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しおりを挟むいつものように轟く鐘の音にエミリアは目を覚ます。
いつものように相変わらずその躯はいつもの男に抱きすくめられている。
「……おはよう、巫女殿」
ただいつもと違ったのは、どんなに頭上で轟音が鳴り響こうと動じずに眠っている男が目を覚ましていたことだ。
「…… 」
男の言葉に答える気にもならず、エミリアは顔をしかめたまま男から距離をとる。
衣服に乱れが無いのを確認していると、いつもと同じように侍女が入ってきた。
それを目にエミリアはさっさとベッドを降りる。
「喧嘩でもなさいました? 」
ベッドの蔭で洗面ボールに水を注ぎながら侍女は首をかしげた。
「え? ううん。
そんなこと無いけど…… 」
「そうですか?
それならよろしいのですが、なんだか難しい顔をなさっておいででしたから」
「気のせいよ、気のせい。
わたし寝起きが悪いから、毎朝あの鐘の轟音に起こされるのはちょっとね。
腹が立つって言うか、その…… 」
首を横に振って慌てて言い繕う。
「何とかならないのかなぁ」
わざとらしくため息をついて見せた。
「そう言うことならよろしいのですが、もしお相手がお気に召さないようであれば他のお相手をと言われていますので」
……冗談じゃない!
声に出したい言葉をエミリアは飲み込んだ。
「そ、そう言うのは……
道徳的にちょっと、どうかって思うし、ね」
はぐらかして言っておく。
「巫女様の場合は道徳など考えなくてもいいんですよ」
侍女は薄っすらと笑みを浮かべた。
ほんっと、ここの人間の倫理観を疑う。
その笑みに腹を立てながら、女の差し出す着替えに目を向けた。
「あれ? 」
差し出された衣服を目にエミリアは言葉を失う。
「ああ、もう手配できたのかい? 」
いつの間にかベッドを降り、胸元のボタンを留めながらウォティが顔を出して呟いた。
赤茶の膝よりやや長めのワンピースに、生成りのエプロン。
生地こそは上等なものだけど、色や形はエミリアが今まで着ていたものとそっくりだった。
「巫女様はトーガを汚して適わないって申し上げましたら、殿下が今まで着ていたのと同じお召し物を誂えて差し上げろと……
あのお召し物のまま木に登っては万が一ということもありますから、動きやすいお召し物のほうが良いのではないかとおっしゃってました」
侍女は少し困惑気味に眉を顰めた。
「ありがとう!
嬉しい」
エミリアは顔を綻ばせると男の首に飛びついた。
「おい、おい。うれしいのはわかるんだけど…… 」
男はバツが悪そうに視線を逸らせる。
「え?
あ……
きゃぁ!!!!! 」
ナイトドレスどころか、下着一枚のあられもない自分の姿に気がつき、エミリアは盛大な悲鳴と共に胸元を隠す。
でも、状況を考えずに抱きついたのは自分の方で……
今まで新しい衣服をプレゼントしてくれたのなんて父親くらいだった。
この男に、毎晩寄り添ってもらっているうちに、少しずつ恐怖とか警戒心を失っていたことにエミリアは改めて気がついて戸惑った。
「まぁ、君の下着姿なんて毎晩で見慣れなれてるけどね」
しれっと言うと、男は部屋を出て行った。
「みな、みな。見慣れてるって…… 」
よくもここまで言えたものだ。
芝居上手にも程がある。
エミリアは顔を赤らめた。
それでもうきうきしながら新しい衣服に袖を通す。
「そんなにうれしいんですか? 」
はちきれそうな笑顔に侍女が首をかしげた。
最高級の生地で仕立てた優雅なトーガのほうが余程いいのではと言いたそうな顔つきだ。
「もちろん! 」
エミリアは大きく頷く。
この方がずっと動きやすいし、汚れも目立たない。
洗濯も簡単。
おまけに自分で脱ぎ着ができる。
「そもそも、わたしにあんないいもの着せるほうが悪いのよ。
あんな動きにくくて汚れっぽいもの。
あ、お洗濯が面倒なのは、その……
申し訳ないと思っているわよ」
最初にお願いしたときにべも無く却下された時の恨みを込めて言ってみる。
だけど……
自分の土地をもらってそれを自由にしていいなんて言われたら、ただ黙ってみていることなんて体がうずいてできない。
エプロンの紐を腰に回して結びながらエミリアは言った。
「お庭の中だけですよ。
何かの行事の時にはトーガを着てもらいますから」
釘をさすように侍女が言う。
新しいスカートの裾を翻して、エミリアは庭に向かう。
しばらくの間、毎日床にまで届く裾のものを着ていたらなんだか足元の風通しが少し気になったが、まとわりつく生地が無いだけで清々した。
窓を隅々まで開けて回り木に登るのも身が軽い。
開け放たれた窓から飛び込んできた小鳥が肩に止まり、軽やかなさえずり声をあげた。
いつものように草むしりに精を出していると、開け放しておいたドアの向こう側が急に騒がしくなった。
「巫女殿……
少しよろしいかな? 」
聞いたことのある声に顔を上げるとドアの中央にあの大神官が立っていた。
「何か? 」
あげた顔をかしげながらエミリアは入り口に向かう。
嫌な予感が頭の隅をよぎった。
この男の顔を見るのは久しぶりだ。
ここへ連れて来られた時に話をした後、以後全く顔を合わせていない。
相変エミリアの全身になめるような視線を動かす。
「これはまた、なんと言うお召し物を…… 」
大神官はエミリアの身なりを目に思いっきり顔をしかめた。
「いいの、ここにいる間はこれでたくさん。
それより何か御用ですか? 」
「え? ああ、巫女殿のご機嫌伺いと部屋の様子を見に…… 」
「それにしても、様変わりしましたのね」
戸惑いながら口にする神官の背後で女の声があがった。
男の背後には華やかに着飾った数人の女の姿がある。
「せっかくのお庭がこれでは台無しですわね」
「本当に……
これではただの畑ではありませんか」
「神殿の品位を疑いますわ」
口々に言っていかにも嫌そうに眉を顰める。
「何? 」
ただの批判というよりも明らかに敵意を含んだ声にエミリアは戸惑った。
「ああ、王太子妃様だよ。
新しい巫女殿のお庭をぜひ見たいとおっしゃってね。
礼拝の後わざわざここまで足を運んでくださったのだ。
ご挨拶をなしなさい」
自分の少し背後に並ぶようにして立つ若い婦人にわずかに視線を送り、神官は言った。
「エミリアです」
汚れた手をエプロンでぬぐうと、エミリアは頭を下げた。
「……どんな娘かと思ったら、まだほんの子供じゃない」
その下げた頭の上で囁かれた。
「え? 」
顔を上げると、いかにも高価そうな衣服を纏った女性が睨み付けている。
黒髪が印象的な華やかな顔つきの若い婦人だ。
いかにも高貴な身分といった雰囲気で、周囲をやや齢嵩の女たちが傅いている。
どの人の装いもいかにも高価で上等なのだが、中心の黒髪の婦人はとりわけ群を抜いていた。
髪の色に合わせた押さえた色味のでありながらつややかに光る布に映える金糸の刺繍。首や手首至るところに飾られた金細工が華を添える。
女の纏った香だろうか? 装いからも連想できる華やかで甘い花の香りがあたりに広がる。
「ですから申し上げましたでしょう?
ご心配召されなくても、大丈夫ですと。
ホンの一時、単なるお勤めです。
お役目が済めばすぐに戻っていらっしゃいますから…… 」
険しい顔の妃をなだめるように年嵩の女が言った。
「さあ、戻りましょう。
思いのほか時間を掛けてしまいましたよ」
いかにもつまらないことに時間を割いてしまったとでも言うように、女が妃を促した。
それを合図に皆が一斉に背を向ける。
程なく、一行はエミリアの視界から消えた。
「なっにぃ、あれ…… 」
妃の消えた方を目にエミリアは呟く。
自分のことをひとめ見ただけで結局挨拶もなしに消えて行った。
「って、王太子、妃。
それって……
不味いよね、絶対…… 」
エミリアの顔から血の気が引く。
男が王太子であるとわかった時に気がつかなければおかしかったのだ。
あれだけの身分の者が聖職者以外で二十歳を越えても独身のわけないのだ。
加えて数年前、国境争いの終結条約の証として隣国の国王の娘が王族に輿入れしている。
それこそ、国を挙げての盛大な祝典が開かれた。
エミリアも兄妹と楽しんだ覚えがある。
隣国王の娘の相手といったら、もう王太子しかありえなかったはずなのに。
何故かそこまで頭が回らなかった。
そして……
……なんだろう?
言い表せない妙な思いが胸の中にわきあがり、エミリアの胸を締め付けた。
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