Schwarzwald(外)-巫女は虚飾で作られる-

弥湖 夕來

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 華やかな笑い声と共に軽やかな足音が近づいてきた。
「エミリア! 」
 ドアを開けるとウルリーカがはちきれそうな笑顔を浮かべて部屋に飛び込んでくる。
「ルーカスがね、お祭りに連れて行ってくれるんですって! 」
 興奮を隠し切れないように矢継ぎ早に口にした。
「ね? 行きましょうよ」
 この日のために新調したのだろう。
 真新しいドレスの柔らかなスカートのフリルが揺れた。
「ん、遠慮する。
 邪魔したくないし…… 」
 ほんのりと紅を引いた少女の唇を目に、エミリアは首を横に振った。
「え? 」
 ウルリーカの瞳が不安そうに一瞬曇る。
「ルーカスが一緒にいってくれるんでしょ? 
 だったら心配ないから、行ってきていいよ」
「いいの? 」
 先ほどまで曇っていた少女の瞳が一気に輝いた。
「どうぞ。
 ただし国王陛下が晩餐を一緒にしたいっておっしゃっていたから、夕方までには絶対に戻ってね」
「ありがとう! エミリア」
 はちきれそうな笑顔を浮かべ駆け去ってゆく少女の姿を、エミリアはぼんやりと見つめた。
 
 ここに来てから一年の時が過ぎようとしていた。
 最初の頃こそ萎縮して小さくなっていた少女達も徐々に慣れ、気がつくと恋人に近い相手もできていた。
 二人の少女を強引に連れ出してきてしまったことを後悔しなかったわけではないけど、今では良かったと心から思える。
 
「エミリア姉さま! ひどいの」
 ウルリーカが駆け去ってしばらく後、ユリアナが現れた。
「お祭り、一緒に行きましょうって言っていたのに。
 ウルリーカったらあたしをおいて行っちゃったの」
 それが相当悔しかったのだろう、目には少しだけ泪のあとがある。
「じゃぁさ、ユリアナはわたしと行こうか? 」
 腰を下ろしていた椅子から立ち上がると、少女の目元に残る泪のあとをそっとぬぐってやりながら言った。
「いいの? 」
 少女がきょとりと目を見開く。
「ウルリーカがね、姉さまは忙しいからお祭りに行かないって言ってたんだけど」
「それは、ね…… 」
 窓の外に人の動く気配を察してエミリアは視線を動かす。
 肩を寄せて幸せそうな笑みをこぼしながら並んで歩くのは、ウルリーカと城の警護の仕事についているルーカスだ。
「邪魔しちゃ、悪いじゃない」
 エミリアの視線につられて、同じように庭の人影に目を向けたユリアナに軽く目配せした。
「そうと決まったら、着替えて来て。
 お祭り用のドレスあったよね? 」
 ウルリーカと違いまだ普段着のままのユリアナを促した。
「じゃ、着替えてくるね! 」
 エミリアの言葉に少女が駆けて行く。
 
「さてっと、わたしも着替えないと」
 それを見送って、自分に言い聞かせるように声をかけた。
 
 私室に戻りクローゼットの中をまさぐると一枚のドレスを引っ張り出す。
 デザインは少し違うけど、エミリアがまだ巫女として神殿に引き立てられる前、普通の娘として暮らしていた頃の晴れ着とほぼ同じ。
 普段着より少しだけ質のいい生地に刺繍を施し、フリルやレースで控えめに彩った豪華とは言えないけど華やかな一枚。
 これでも贅沢すぎて、時折袖を通すのがとても楽しみだった。
 今でもそれは同じだ。
 城で国王が公式行事のためにと誂えてくれたドレスは、それなりにもっと豪華だったけど、それよりもこの町娘の晴れ着のほうがわくわくする。
 
 そのドレスに一人袖を通しながらエミリアはふと手を止めた。
 
 先ほどのウルリーカと隣に並んだ若い男の寄り添う姿が浮かびあがる。
 無意識に整えられたベッドに視線が行った。
 
 ……なんだろう? 
 妙な寂しさが湧きあがる。
 
 毎晩一人ベッドに横になると、隣のシーツに手を這わせる。
 一人で過ごす夜がこんなに寒いとは思っても見なかった。
 
 ウォティがすぐ傍に横になっていた数ヶ月間。
 
 あの当時は慣れるどころか反発するのが目いっぱいだったのに。
 
 もう一年も前の話だ。
 
 なのに今頃になってそれが鮮明に思い出される。
 自分を抱きしめてくれていたはずのぬくもりが消えてしまったことがたまらなく切ない…… 
 
「……そんな、ことないもん」
 エミリアは自分に言い聞かせるように呟いて、それを振り払うように頭を何度も横に振る。
 相手は自分から見たらとんでもない身分の人で、ましてや妻帯者だ。
 しかもその妻は自分を危機から救ってくれた大恩人。
 
 どう考えても、自分が思いを寄せていい相手ではない。
 
「エミリア姉さま! 」
 晴れ着に着替えたユリアナが駆け込んできた。
「じゃ、行こうか」
 そっと笑いかけて部屋を出た。
 
 
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
 
 祭りの光景は、国が違っても大差はない。
 広場に並ぶ、もの珍しい商品を取り揃えた露店。
 道端の大道芸。
 簡単なゲームを供するテント。
 酒屋の軒先では男たちが杯を傾け、出来上がっては大声を張り上げる。
 流れてくる陽気な音楽に耳を傾ければ、広場の中央でダンスに興じる人々。
 みんな浮かれあがって笑顔がはちきれそうだ。
 
 その熱に浮かされてか、身を置いているだけでわくわくしてくる。
 
「あれ、お城の魔女様だよね? 」
 エミリアがユリアナと二人、大道芸に見入っていると通りすがりの子供が振り返った。
「ね、魔女様。何か見せて! 」
 その声でたちまち周囲の子供たちに取り囲まれた。
「お花がぱぁって咲くのみたいなぁ! 」
 以前の城仕えの魔女はそういったサービスも怠らなかったみたいで、子供たちはごく当たり前のように気軽に言う。
「え? あの…… 
 その、ね…… 」
 エミリアは思いっきり困惑顔になる。
「ごめんね、前の魔女様と違ってわたしはそう言うのはできないの」
 戸惑いながら子供たちに顔を向けると、その背後から誰かの目が向けられているような気がした。
「あっ! 」
 思わず声がこぼれ、エミリアは子供たちの目線にあわせて下げていた頭を思わず上げる。
 その瞬間、エミリアの視線の先で癖のない銀灰色の髪が翻り人ごみの中に消えていった。
「待って! 」
 見間違えかも知れない。
 きっとさっき、そのことを考えていたからだ。
 そうは思うけど、確かめなければ居られなかった。
 しかし、その人影は押し寄せる人ごみの中にうずもれ、それ以上追うことができなかった。
「ね、魔女様。
 だったら何ができるの? 」
 ドレスのスカートを掴んだ子供がエミリアの顔を覗き込んでねだるように訊いてくる。
「そうだね…… 」
 人影の消えた方角に視線を固定したまま、エミリアは心ここにあらずで口にした。
 
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