たとえばこんな、御伽噺。

弥湖 夕來

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想い出のイラクサ姫

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 誰かに名前を呼ばれたような気がしてセフィラはゆっくりと目を開いた。
 明るい部屋の中、視界に入ったのはベッドの天蓋。
 しかもみたことのないものだ。
 不思議な気分に襲われ身体を起こそうとしてセフィラは戸惑った。
 手も足も顔も首周りも妙に浮腫んで動かすのが思い通りにならない。
 喉が異常に渇いていた。
 そのせいだろうか、思うように声が出ない。
 どうして自分はこんな状態になっているのかと、まだ動かない頭でぼんやりと考えていると遠慮するようにそっと正面のドアが開く。
 ドアの向こうから現れたみたことのないメイド姿の女の腕から、抱えていた薔薇の花がこぼれ落ち、床に散乱する。
「あ…… お嬢様? 」
 女の目が見開かれた。
「……だ、れ? 」
 かすれた声で問う。
「今、お医者様を呼んできますね」
 女は慌てて部屋を出てゆく。
 
 ……何がどうなっているのかわからない。
 確か、乗馬から戻ってアネットとお茶をして…… 
 その時気分が悪くなって…… 
 覚えているのはそこまでだ。
 気が付いたらこの見覚えのない部屋に寝かされていた。
 建物の構造からして城の一角だとは思う。
 セフィラはそのことに安堵した。
 何か右腕広範囲に軽い痛みを感じてふと視線を向ける。
 着せられていたナイトドレスの袖をめくり、セフィラは息を呑む。
 むき出しになった右腕の肘を中心にして赤紫色のまだらの模様が浮き出ていた。
 この痣は…… 
 頭の中で忘れかけていたかすかな記憶がよみがえる。
 まだ三歳にもなっていなかった小さな弟と、父が息を引き取る直前。同じような痣が顔や首に浮いていた…… 
「な、に? 」
 誰に問うでもなく小さく呟いた。
 すると静まり返った建物に、誰かが駆けてくる足音が響いてくる。
 その足音は突然この部屋の前で止まったと思ったら、乱暴にドアが開いた。
 息を弾ませ慌てたその顔が目に入る。
「アーサーさ、ま? 」
 呼びかけようとした瞬間、男は部屋の中に踏み込むと同時に真っ直ぐセフィラの枕もとに走る。
「セフィラ! 」
 名前だけ呼ばれると突然抱きしめられた。
 息ができないほどに胸を圧迫され呼吸が乱れる。
「……やっと、やっと再会できたのに、顔を見ただけで君を失うのかと思った」
 耳元で切なそうに囁かれる。
「アーサー様、わたし……? 」
 抱きしめられたまま、その胸の中でぼんやりと問う。
「わかってないか」
 セフィラの身体に回した腕の力を少しだけ緩めてアーサーはまだ耳元で囁く。
「毒を盛られたんだ。
 三日も意識が戻らなかったんだよ」
 アーサーは肩に回した手を頬に移動し両手でセフィラの顔を包み込むように添えると、額がつきそうな距離からその顔を覗き込んだ。
「どんなに心配したか…… 」
 搾り出すように言われる。
「……ごめんなさい」
 なんと返していいのかわからなくて、セフィラはとりあえず謝る。
 男の腕がもう一度動くような予兆を見せると同時に、廊下をこちらに向ってくる複数の足音が響く。
 男は名残惜しそうにセフィラの頬に触れながら手を引きベッドを離れる。
「気が付かれたとか? 」
「はい、今しがた…… 」
 言いながらドアを開け医師らしき老齢の男と先ほどのメイドをはじめとした数人が部屋を占拠した。
 
 日が沈むのを待ってセフィラは中庭に出た。
 さっきまで部屋には入れ替わり立ち代り誰かの姿があって動けなかったのも確かだが、この時間ならこの場所に人の目がないのを承知していた。
 庭の中ほどに立って息を胸に吸い込むと、うっすらと漂う夜霧に溶けた薔薇の芳香が鼻をくすぐる。
「セフィラ! 」
 呼びかけられてふりむくと渡り廊下の端にアーサーが立ち尽くしていた。
「起きたりして、大丈夫なのか? 」
「もう平気。
 わたし、こうみえても結構丈夫なのよ。
 それにお医者様も、少し動くほうが、むくみが早く取れるだろうって…… 」
 セフィラは男に笑いかけた。
「わたしが眠っている間に何があったの? 
 訊く権利ある? 」
「ああ…… 」
 アーサーは戸惑ったように口にする。
「その、早い話、君は毒を盛られたんだよ、君のメイドに」
「おかしいと思ったのよね。
 いくら家で古くから使っているメイドの出国許可が降りなかったからって、あの叔父様がメイドをつけてくれたこと自体」
 セフィラは息をつく。
「しかも、お茶を淹れるのが下手で、淹れてくれるお茶が酷い味で…… 
 でも、お茶が美味しくないのがまさか毒を仕込まれていたせいだとは思わなかったけど。
 そういえばアネット大丈夫だった? 
 一緒に同じお茶を飲んでいたんだけど」
「ああ、毒が入っていたのは君のカップだけだったようだ。
 あのメイド、お茶を淹れるのが下手なんじゃなくて、毒を仕込んだ時に怪しまれないように常に苦味を濃く出したお茶を君に出していたらしい」
「そう、良かった…… 
 怖い思いをさせてしまって、あとで謝っておかなくちゃ…… 」
「大丈夫だ、あのお嬢さんも育ちが育ちだから結構神経座ってる。
 でも、君が倒れたことは公にできないから内心では心配していたと思う。
 あとでその元気な顔見せれば安心すると思うよ」
「ええ、そうするわ…… 」
「君が命を張ってくれたから一つ朗報がある」
「何? 」
 セフィラはアーサーの顔を見上げる。
「証拠が掴めたよ」
「え? 」
 セフィラは目を見開いた。
「そろそろ入ろう、身体が冷える」
 アーサーはセフィラの肩にそっと手を回すと、屋根下へ促した。
 
 
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
 
 やわらかなシフォンを重ねたコーラルピンクのドレスを纏い、セフィラは鏡の前に立っていた。
 叔母と一緒に見立てたドレスはセオドアの言うとおり、この色にして正解だったと思う。生地見本の時よりもこうしてドレスに仕立て上がってくるとひときわだ。
「よくお似合いですよ」
 メイドが結い上げた髪のほつれを直してくれながら背後から言う。
「これ、大丈夫かしら? 」
 セフィラは右ひじの辺りに視線を動かす。
「大丈夫ですよ。袖口のレースをもう一段追加して長くしましたから、思い切って腕を上げない限りは見えません」
 メイドが頷いてくれる。
「それにしても、本当に痛みはないんですか? 」
 メイドは眉を顰めた。
「ええ、気がついた時には少し痛みがあったのだけど、今は全く痛くはないのよ」
 メイドに心配を掛けさせないようにセフィラはやんわりと微笑む。
「なら、いいんですけど」
「ありがとう助かったわ」
 顔の曇ってしまったメイドに心配を掛けさせないようにセフィラはできるだけ明るく声を張り上げる。
「いいえ、でも、災難でしたね。
 お風邪を召されて寝込んでいる間に、メイドが急に帰国されてしまうなんて…… 」
 メイドの言葉に改めてアーサー達の気遣いを感じる。
 フォオナが暫く姿を見せなかったこと、セフィラのメイドが急に消えてしまったことを言いつくろってくれてある。
「ごめんなさい、忙しいのに手伝ってもらってしまって」
 僅かに振り返りセフィラはメイドに言った。
「お気になさらないで下さい。
 アイリス様は残念ながらお熱が下がらなくて、今回の舞踏会は欠席なんですよ」
 アイリス付きのメイドは答える。
「楽しみにしていたでしょうに、残念がっているわよね」
「ええ、それはもう…… 」
 メイドが言いかけた時、ドアがノックされた。
「はい? 」
 メイドが応対に出ると、奥向きに勤める若いメイドが立っている。
「こちらをお嬢様にと、アーサー殿下に言い付かって参りました」
「これ…… 」
 両方の掌を合わせたくらいの大きさの箱を受け取り開けるとセフィラは息を呑む。
 箱の中では若緑色の宝石のセットされたパリュールが光を放っていた。
「本日の舞踏会にぜひ付けていただきたいとのことです」
「こんな高価なもの、お借りする訳には…… 」
 セフィラは戸惑った。
「お借りしたらいかがですか? 」
 ドアの隣に立ったままでいた、先ほどから身支度を手伝ってくれていたメイドが言う。
「そちらのドレスによくお似合いですよ? 」
 首を傾げやんわりと微笑んでくれた。
「じゃ、あたしはこれで」
 若いメイドは勢い良く頭を下げると忙しそうに下がっていった。
「やっぱりお嬢様のドレスや髪の色に良く似合っていますね」
 つけていたピアスを取り替えるのを手伝ってくれながらメイドがうっとりとため息をこぼす。
「ありがとう」
 少し大きめな宝石が耳元で揺れるのを感じながらセフィラは言う。
「さ、お嬢様。お時間ですよ。
 いってらっしゃいませ」
 促されたセフィラはサルーンへ向かった。
 
 
 広いホールは焚かれた無数の蝋燭の明かりできらめいていた。
 華やかに着飾った少女達の衣擦れの音、ささやき声。
 それだけで熱気が伝わってくる。
 普段と違う正装した王子達の姿はひときわ豪華で目をひきつける。
 セフィラでなくても目を輝かせたくなる光景。
 
 姿を表した国王へのあいさつが済むと同時に、軽やかな楽曲がホールの天井に響き渡った。
 気が付くと王子達はすでに少女に取り囲まれていた。
 相手が誰であれ、アーサーが誰かと踊る姿は見たくない。
 その光景を想像しただけで気が沈んでしまう。
 セフィラは視線を落とすとため息を漏らした。
 
 落とした視線の先に誰かの靴先が現れる。
「踊っていただけますか? プリンセス」
 柔らかな声に顔を上げると、アーサーの戸惑ったような顔があった。
 セフィラは目を見開き、息を呑む。
「本当にわたしでいいの? 」
「君だから、だ」
 差し出された掌に指先を重ねると、優しい力でホールの真中に引き出される。
 優しくてでも力強いリードに身を任せてステップを踏むだけで胸の鼓動が高まる。
 顔に血が上っているのを意識してセフィラは男の胸にうずめるように顔を俯かせていた。
「やっぱり、良く似合っているな」
 耳元で囁かれて顔を上げる。
「こんな高価なものお借りしてしまって、お礼を…… 」
 戸惑いながら言うと、重ねていた手を握り締められる。
「できたらずっと持っていてもらえると嬉しいんだが」
「え? あの…… 」
 気が動転しすぎてそれ以上の言葉が出てこない。
「母の形見では失礼だったかな? 」
 そう言えば現王妃は後妻で、王子達の産みの母ではないと聞いていた。
「そんな大切なもの! 尚更いただく訳には…… 」
 セフィラの言葉を制するように握り締められていた手に力が篭る。
 それ以上何もいえないでいると代わりに足がもつれる。
 何故か力が入らず膝が落ち、がくんと身体が傾いた。
「大丈夫か? 」
 崩れ落ちそうになったセフィラの身体を支えあげ、アーサーは訊く。
「あんなことのあとだ、まだダンスは早かったかも知れないな。
 行こう。少し休んだほうがいい」
 返事を待たずにアーサーはセフィラをフロアから連れ出した。
 中庭では月光に照らされた木々や花々が折から吹く風に揺れていた。
 サルーンの熱気と、さっきまでステップを踏んでいたせいで火照った身体に夜風が心地いい。
 風になびいた後れ毛にセフィラは無意識に手を上げる。
「セフィラ! これは? 」
 その手首を突然捉えられ引き寄せられる。
 アーサーはセフィラの手首を握ったまま、許可なく袖を覆うレースをたくし上げた。
「気にしないで、なんでもないの」
 セフィラは強引に自分の手首を掴むアーサーの手を振り払うと、腕を背後に隠す。
「どうしてなのかわたしにもわからないんだけど、目が覚めたら浮いていたの。
 痛みはないし、大丈夫よ。
 それより…… 」
 セフィラはこれ以上問い詰められる前に話題を変えてしまおうと、頭の中で言葉を探す。
「わたしは一人でも平気だから、戻ってください」
 まだダンスの始まったばかりのフロアを気にしてセフィラはようやく搾り出した。
「いや、私達が一組くらい消えても誰も気にしそうにないよ」
 振り返ってアーサーが言うとサルーンからはどよめきと歓声が響いてくる。
 開け放たれた窓から誰かの緑色のドレスと蜂蜜色の巻き毛がフロアの中央でこれ以上ないほど華やかに揺れるのが目に入った。
 
 
 不意に強まった風に軽くセフィラのドレスの裾が翻る。
 それを抑えようと、軽く腰をかがめたところを背後から抱きしめられた。
「良かった。
 ファーストダンスの相手、断られたらどうしようって思ってた」
 耳元で甘く響くアーサーの声。
 抱きしめられたまま顔を上げ男の顔を見上げると、これ以上ないほどの優しい笑顔を向けられた。
 その顔が照れくさそうに歪むと、胸に回された男の腕に力が篭る。
 男の顔が寄せられて唇が重なるのをセフィラは拒めなかった。
 むしろずっとこうしていてもらいたい。
 そんな気持ちになる。
 角度を変え何度も繰り返されるうちに次第に深くなる口付けに、セフィラは知らずに応えていった。
 
 
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆

 
 舞踏会を終えた翌日の城内はいつもと空気が違っていた。
 その変化に首を傾げながらセフィラはパーラーに下りる。
「よかった。お加減すっかり良くなったみたい」
 声をかけられた方に視線を向けると、アネットがティーカップを手に傍らのテーブルに座っていた。
「あの時にはごめんなさい。怖い思いをさせてしまって…… 」
 セフィラは軽く頭を下げる。
「わたしは平気、この通り何の被害もなかったし」
 アネットは笑いかけてくれる。
「お茶はいかが? 」
「ありがとう、いただくわ」
 テーブルに着くと差し出されたカップを受け取り、やはり微妙に空気の違う室内を改めて見渡す。
 いつもなら見かける顔が数人消えている。
 代わりに、城内の奥向きが賑やかだ。
「お帰りになる方がいらっしゃるみたいよ。
 お相手がほとんど決まってしまって、ご自分には望みがないってわかったから、見切りをつけたみたい」
 正面に座ったアネットが、音のする方を振り返って気の毒そうに言う。
「アネットは? 」
「わたしはそんなんじゃないから…… 」
 少女は睫を落とすと少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「じゃ、わたしはこれで…… 
 お姉さまのところに行かなきゃならないから失礼しますね」
 ふんわりと笑みを浮かべてアネットは席を立ちパーラーを出てゆく。

 良かった…… 
 これで帰れる。
 アネットの後ろ姿を見送りながら、セフィラは息をつく。
 
 昨夜のキスの感覚がまだ唇にはっきりと残っていた。
 だから本当はまだここを離れたくはない。
 アーサーのあの大きな胸の中はとても安心できる。
 このままずっと甘えていたい、そんな感覚が湧き上がるほど。
 きっと、誰もがそれを許してくれるだろう。
 けれど…… 
 早世した父や兄弟の無念は…… 
 母や姉のこれからの暮らしは? 
 それを思うと、ここで甘えてばかりはいられない。
 
 まだ叔父の近くに寄る方法すら考えついてはいないけど、とりあえず戻ろう。
 少しでも叔父の側に。
 
 やっとその時がきたのだから、これ以上待つ必要はない。
 セフィラはカップを置くと部屋に戻った。
 
 
 クローゼットの中を覗いてセフィラはため息をついた。
 掛けられている華やかなドレスは、ほとんどここに来て叔母があつらえてくれたものだ。
 ここにそんなに長く滞在していたわけではないのに、随分荷物が増えてしまっている。
 メイドは居ないし、一人で荷造りとなると気が重い。
 ふと視線を落とすと、ドレッサーの上に置かれたパリュールの箱が目に入った。
「これ、お返ししないと…… 」
 セフィラは鏡の前に歩み寄るとそれを手に取り呟いた。
 そっと蓋を開けると、若緑色の石が光を放っている。
「確か、前王妃さまのお形見だって…… 」
 セフィラはその箱を抱えると部屋を出た。
 
「これはレディ。殿下の所に御用事ですか? 」
 渡り廊下をわたった先の本館に入る先で待つ衛兵は、何故か簡単にセフィラを通してくれた。
 セフィラ達が割り当てられていた部屋のある棟とは別の、こちらの建物は古い造りで、いつも暗く重い空気に包まれている。
 何度足を運んでも慣れることはない。
 狭い廊下を抜け、その先の一室のドアをセフィラはノックした。
「入れ…… 」
 ドアの向こうからアーサーの声がする。
 言われるままにセフィラはおずおずとドアを開く。
「セフィラ、何か? 」
 正面にしつらえられた書き物机から顔を上げ、アーサーが驚いたようにかすかに目を見開いた。
「これをお返しにあがりました」
 アーサーの顔をまっすぐに見て、セフィラは手にしていた小箱を差し出す。
「な…… 」
 男の言葉が止まる。
「それと、お世話になりました。
 わたし国に帰りますね」
 笑顔を浮かべてセフィラは言う。
「何故? 」
 目を見開いたまま大きな音がするほど勢い良く立ち上がり、アーサーはセフィラの側まで大またで歩み寄った。
「帰らなくちゃ。
 やらなければいけないことができてしまったんだもの」
 そっと睫を伏せてセフィラは呟いた。
 何故か辛くてアーサーの顔を見ることができない。
「だから、これはお返しします」
 手にしていた箱をアーサーの手に押し付けるとセフィラは背を向けた。
 そのまま部屋を飛び出すつもりだったのに、手首を乱暴に掴まれ引き寄せられる。
「放し… て」
 手首に走る痛みにセフィラは顔をゆがめた。
 持っていた小箱が手から落ち軽い音をたてて床に転がった。
「駄目だ…… 」
 引き寄せられたせいですぐ間近に迫ったアーサーの唇が、耳元で搾り出すように声を発した。
 そして後ろ手でドアを閉める。
「どうしたら…… 」
 アーサーの声が続き、不意にセフィラは抱き上げられた。
 抵抗する間もなくベッドに下ろされる。
「どうしたら、君をつなぎとめておける? 」
 両手を抑えられ何が起こったのかを認識する事ができないでいるセフィラの首筋にアーサーの唇が寄せられた。
 
 
 気が付くとセフィラはアーサーのむき出しの肩に額を埋めていた。
 そっと躯を起こすと、目の前にある男の整った顔を見下ろす。
 ……抵抗できなかった。
 このままこの人の隣にずっと居たいと思ったから。
 手を伸ばし男の頬に触れ、ベッドを降りようとしたところ、その手を掴まれた。
「私では駄目か? 
 頼りにならないか? 」
 起き上がるとセフィラを抱き寄せながら囁くように言う。
「ありがとう。でも、いいの。
 これはわたしの問題だから。
 手を貸すって言って下さるのは嬉しいけれど、アーサー様達が出てきたら問題が大きくなってしまうもの」
 セフィラはアーサーの胸に頭を預けたままで呟いた。
「それに叔父だって悪い人じゃないのよ。
 公国の民は皆、父が生きていた時と変わらない生活をしているもの。
 ただわたし達が邪魔だっただけ。
 妙にかき回して内政が乱れるのは避けたいの」
 セフィラは微笑む。
 もし国の民が困窮していたのなら、この国の力を借りることになったかもしれない。
 だけど、父と兄弟の死の真相を明らかにすることと、母の名誉を取り戻すこと。
 それだけのことに隣国一国の力を借りるわけには行かない。
「君は…… 
 どうしてそう言えるんだ? 」
「お父様が、ね。
 昔、小さかった頃のわたしに教えてくださったの。
 国を治める者は、自分のことよりもまず国民を優先して当たり前だ、って。
 それができない者は国を治める資格がないって」
「やはり君は…… 」
 耳元でアーサーがあからさまに大きなため息をついた。
「私にとっても他人事ではないんだがね。
 妻に迎える女性の家の話に首を突っ込んではいけないのかな? 」
 目を見開いたセフィラの頬に、アーサーはそっと唇を寄せた。
 
 
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