から? 」
 その表情に何か嫌なものを感じて、側を通る殿下の顔を見上げてわたしは声を掛ける。
「いつものことだ。
 ただの王都からの呼び出しだ」
 険しかった表情を優しい笑みに変え、殿下はわたしの頭をくしゃりと撫ぜる。
「いってらっしゃい…… 」
 釣られてわたしはあたりまえの言葉を口にした。
「ああ、直ぐに戻る」
 言うと大またでホールを横切り出て行った。
 
 
「ん、いい出来…… 」
 オーブンからクッキーを引っ張り出し、わたしは呟く。
 初めて見た薪オーブンの使い方にも結構慣れた。
「いい匂いだね」
 料理人のおばさんがわたしの手元を覗き込んでくる。
「どうぞ、焼き立てでまだやわらかいけど」
 わたしは取り出したばかりのクッキーを差し出した。
「あら、これもおいしい…… 」
 おばさんが誉めてくれる。
「レシピ、また教えるね」
 わたしはそれに気をよくして笑みを浮かべた。
「本当に珊瑚ちゃんは料理上手だね」
「料理っていうか、簡単なお菓子くらいしか出来ないんだけどね」
 フルーツケーキにマフィン、クッキー。
 子供の頃ママにくっついてお手伝いした時に覚えた。
 最近じゃほとんどお手伝いすることなんてなかったからすっかり忘れているかと思えば、覚えているものである。
 ただし、温度調節やタイマーのないオーブンの扱いにはかなり苦戦したけど。覚えてしまえば造作ない。
「珊瑚様はまたこちらですか? 」
 クッキーが冷めるのを待っているとキューヴが顔を出す。
「キューヴ、帰ってきたの? 殿下は? 」
 無意識にわたしの顔が綻ぶ。
「ご一緒ですよ。
 本当に…… どれだけキッチンがお好きなんですか? 」
 半ば呆れたように息を吐きながらキューブは言う。
「だって、一人でいるの退屈なんだもん…… 」
 少なくともここで手を動かしている間は気がまぎれるし、いつも忙しい料理人のおばさんとかアゲートともここでなら話が出来る。
「来てください。お呼びです」
 キッチンのドアを開け放したままキューヴが言った。
「じゃ、おばさん。悪いんだけど、それ冷めたら缶に入れておいてくれる? 」
 わたしはキューヴの側に駆け寄った。
 
 ……ホールに向かいながらわたしは周囲を見渡す。
 何故だろう? 空気がいつもと違う気がする。
 まず中庭に引き込まれた馬の数がいつもより多い。
 つけられた馬具もいつものものとは違って無骨な気がする。
 馬同様人の数も、いつもの殿下の帰城時より多い気がする。
 それもなんだか気が立っているというのか、ぴりぴりした空気が肌を包む。
 何かいつもと違ったことが起こっていることだけは何を言われなくても理解できた。
 
 
「またキッチンに居たそうだな」
 ホールに入ると同時にキューヴが耳元で囁いたのを受けて殿下は思いっきり嫌そうな顔をした。
 やはり気が立っているのか言葉の端がきつい。
「その、何度も言いたくはないんだが、魔力の方は…… 」
 眉間に皺を寄せながら訊いてくる。
「う…… 」
 正直できてたらキッチンに入り浸ってなんかいないと思う。
 
 答えに詰まったわたしが唸っている間に、部屋の中には人員が増えていた。
 二十代前半から四十代位の年齢の男ばかり六人。
 皆、殿下ほどではないけれどそれなりに良い身なりをしている。
 どこか厳しい顔つきから多分みんな軍人だって予想はつく。
「そちらが殿下の魔女殿ですかな? 」
 六人の中で一番年かさの男がわたしの顔をみるなり口にした。
 この人だってもうちょい若ければわたし好みのいい男って、言いたいところなんだけど…… 
 わたしを見据えるその目があまりに厳しくて、そんな暢気なこと言っていられない思いがする。
 そう、まるでわたしを値踏みするかのような鋭い視線。
「ああ、まだ召還したばかりでここには慣れておらぬが、今後のこともある。同席させるぞ」
「では、今度の進軍には? 」
「連れてはゆかぬし、ここからの援護もさせぬ」
 
 ……は? 
 
 わたしは今みょーな言葉を聞いたような気がするんですけど? 
 問い質したいところだったけど、言えるような雰囲気じゃなかった。

「では、魔女殿抜きでの陣形を考えなければなりませんね」
 殿下を入れて七人で目の前のテーブルに地図らしき物を広げると頭を突き合わせてあーでもない、こーでもないといろいろ言い合っている。
 正直わたしにはさぁっぱりわからない専門用語で…… 

「はふぅ…… 」
 いつもの席に座ったまま、思わずでそうになったあくびを押し殺したわたしの前に、白磁のティーカップが差し出された。
「どうぞ、一休みなさってください」
 言ってキューヴが笑いかけてくれた。
 なんてベストなタイミング! 
 わたしは頷いてそのカップを受け取る。
「眠気の覚める少し辛いハーブティを淹れてきましたから」
 こっそりと耳元でささやかれた。
 
 ……みられていたんだ。
 ちょっとバツが悪いけど、助かったことには変わりない。
「ありがと」
 周りのいかついおじさんたちに聞こえないようにできるだけちいさな声でわたしはキューヴに囁いた。
 
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