Schwarzwald(外)-巫女は虚飾で作られる-

弥湖 夕來

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 広い室内でエミリアは落ち着かない面持ちでソファに身を預けていた。
 神殿で使っていた部屋も分不相応に高価なもので揃えられていたが、この部屋はそれに輪をかけて豪華だ。
 金糸を織り込んだ手の込んだタペストリーのかけられた壁。
 同じデザインの綴れ織りの帳の下がった天蓋付のベッド。
 金色の優美な曲線を描く足の家具。
 高い天井から下がる金のワイヤーとクリスタルで彩られた照明。
 
 どれひとつとっても、とんでもないところに迷い込んでしまったのではないかと思わせた。
 これなら、あの庭の中で繭のような蔦の中に取り囲まれていたほうがよほど落ち着けたかも知れない。
「どうぞ、少しは落ち着けてよ」
 くじいた足を手当てしてくれた侍女が下がった後、華やかなドレスを纏った王太子妃が手ずから淹れたお茶のカップをエミリアに差し出す。
 部屋の中にはエミリアに気を遣ってか、先日垣間見た常にこの妃を取り巻いている人間は一人も姿が見えない。
「あの…… 」
 なんと声をかけていいのかエミリアは戸惑い、女の顔を見上げた後受け取ったカップに視線を落とす。
 せめてここにいるのが侍女とかならまだいいのに、よりによって相手がこの女ではなんと言っていいのかわからない。
「怖かったのよね」
 それを汲み取ってかいたわるように話しかけてくれた。
 それでもなんと言っていいのかわからずにいると、不意にドアがノックされる。
 エミリアは反射的に身をすくめる。
 だがしかし、部屋の中のエミリアの様子など意に介さないようにドアが開く。
 
 無意識にエミリアの躯が跳ね上がった。
 
「駄目よ、殿下」
 咎めるような妃の声。
「済まない、驚かせて…… 」
 エミリアを脅えさせないようにとでも言うのか、これ以上ない程に優しいウォティの声に振り返ると穏やかな笑顔を向けられた。
「申し訳なかったね。
 まさかこんなことになるなんて」
 エミリアが身を預けたソファの前に膝を落として、その顔を見上げてウォティは言う。
「完全にこっちの落ち度だ…… 」
 その言葉にエミリアは首を横に振った。
 自分の力がどんなものなのか言われていたのに、気が動転して気がついたら国中を巻き込んだとんでもない騒ぎに発展させてしまった。
 
「全く…… 
 我が大叔父ながら、香まで使うとは」
 頭を抱え込むようにしてウォティは大きく息を吐く。
「……香? 」
 そう言えば神事の最中に急に眠気と疲れが増して…… 
 あの時礼拝堂に充満していた匂いには利き覚えがある。
 あの日エミリアを迎えに来た神官が捧げ持っていた香と同じものだ。
「ああ、あの香にはね、若干だけど催眠導入作用があるんだ。
 神殿で毎日浴びている神官達には慢性になって効かないけどはじめての人間には大概効く。
 それを承知で今回の神事に使ったんだと思う。
 傍に居てあげられれば気がついたんだけど、あいにく街門でいさかいが多発して、警備に手が放せなくて…… 」
 ウォティは済まなそうに言ってくれるが、もしかしたらそれも仕組まれたものだったのかもしれない。
 まだぼんやりとしている頭に入り込んでくるウォティの言葉に思う。
 祭りに乗じて流入してくる、身元の不確かな人間に金でも掴ませれば騒ぎを起こすのは簡単なはずだ。
 
「それで、大神官様、あなたの大叔父様はどうなりましたの? 」
 クリステル妃が訊く。
「え? ああ、巫女殿を連れ出した後、手のものが救出した。
 多少腰を捻ったようだけど、大丈夫だよ。
 半月も寝ていればよくなるだろう。
 大叔父上にはいい薬だ」
 ウォティが苦笑した。
「これで懲りてくれればよろしいのですけど」
 ため息混じりにクリステル妃が言う。
「どうかな…… 
 あの男は『神子』を生み出すことが自分の責務みたいに思い込んでいるところがあるから。
 それに、それ以上に…… 」
 ウォティは二人の女を前に開きかけた口を閉じた。
「なんにしても、問題はこれからだな」
 そして気遣うような視線をエミリアに向けた。
 
「今までは、君が神殿に迎えられてからまだ日が浅かったから、何とかごまかせたけど。
 これから先、巫女が孕まないとなれば権力を振りかざして夜伽の交代を迫ってくるだろうからね」
「神官位を降りていただくわけにはいきませんの? 」
 それがさも嫌だとでも言うようにクリステル妃は眉を顰めた不快な顔を隠そうともしないで男に向ける。
「無理だろうね」
 大きなため息と共にウォティが吐き出した。
「大神官の位はよほどの事情がない限り、子供の頃から神殿に仕えた王族が就くのが慣わしだし。
 あいにく次に大神官になれる王族の男子が居ないのが現状だからね」
 
 そう言えばいつか聞いたことがある。
 無駄な王位争いを避けるために、国王の息子は王太子以外神殿に預けられると。
 いずれは大神官として、国王に告ぐ地位を与えられる代わりに生涯妻を娶ることも子供を持つことも許されない。
 
 妙な沈黙が部屋に広がった。
 
 ウォティにしてみれば万策尽きたといったところだろうか? 
 その顔にはかすかに苦悩が見て取れる。
 
「ね、殿下。
 わたくし、ひとつお願いごとをしてもいいかしら? 」
 不意に思い立ったように、クリステル妃が口を開く。
「君が、おねだりなんて珍しいね。
 こんな時になんだい? 」
 ウォティの顔が少し綻んで、妻の顔を見上げる。
 
「こんな時だからですわ。
 わたくしに…… 
 正確にはわたくしの生まれた国に、この巫女を譲っていただけません? 」
「何を言って…… 」
 男は妻の言葉に睫を瞬かせる。
 
「以前父から手紙が来たのはご存知ですわよね。
 ご存知かと思いますけど、わたくしの国はこの国ほど巫女の出現率が多くありませんわ。
 それで、こちらの国の魔力を有した娘を一人お借りすることはできないかと、打診をしてまいりましたの。
 その様子によっては後日正式に国王陛下に申し出をするそうですけど、その前に受け入れてもらえる見込みがあるかどうか、わたくしに訊いてきましたのよ」
「確か、その話は断ったはずだよ? 」
 ウォティが首をかしげた。
「巫女はきわめて貴重な存在ですもの、一人たりとも国から出したくないという国王陛下の意向でしたわね。
 ですが…… 
 先日、また父から手紙が来ましたの。
『わが国の最後の巫女が先日息を引き取った』といってきましたわ。
 何が何でも巫女を一人早急に手配したいとの意向でした。
 こんな騒ぎの後ですもの。
 この娘を、ここにおいて置くのは不都合ではなくて? 
 何が起こっているのか知らされない人々は、気分次第で都を壊滅させるほどの被害をもたらす巫女を、それを戴く神殿をどう思うかしら? 」
 女は窓の外に視線を動かした。
 釣られて同じように窓の外に向けたエミリアの視界に無数の巨大な蔦に絡まれ崩壊しかかった建物の連なりが映る。
 
 自分がどんなとんでもないことをしでかしたのか、改めて思い知らされた。
 
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