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シンデレラの赤いリボン
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しおりを挟む大木の梢の先で、先ほどから吹く風に緋色のリボンが翻っていた。
「だから、止めとけって」
その根元で少年が言い聞かせるように声を張り上げる。
「あなた! 木登りもできないの? 」
少年と向かい合った小さな少女は年上の少年の顔を見上げて言い放つ。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……
困ったな」
少年は困惑に顔を歪め額に掛かる灰色の髪をかきあげた。
「天辺まで登れ、なんて言ってないわよ。
あの枝よ。
あのリボンを取ってきてくれればいいの」
少女は大木の下枝で風になびくリボンを指差す。
「だから……
わかった、ちょっと待っていてくれるか?
いいか、おとなしく待っているんだぞ」
言い置いて少年は大木の根元を離れる。
「……何が、待ってよ。
どうせ逃げる気なんでしょ」
駆けて行く少年の背中を見ながら少女は悔しそうに呟いた。
「……いいわ」
少年の姿が見えなくなると、少女は傍らの大木に歩みより幹に手を掛けた。
「取ってくれないって言うんなら、自分で取るだけだもの」
「女の子だからって木登りができないわけじゃないのよ」
言いながら要領よくするすると幹を上がってゆく。
目的のリボンの引っかかった枝に足を掛け、手を伸ばす。
「おっ、お嬢さまっ!
ヴィクトリアお嬢様」
下の方から引きつった女の声がする。
「どうして、そのようなところに?
危ないですわ。すぐに下りてくださいませ! 」
女は枝の上の少女に呼びかける。
「言われなくても下りるわ。
あと、ちょっと…… 」
少女は枝先のリボンに指を伸ばした。
ぼきっ……
その足元で鈍い音が響く。
途端にがくんとした衝撃と共に体が下がる。
「え? 」
突然のことに少女は目を見開いた。
バリバリバリ!
次の音と共に、少女の体は木の枝と一緒に地面に向って落ちていった。
「え? 何? や! 」
予期せぬことに動くことができない。
このままでは地面に叩きつけられることはわかっているけど、体が対応してくれない。
直後体に走るはずの衝撃と痛みを予期して、少女は目をぎゅっと瞑った。
どさん!
大きな音と一緒に体に走る衝撃。
でも地面に直接叩きつけられたのとは違う。
痛みもそれほどない。
「? 」
力を入れていた目蓋を恐る恐る開く。
目の前、自分の顔の間近にさっきの少年の顔。
気がつくと少年に抱きとめられていた。
緋色のリボンがひらひらとその足元に落ちる。
「よかった、間に合って…… 」
少年は安心したような息を吐く。
「ハーラン殿下! 」
背後から誰かが掛けよってきそうな気配を少年は無言で片腕を上げ制する。
「だから、『待ってろ』って言ったんだ。
この木は古くて枝が腐っていたんだよ」
言いながら少女を地面に降ろす。
「大丈夫か?
怪我は? どこか痛いところは? 」
腰を降り少女の顔を覗き込んで少年は訊いた。
「…… 」
ふるふると首を横に振る、があまりにびっくりしすぎて言葉が出てこない。
「お嬢様、大丈夫でしたか? 」
さっき叫んでいた女が駆け寄ってくる。
「あの、ありがとうございました」
少女の側で膝をつきその手を取りながら女は少年に頭を下げた。
「本当にもう、お嬢様は……
いいかげんにして下さいましね。
何かあったら叱られるのはわたし達なんですよ」
女は眉根を寄せ、少女の顔を覗き込むと含ませるように言う。
「トリア! 」
背後からの声にその場にいた全員の視線が振り返った。
「お父様! 」
男の顔を目に少女は嬉しそうな声をあげた。
「あれは…… 」
少年は逆光の光の影になった顔を見極めようとするかのように眉を顰める。
齢三十少し過ぎの大柄の男は、先日若くして将軍に任じられたばかりのガストン・ストゥその人だ。
「いいこと、今のこと、お父様に言いつけないでね」
きつい口調で少女は女に言うとその手を離れ声の主のところへ掛けてゆく。
「本当にありがとうございました」
その後姿を目に女は少年に頭を下げる。
「あのお嬢さんの面倒を見るのは大変だろうけど、だからこそ目を離さないほうがいいかもな」
少年はやんわりとした笑みを女に向けた。
「ええ、肝に銘じておきますわ」
女は言って慌てて少女のあとを追う。
「じゃぁね、ありがとう」
男に抱き上げられ、その腕に抱えられるようにして少女は少年に声をあげる。
「これに懲りて、やんちゃはいいかげんにしておけよ」
少年は笑みを浮かべた。
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