Schwarzwald(外)-巫女は虚飾で作られる-

弥湖 夕來

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 王城の大広間は、多数の来客でごった返していた。
 ゆったりと優美に流れる管弦の調。
 その音を耳に皆、思い思いに杯を傾けていた。
「それにしても、今度の巫女殿のお力はすごいですな」
 神殿での儀式を目の当たりにしたのだろう、感心したように言う声が耳に入る。
 それを聞かなかったことにして、王太子妃クリステルはそっと席を立った。
 祭りの当日、神殿での儀式に参列した人々の一部は王城に招待され、こうして宴の席を共にしている。
 神事の後の宴だ、いつの間にか日は完全に傾き夕闇が迫ってきていた。
 酒を過ごした客人はそろそろ前後不覚になりつつある。
「しかし…… なんと言うか、神事というものは肩が凝るものですな。
 私など、ただ参列してみていただけなのに、なんだか眠くなって来ました。
 失礼して休ませていただきましょう」
 などという者まで出始める。
 そろそろ退出しても誰も気がつかないだろう。
 
 客人の相手は嫌いではないが、気疲れする。
 そのせいだろうか、クリステル自身も神事から戻った後、なんとなく湧きあがった眠気が払えない。
 
 それに、あの気の毒な少女の話を聞くのはうんざりだ。
 
 以前夫に聞いたことがある。
 神事で巫女が起こす奇跡は作り物だと。
 巫女の権威を目に見えた形で民衆に示すために強引に作られたただの演出だと。
 
 そんな話を聞くにつけ、あの少女を憎む自分が惨めになる。
 
 だから…… 
 
 考えを巡らせるうちに自然と足が止まった。
 誰かが後を追ってきたような気がして振り返ると、夫の姿があった。
 
「引き上げるのかい? 」
 優しい笑顔を浮かべて訊いてくる。
「ええ、もうお客様も満足したようですし、わたくしの勤めは果たしましたわ」
 息を吐くと共に答えた。
「ご苦労様。
 お疲れだったね」
 いつもと変わらぬ調子で言いながら男の手が首の辺りに伸びてきた。
 
「いいえ、これも妃としての勤めですもの。
 あなたこそ、お仕事のほうはもうよろしくて? 」
 なんでもないことであるかのように言って、クリステルは優しく首筋に触れる夫の手に自分の掌を添えた。
「……ああ、今年は妙に街門の付近での騒ぎが多かったけど。
 騒ぎの中心に居た人間は一通り捉えて投獄してきたからね。
 さすがにこれ以上騒ぎは起こらないだろう」
 言いながら男の空いている手が腰に回り抱き寄せられる。
 次いで頤に移った手で上向かされ唇が重なる…… 
 
「あの娘のところに行かなくていいの? 」
 軽く触れ合った唇が離れると、夫の顔を見上げながらクリステルは口を開く。
 我ながら自虐的なことを言っているとわかっているけれど、どうしても聞かずにはいられない。

「ああ、今夜はまだ潔斎の続きがあるはずだからね。
 さすがに叔父上も今夜は身動きが取れないはずだよ」
 
「だから…… 」
 とでも言いたそうな男の唇がもう一度重ねられ、今度は深くなる。
 
「ウォティ、ここ廊下よ? 」
 男の胸倉を押しやり、軽く躯を引き離すとクリステルは夫の腕の中ならその顔を見上げた。
 今宵の城内は来客も多い。
 どこに人目があるかわからない以上、いくら夫婦とは言ってもあまり大胆なことははばかられる。
「そうだな」
 ウォティは顔を上げ周囲を見渡すように視線を泳がせた後、クリステルに視線を戻すと、その細い腰を抱き寄せた。
 次いで無言のまま促すように歩き出す。
 
 しかし、数歩と歩かないうちにその足取りは背後から湧きあがったどよめき声に引き止められた。
 
 酒に気分をよくした客人たちの意味のないざわめきとは違う、明らかに何かに驚き戸惑うような声。
 
「殿下! こちらにいらっしゃいましたか」
 王太子付の従者が慌てて駆け寄ってくるのが目に入った。
「何だ? 」
 男が先ほど自分に向けてくれていたのとはまるで違う鋭い表情を従者に向けた。
「城下を…… 窓の外をご覧ください」
 主を探して駆け回っていたのか、従者が切らした息の下から言う。
 言葉に促され窓の外へと視線を動かす。
 
 闇に包まれ始めた街並み。
 通りに沿って整然と並んだ石造りの家が広がる。
 そのところどころに妙なものが目に入った。
 濃い緑色のそれは、一瞬街中に植えられている樹木かと思った。
 だがしかし、それは幹まで真緑でその幹から枝を伸ばさずに直接巨大な葉をつける。
 例えて言うなら巨大な植物の蔓のようだ。
 それが見る間に育ち、のたうちまわって街中の建物の壁を這いあがり通りに沿って延びてゆく…… 
 
 隣に立ち同じく街並みを眺めていた夫の表情が変わった。
 
 クリステル達にすれば今まで見たことのない異変だが、男にはこれがなんなのか、何が起こっているのか一目瞭然だったようだ。
 
 その表情にクリステルもどういうことかおおよそ想像がついた。
 
「……いってください」
 搾り出すように口にする。
「早く、止めて…… 
 助けてあげて! 」
「え? 」
 男はクリステルの言葉に戸惑いの声をあげた。
「済まないね」
 しかし躊躇することは全くなく、女の傍を足早に離れる。
「殿下? 」
「手をほしいかも知れない。
 誰でもいい空いている人間を二三人連れてきてくれ」
 どうしていいのかわからない表情で突っ立ったままの従者に声をかけ、ウォティが城の表に姿を消すのを、クリステルは震えるほど強く握り締めた手を抱えたまま見送った。
 
 
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
 
 ……忘れていた。
 神事なんてすべてが虚飾で実際のところなんの意味もない。
 
 そんな思いが、城の大門を出て寄り添うように建つ神殿の大扉へと足を急がせるウォティの頭をよぎる。
 
 前国王の弟に産まれながら若くして神殿に押し込められ、恋をすることも妻を持つことも許されなかった男にとって、巫女は唯一許された欲望のはけ口に過ぎない。
 特別な力を持つ『神子』を作る名目があれば何をしても許されると思っている。
 
 だから、妻に不快な思いをさせるのを承知でエミリアに張り付いていたのに。
 抜かった…… 
 
 まさか客でごった返す今日、事実上はどうであれ名目上潔斎を強いられる巫女に手を出そうとは思ってもみなかった。
 
 夕刻近くということもあり、たどり着いた神殿の礼拝堂の大扉はすでに閉じられていた。
 足元に敷かれた石のタイルの隙間から無数のつる草が顔を出し、扉といわず壁といわずに伝いだしている。
 そのせいか、ただでさえ重量のある大扉は手を掛けただけでは動くそぶりもなかった。
 それでも全身の力を込めて曳くとかすかな音を立てて扉が動く。
 足元で草がちぎれ青臭い独特の匂いが漂う。
 身体を滑り込ませるだけ扉を開けるとウォティはそこから躯を滑り込ませた。
 
 礼拝堂に足を踏み入れて男は言葉を失う。
 石敷きの床の隙間や窓の隙間から入り込んだ蔦が蔓や葉を伸ばし、しつらえられた椅子や祭壇の神像に絡み付いている。
 それらを踏みつけて奥へ向かい礼拝堂を出る。
 礼拝堂と神殿の奥向きをつなぐ廊下は更に悪化する。
 萌え出した草の蔓が石の床をめくり上げ縦横無尽に這いずっている。
 草や蔓のはびこり方は徐々に悪化し、神殿の奥向き巫女の部屋にたどり着く頃には完全になぎ払いでもしなければ先に進めなくなっていた。
「……助けて! 」
 人が近づいてくるのを察してか、生い茂った草に隠れて誰か女の声がした。
「誰か居るのか? 」
 蔓を掻き分けると、巫女付の侍女が座り込んでいた。
 逃げ出そうとしたものの、茂る草に行く手を阻まれ足止めされてしまったらしい。
「大丈夫かい? 」
 女の傍まで歩み寄りその周辺の草をなぎ払ってやりながらウォティは訊いた。
「はい、ありがとうございます。
 わたくしより、神官様を! 」
 自分の背後を振り返って視線を奥のドアに向けながら女は言った。
 
 案の定とでも言うべきか、そこは巫女の部屋だ。
 
 女をその場に残し部屋の中を覗き込む。
 年嵩の男がベッドの脇で装束の乱れたあられもない姿のまま、手足を蔦や蔓に絡めとられ完全に身動きすることができなくなっていた。
「誰だか知らぬが助けてくれ! 」
 人の気配に気がつくも、首すらも動かせない状態で男は懇願する。
「巫女は? 」
 ウォティは男の姿をスルーして周囲を見渡す。
 
 そこにエミリアの姿はなかった。
 
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