たとえばこんな、御伽噺。

弥湖 夕來

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薔薇園のラプンツェル

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 鉛色の重たげな雲が広がる空に、鐘の音が響く。
 王妃の死を悼んで鳴らされる鐘も頭の真上でとなると少々苦痛になってくる程の轟音だ。
 神殿での儀式はすべて終わり、たった今王妃の棺は神殿地下の納棺堂へ消えていったところだ。
 ここから先は神職の人間しか立ち入りを許されていない聖域、例え家族と言えど入ることはできない。
 それがわかっているから、アネットはただその場に立ち尽くすしかなかった。
「お姉ちゃん、どうして? こんなに早く…… 」
 ぼんやりとつぶやくと頬を涙が伝う。
「行きましょうアネット、冷えてきたわ」
 リディアは鳴り続ける鐘楼の鐘を見上げたまま動かないアネットの肩にそっと手を伸ばした。
「ごめんなさい。もう少し、一人にしておいてくれる? 」
 ポツリとつぶやいた。
「ん、でも降ってきそうよ」
「もう少しだけ、お願い」
「じゃ、もう少しだけ、ね」
 アネットの気持ちを察してかリディアは持っていたショールをアネットの肩にかけると、そっとその場を後にした。
 もっと傍にいたかった、せっかく毎日顔を観られる場所に来ていたのに、何故もっと一緒にいてあげることができなかったんだろう。
 自分はそのためにここに来たはずなのに。
 あとからあとから沸いて出る悔いに引きずられるように涙が止まらない。

「……ネット? アネット。
 アネット! 」
 誰かに肩を揺さぶられアネットはようやく自分が名前を呼ばれていることに気がついて顔を上げた。
「あ…… ライオネル様? 」
 涙で滲んだ視界に男の赤み掛かった金色の髪の色が映る。
「こんなに濡れて…… 」
 いつの間には空からは雨が落ちて来ていたらしい。
 言われて気がつくと髪からは冷たい雫が滴り落ちる。
 羽織っていたマントを肩から滑らせるとライオネルはアネットの肩にかける。
 そしてその肩を抱きしめた。
「こんなに冷え切って…… 
 来るんだ、このままでは風邪をひいてしまう」
 抵抗する間もなく、ライオネルはアネットを抱きかかえると、大またで歩き出した。
 
 
「すまない、リタ。こんな忙しい時間に、汚れ仕事などさせて」
 城の一角の一部屋で手早く暖炉に火を入れるメイドをねぎらってライオネルは声をかけた。
「大丈夫です。わたしの仕事は王妃様のレディメイドでしたから、今ほとんど仕事がなくて…… 
 だからこうして仕事がもらえるとありがたいです」
 立ち上がりエプロンで手の汚れをぬぐうと、リタは頭を下げる。
「お嬢様の着替え、今すぐご用意しますね」
 メイドはそれだけ言うと腰をかがめ石炭の入ったバケツを手にすると部屋を出て行った。
「全く、この空模様の下、あの場所にずっと立っていたのか? 」
 暖炉の前に置かれた椅子に下ろされたまま、子猫のように丸くなったアネットに向かいライオネルは呆れたように息を吐いた。
「葬儀が終わって何時間経っていると思っているんだ? 」
「え? あ…… 」
 アネットは視線をさまよわせ、言葉にならない声を発する。
「自覚なし、か…… 」
 ライオネルはアネットの隣へ椅子を引き寄せ腰を下ろす。
 ライオネルが納棺堂の前に立ち尽くすアネットの姿を見つけたのはすでに夕刻近かった。
 葬儀が終わってから数時間、降りしきる雨の中アネットはずっとあの場に立っていたことは容易に推測できた。
 いつもならばら色に輝く少女の頬は蒼白で唇は青み掛かってさえいる。
 華奢な身体は小刻みに震えていた。
 何気なくとった手はほとんど体温を感じさせないほどに冷たく冷え切っていた。
 季節はずれの為、火の入っていなかった暖炉はようやく燃え出したところで思ったほど暖かくはない。
「まずい、な」
 ライオネルはつぶやくとアネットを抱き上げた。
 そしてベッドへ運び込むと上着を脱ぎその冷え切った身体を抱き寄せた。
 
 
 ……なんだろう。
 すごくあったかくて、やさしい…… 
 気持ちが安らいでずっとこのままこうして居たいような…… 
 最高の幸せに包まれたような…… 
 このまま目を開けなければ、ずっとここにいられるのかな? 
 だったら、このままで居たい…… 

 頬に当たる柔らかな朝日。
 まぶた越しでもその明るさがわかる。

 だけど、せめてもう少し…… 
 もう少しこのまま…… 

 アネットは無意識に毛布を引き寄せた。
 と、手が毛布以外の何かに触る。
 今までベッドの上で触ったことのない感触にそっと目を開き、アネットはぎょっとした。
 思わずあげそうになった悲鳴を殺す。
 一糸まとわぬ自分の傍で半裸の男が寝息を立てている。
「……ライオネル様? 」
「ん…… ああ…… 」
 そっと呼びかけると男はまぶたを動かし、言葉にならない返事をした。
 どうして?
 何故? 
 頭の中で叫びながら整理してみるが、どうしてこんなことになったのかの記憶が全くない。
「ああ、よかった。やっと元に戻ったな」
 そっと起き上がるとアネットを抱きしめライオネルは安心したように言った。
「あの…… あのですね…… 」
 なんと訊いていいのか言葉が出てこない。
「その様子だとお前、昨日のこと全く覚えていないな」
 アネットから手を離し零れ落ちた前髪をかきあげながら男は言う。
 その言葉にアネットは大きく何度か頷いた。
「悪かったな。その…… 」
 言いながらライオネルの手がアネットのむき出しの肩に伸び包み込むようにしてそっと触れた。
「……お前の身体あんまり冷え切っていたから」
 アネットは返事の代わりに額をライオネルの胸に寄せる。
 そのままライオネルのくれるやさしい暖かさにもう一度包まれていった。
 
「……もしかしてお前王妃と心中するつもりだったとか? 」
 ベッドの上で身体を起こし、ライオネルはふと訊いた。
 ライオネルの言葉に返事に詰る。
 心中と明確に定義すればそんなことするつもりはかけらもなかったが、昨日あの雨の中で自分が今すぐここから消えてしまってもいいと思っていたのは確かだ。
「まぁ、わからないでもないけどな」
 言いながらライオネルはベッドを降りる。
「お前にとって王妃は母親も一緒の存在だったって言うし、かといってお前のことだから大声上げて莫迦みたいに号泣もできないでいたんだろう? 
 だからってな、雨の中に何時間も突っ立ってたってどうにもなるもんじゃない。
 お前が倒れたりなんかしたら大騒ぎになるってわからなかったのかよ? 」
 手早く身支度を整えながら言ってアネットの頭に軽く手を乗せた。
「……ごめんなさい」
 一気にいろいろ言われても反抗もできず、アネットはつぶやくように謝った。
「いいぜ、泣きたいだけ泣けよ。
 この部屋、誰も近づかないように言ってある」
 言い置いて、ライオネルは部屋を出ていった。

 
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