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「あの小娘などどっちでも良い。
早くわしを下ろしてくれ! 」
よほど焦っているのだろう男の声が上ずっている。
「巫女はどこです! 」
ウォティは声を荒げた。
今すぐ命がどうこうなるわけではない大神官など後回しだ。
とにかく今は巫女を見つけ出して落ち着かせないと。
このままでは街中いや国中が草に飲まれて、この眼の前の状況と同じになってしまう。
それだけはどうしても阻止しないと……
それに、眼の前の男など自業自得だ。
そもそもこの男が余計な手など出さなければこんなことにはならなかったのだから。
「く…… 知らぬわ。
あの小娘、わしをこんな目に遭わせてどこかへ逃げおった」
男はさも悔しそうに吐き出した。
その言葉にウォティは背を向ける。
「待て! 」
けはいを察し大神官が呼び止める。
「しばらく我慢してください。
すぐに誰かが来ますから」
言い置いて部屋を出る。
ここにいないとすると……
足を止め立ち尽くしたまま長い廊下を見渡した。
明らかに神殿の更に奥、祈祷室の方向が植物のはびこり方がすごい。
生い茂った草のせいで光が届かずほとんど暗闇と化している。
街中に乱繁殖した植物の様子からしてもおそらく巫女はこの先だろう。
手の届く範囲の蔓を踏み分け時には引きちぎりながら奥へ向かう。
「この辺りだと思うんだが…… 」
通常なら祈祷室の庭に続く壁の辺りを見上げてウォティは呟いた。
緑の蔓は通路の壁中にはびこり、一面を緑色に染め上げていた。
そのせいでその先にあるはずの扉を開けることどころか、扉の正確な位置を把握することもできない。
「殿下? 」
後を追ってきた従者が手斧を手に声をかけてくる。
「ああ、頼む」
指示を出すと男たちは慣れない様子ながらはびこる蔓や枝をなぎ払う。
程なくその奥から両開きの扉が姿を現した。
強引にドアを開けるがその先はやはりつる草や蔦で埋め尽くされていた。
まるですべての者を拒むかのように空間をびっしりと覆いつくしている。
ただでさえ広い庭だ。
このどこに巫女が身を隠しているのか全く予想がつかない。
「巫女殿?
エミリア! 」
ウォティは声を張り上げた。
さらさらと水の流れる音に、エミリアは目を開く。
なんだろう?
躯が妙に重い。
手足を動かすのさえ億劫なほど……
地面から生えた木々の枝に厳重に取り囲まれ安堵したのか、それともそれを成長させるのに力を使い疲れたのか、いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
日が昇る時刻はとうに過ぎたみたいで躯を取り囲む枝葉の隙間からかすかな光が差し込んでいた。
「巫女殿、聞こえているかい? 」
どこからか声がする。
聞いていると穏やかな気分になる優しい声。
毎晩耳元で囁かれたあの声だ。
「巫女殿、出ておいで。
もう怖いことはないよ。
安心して…… 」
言い聞かせるような穏やかな声。
「あ…… 」
その言葉に、あの時の恐怖がよみがえり、躯ががたがたと震える。
ずるっと言う妙な感覚に意識がいくと、自分の周囲を取り囲む蔦が更に重なって絡まりを深めてゆくのがわかる。
語りかけられる柔らかな声にここから出てゆきたいと思う。
だけど……
自分の意思とは反対にエミリアを取り囲む蔦の層は厚くなる。
どうしていいのかわからない。
きっとここだけではないはずだ。
おそらく庭中こんな感じ。
逃げ出す時にベッドの周囲も蔦だらけだったからあの部屋も似たようなものだろうか?
きっと今ごろ侍女が身動きもままならずに蒼い顔をしているかもしれない。
そう、思うとなんとなく笑えた。
だけど笑みを浮かべる力すらなく、エミリアは繭の内側のように自分を取り巻く蔦の束に力なく背中を預ける。
「巫女殿…… 」
蔦を掻き分けるけはいがした。
その音にエミリアは身をすくめる。
途端にまた蔦が余計に絡まったようだ。
ずるりとした音と共に、わずかに光が入ってきて隙間が塞がる。
「痛っ…… 」
指でも傷つけたのか、かすかな男の苦痛の声。
しかし、蔦を掻き分ける行為はやめる様子がなく、やがてかすかな隙間から光が差し込んだ。
「あ、こらっ…… 待て! 」
どこか焦ったようなウォティの声がしたと思ったら、そこから何かが飛び込んできた。
「な、に…… 」
ぼんやりと視線だけ動かすと、庭で飼っていた雌鶏がエミリアの膝に飛び乗り軽く喉を鳴らすような鳴き声をあげた。
雌鶏はそのままエミリアの膝の上に座り込む。
じんわりとした暖かな熱が膝の上に伝わる。
その熱はなんだかエミリアを安心させた。
「巫女殿、エミリア…… 」
男の呼び声は更に続く。
「エミリア…… 」
名前を呼ばれるのは久しぶりだ。
もう、長いこと自分の名を呼ばれていなかった。
ここに連れ込まれてからずっと「巫女」としか呼ばれていなかった事実に初めて気がついた。
不意に視界が滲んだ。
……なんだろう?
何故だかわからないけど、涙があふれてくる。
ずっとそう呼んでほしかった。
「巫女」なんて呼ばれても、所詮はただの道具で、そこにはエミリアの意思なんて欠片も介在しなかった。
きっと、自分はずっと「エミリア」に「ただの農場主の娘」に戻りたかったんだろう……
「エミリア? 」
もう一度呼びかけられる優しい声。
その声を耳にエミリアは思う。
そう、この声にも多分私はこの名で呼んでほしかったんだ……
頬を伝った涙がぽたりと手の甲に落ちた。
それと同時にずるりとした感覚と共に今まで絞まるばかりだった蔦が緩む。
「エミリア、出ておいで」
柔らかな声と共に蔦の間からそっと手が差し込まれる。
丹精に整った優美な指はウォティの持ち物だ。
「あ…… 」
戸惑いの声をあげるうちに腕が伸びエミリアの手首を掴む。
「捕まえた! 」
どこか安堵したような誇らしげなウォティの声。
掴まれた手首を引き寄せられ、掻き分けられた蔦の間から引き出される。
「もう、大丈夫だから……
心配ない。君を脅かす者は誰も居ないから。
落ち着くんだよ」
抱きしめられた耳元で諭すように優しく囁かれた。
早くわしを下ろしてくれ! 」
よほど焦っているのだろう男の声が上ずっている。
「巫女はどこです! 」
ウォティは声を荒げた。
今すぐ命がどうこうなるわけではない大神官など後回しだ。
とにかく今は巫女を見つけ出して落ち着かせないと。
このままでは街中いや国中が草に飲まれて、この眼の前の状況と同じになってしまう。
それだけはどうしても阻止しないと……
それに、眼の前の男など自業自得だ。
そもそもこの男が余計な手など出さなければこんなことにはならなかったのだから。
「く…… 知らぬわ。
あの小娘、わしをこんな目に遭わせてどこかへ逃げおった」
男はさも悔しそうに吐き出した。
その言葉にウォティは背を向ける。
「待て! 」
けはいを察し大神官が呼び止める。
「しばらく我慢してください。
すぐに誰かが来ますから」
言い置いて部屋を出る。
ここにいないとすると……
足を止め立ち尽くしたまま長い廊下を見渡した。
明らかに神殿の更に奥、祈祷室の方向が植物のはびこり方がすごい。
生い茂った草のせいで光が届かずほとんど暗闇と化している。
街中に乱繁殖した植物の様子からしてもおそらく巫女はこの先だろう。
手の届く範囲の蔓を踏み分け時には引きちぎりながら奥へ向かう。
「この辺りだと思うんだが…… 」
通常なら祈祷室の庭に続く壁の辺りを見上げてウォティは呟いた。
緑の蔓は通路の壁中にはびこり、一面を緑色に染め上げていた。
そのせいでその先にあるはずの扉を開けることどころか、扉の正確な位置を把握することもできない。
「殿下? 」
後を追ってきた従者が手斧を手に声をかけてくる。
「ああ、頼む」
指示を出すと男たちは慣れない様子ながらはびこる蔓や枝をなぎ払う。
程なくその奥から両開きの扉が姿を現した。
強引にドアを開けるがその先はやはりつる草や蔦で埋め尽くされていた。
まるですべての者を拒むかのように空間をびっしりと覆いつくしている。
ただでさえ広い庭だ。
このどこに巫女が身を隠しているのか全く予想がつかない。
「巫女殿?
エミリア! 」
ウォティは声を張り上げた。
さらさらと水の流れる音に、エミリアは目を開く。
なんだろう?
躯が妙に重い。
手足を動かすのさえ億劫なほど……
地面から生えた木々の枝に厳重に取り囲まれ安堵したのか、それともそれを成長させるのに力を使い疲れたのか、いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
日が昇る時刻はとうに過ぎたみたいで躯を取り囲む枝葉の隙間からかすかな光が差し込んでいた。
「巫女殿、聞こえているかい? 」
どこからか声がする。
聞いていると穏やかな気分になる優しい声。
毎晩耳元で囁かれたあの声だ。
「巫女殿、出ておいで。
もう怖いことはないよ。
安心して…… 」
言い聞かせるような穏やかな声。
「あ…… 」
その言葉に、あの時の恐怖がよみがえり、躯ががたがたと震える。
ずるっと言う妙な感覚に意識がいくと、自分の周囲を取り囲む蔦が更に重なって絡まりを深めてゆくのがわかる。
語りかけられる柔らかな声にここから出てゆきたいと思う。
だけど……
自分の意思とは反対にエミリアを取り囲む蔦の層は厚くなる。
どうしていいのかわからない。
きっとここだけではないはずだ。
おそらく庭中こんな感じ。
逃げ出す時にベッドの周囲も蔦だらけだったからあの部屋も似たようなものだろうか?
きっと今ごろ侍女が身動きもままならずに蒼い顔をしているかもしれない。
そう、思うとなんとなく笑えた。
だけど笑みを浮かべる力すらなく、エミリアは繭の内側のように自分を取り巻く蔦の束に力なく背中を預ける。
「巫女殿…… 」
蔦を掻き分けるけはいがした。
その音にエミリアは身をすくめる。
途端にまた蔦が余計に絡まったようだ。
ずるりとした音と共に、わずかに光が入ってきて隙間が塞がる。
「痛っ…… 」
指でも傷つけたのか、かすかな男の苦痛の声。
しかし、蔦を掻き分ける行為はやめる様子がなく、やがてかすかな隙間から光が差し込んだ。
「あ、こらっ…… 待て! 」
どこか焦ったようなウォティの声がしたと思ったら、そこから何かが飛び込んできた。
「な、に…… 」
ぼんやりと視線だけ動かすと、庭で飼っていた雌鶏がエミリアの膝に飛び乗り軽く喉を鳴らすような鳴き声をあげた。
雌鶏はそのままエミリアの膝の上に座り込む。
じんわりとした暖かな熱が膝の上に伝わる。
その熱はなんだかエミリアを安心させた。
「巫女殿、エミリア…… 」
男の呼び声は更に続く。
「エミリア…… 」
名前を呼ばれるのは久しぶりだ。
もう、長いこと自分の名を呼ばれていなかった。
ここに連れ込まれてからずっと「巫女」としか呼ばれていなかった事実に初めて気がついた。
不意に視界が滲んだ。
……なんだろう?
何故だかわからないけど、涙があふれてくる。
ずっとそう呼んでほしかった。
「巫女」なんて呼ばれても、所詮はただの道具で、そこにはエミリアの意思なんて欠片も介在しなかった。
きっと、自分はずっと「エミリア」に「ただの農場主の娘」に戻りたかったんだろう……
「エミリア? 」
もう一度呼びかけられる優しい声。
その声を耳にエミリアは思う。
そう、この声にも多分私はこの名で呼んでほしかったんだ……
頬を伝った涙がぽたりと手の甲に落ちた。
それと同時にずるりとした感覚と共に今まで絞まるばかりだった蔦が緩む。
「エミリア、出ておいで」
柔らかな声と共に蔦の間からそっと手が差し込まれる。
丹精に整った優美な指はウォティの持ち物だ。
「あ…… 」
戸惑いの声をあげるうちに腕が伸びエミリアの手首を掴む。
「捕まえた! 」
どこか安堵したような誇らしげなウォティの声。
掴まれた手首を引き寄せられ、掻き分けられた蔦の間から引き出される。
「もう、大丈夫だから……
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