Schwarzwald(外)-巫女は虚飾で作られる-

弥湖 夕來

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「……ニア・エスコラ。七歳。数値191。
 ユリアナ・ハーカナ。十五歳。数値70。
 エミリア・へリスト。十八歳。数値97。
 マユルト・キヴィ。三十八歳。数値287。
 ウルリーカ・ラウタコルビ。十六歳。数値58…… 
 ……以上、五人が今回の候補者となります」
 
 良く通る男の声が室内の高い天井に朗々と響いた。
 国の信仰を一手に束ねる王都の中央神殿の一室には、夕闇が広がり始めていた。
 夕べの祈りの前、神官たちが休息をとるわずかな時間。
 集められた面々は難しい表情で額をつき合わせていた。
 纏った衣服から、皆高貴な人間であることは見て取れた。
 その中には国王や、大神官といったこの国の頂点に立つ男の姿もある。
 
「数値からしたら、やはりキヴィが有力ですかな? 
 280越えは『神子』にも迫る数字ですし…… 」
 一人の男が決まりきったこととばかりに言う。
「待たぬか、それでは『神子』が望めぬではないか」
 途端に部屋の奥、中央に座した老齢の男が不満そうな声をあげた。
 居合わせた人々の中でも取り立てて豪華な神官の装束を纏った男は、座った位置からも最高の地位を持っていることを物語っている。
 神殿の長、大神官だ。
 
「とは言っても大神官様、次の候補者はさすがに幼すぎると思いますが」
 困惑気味な声がどこからともなく告げられる。
「確か、十八の者がいたな? 」
 大神官と呼ばれた老齢の男の目が顰められた眉毛の下でかすかに光る。
「ですが数値も低めですし…… 」
 先ほどの声がもう一度あがる。
「なに、身内の者が隠しているということもありうるぞ」
「確かに、神殿に差し出すのを恐れてあえて娘の能力を隠す家もありますが…… 」
「へリスト家は、確か何代か前にも出しておったな。
 なら、尚更隠すとは思わぬか? 」
「親族は内情を薄々知っているでしょうから、隠し立てしてもおかしくはありません。
 ですが…… 」
「では、ヘリストで決まりだ。
 この際数値は関係ない。
 要は魔力を片鱗でも持っていれば問題はないはずだ」
「お待ちください! 
 ヘリストでは、いくらなんでも若干若いと思いますが。
 能力はともかく、早すぎるのではと…… 
 前回の例もありますし。
 もう少し世間慣れしている人間のほうがよろしいのではありませんか? 」
「そこを納得させるのもお前らの仕事だろう。
 早ければ十五・六で嫁がされる者も居る、若すぎるということもなかろう。
 なに、二・三年もすれば充分な齢になるではないか」
 若い神官の言うことなど、耳に入れる価値もないとばかりに大神官は吐き捨てた。
「それまでに、大叔父上がつぶさなければ、ね…… 」
 それまで、ずっと口を閉ざしていた大神官の隣に座る、これもまた身なりのいい若い男が呟いた。
「今回は見送ったらどうだ? 
『神子』のことはどうしても今でなくてもかまわないはずだ。
 強い能力を持った者がいれば、それに任せ、また次の機会を待つべきだと、私は思うが? 」
 若い男の向かいに座る中年の恰幅の良い男が、威厳のある声を発した。
「ですが、陛下。
 先代の神子が身罷ってからすでに二十年。
『神子』の残した力もそろそろ尽きようとしております。
 尽きる前にどうしても新しい『神子』を設ける必要があることはご承知のはず」
 男の言葉に抗議するような大神官の声。
「年頃の人間が居らねばいたしかたあるまい」
「……そもそも、つぶしたのは大叔父上ですよね? 」
 若い男がまた、ポツリと呟く。
 しかし、その呟きは年老いた男の遠くなった耳には届かなかったようだ。
「居るではありませんか、ただ少々数値が低いというだけの話。
 先代の神子の力が残っている今ならまだ、かろうじてこの程度の数値の人間でも今の状態を保つことは可能だ。
 その間に何とか次の『神子』を用意しなくては。
 違いますかな? 」
 老人は男の言葉にかまわずに続ける。
「陛下は黙って、その『血』だけお貸しくださればよいのです。
 そもそも、これは神殿の話。
 王宮の皆様に意見を言われる筋合いはありませぬぞ! 」
 老人は声を荒げた。

 大神官の言葉に国王は諦めたように大きなため息をついた。
 ……何を言っても無駄だろう。
 そんな表情を向かいの若い男に向ける。

「では、決まりということでよろしいですな? 」
 男は誰の口も挟ませずに、勝手にまくし立てた後、そう言い切った。
「私は、今回の役目は辞退するよ」
 国王は瞳を伏せ立ち上がる。
「陛下? 」
「どうせ、ここでは私に発言権はない。違うか? 」
「…… 」
 呼び止めた男の顔が苦々しく歪む。
 その顔を目に国王は小さく頷くと黙って室内を出て行った。
 
 
 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ 
 
 そろりと何かが腿の辺りを這う。
 なんだか、少しごつくて柔らかい、そして暖かなものだ。
 自分の躯を這う妙な感覚に、エミリアは目を覚ました。
「! 」
 途端に言葉なく目を見開き、躯を強張らせた。
 みたこともない豪華な帳の下りた天蓋つきのベッド。
 何故か、そのベッドに敷かれたリネンのシーツに横たえられていた。
 そして、その自分の顔を同じく横になった状態で覗き込んでいる半裸の若い男。
 視線を動かすと、男の手がエミリアの腰骨の辺りに添えられている。
「い、い、い…… 」
 悲鳴をあげたいのに驚きすぎて声が喉に張り付き出てこない。
 リネンのシーツを這うようにして、エミリアは男の手から抜け出すと側に無造作に丸まっていた毛布を引き寄せベッドを降りようとした。
 しかし、見知らぬ大きなベッドを取り囲む帳に隔された壁に行く手を阻まれてしまった。
「あ、あの…… 」
 唇をわななかせながらエミリアは同じベッドに横になっていた男を見据える。
 
 ……どうしよう。
 
 もし、このまま男が近づいてきたら。
 
 逃げ場がないのを自覚しながら、脱出口を確保しようと周囲を見渡す。
 
 ドアが男の背後にあるのが目に入った。
 
 このままの位置関係から考えると、目の前の男を回りこまないとこの部屋からは出られなさそうだ。
 それには、この男を何とかしなければ。
 下手をしたら捕えられてしまう。
 
 そしたら…… 
 
 これから起ころうとしていること、もしくはすでに済んでしまったかも知れないことを予見して、エミリアの肌が粟立った。
 
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