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しおりを挟む「残念だけど、時間みたいだ。
その小鳥の事は本当にごめん」
ジュリアスは腕に止らせた隼を窓の外に放つと、一通の封書を取り出しリュシエンヌの手の中に押し付けた。
「これ、預かっておいてくれるかな?
ただし、絶対に中身を見ようなんて思うんじゃないよ」
言い置いて来た時と同様に窓を飛び越え闇の中に消えていった。
程なく慌てた様子の二つの足音がまた近付いてきた。
「姫君、お休みのところ失礼しますね」
いつもの侍女の声と共にドアが開く。
「先ほど警備の者が怪しい人影が城壁をよじ登るのを見たとか。
何か見ませんでしたか? 」
ベッドを覗き込むようにしながら問い掛けてくる。
「……いいえ」
リュシエンヌは床に座り込んだままかすれる声でかろうじて答えた。
「どうかしましたか、姫君?
そんな恰好でベッドをでて」
薄手のナイトドレス一枚で開け放したままの窓の下に座り込むリュシエンヌを見つけた侍女が大げさな声をあげた。
「まぁ、猫の仕業ですよね。
なんてこと! 猫を表に入れるなんて」
リュシエンヌの手の中で冷たくなった小鳥の姿に侍女が呟いた。
更に呟く侍女の口調は完全に腹を立てているようだ。
「夜が明けたら埋めてあげましょうね」
労わるように言って、侍女は傍らに置かれていたショールを広げリュシエンヌの肩に掛けてくれる。
「何か包むものを持ってきます。
姫君は暖炉の側に寄ってくださいな。
お体が冷えてしまいますわ」
開け放したままになっていた窓を閉めると、女は一度部屋を出た。
「でも、一体何処から猫が入り込んだんでしょう? 」
程なく戻った侍女は持ってきたナプキンに小鳥の遺骸を包みながら首を傾げた。
「陛下も猫はお嫌いだし、あれほどバックヤードから猫を出すなって言われているのに」
「わたしの不注意なの。
窓を開けっ放しにしてしまったから」
ポツリと呟く。
「猫とその管理者にきつく言っておかないと」
「猫を叱らないでね。
本能なんだもの」
侍女の勘違いのせいで、小鳥の死の原因が全く罪のない猫にかぶされるのは申し訳ないと思う。
だけど、事実を言えばジュリアスのことまで明るみになってしまう。
それだけは避けなければいけないことなのはわかる。
仕方なく、リュシエンヌは口を閉ざすしかなかった。
幸せな温もりの中、誰かにキスされたような気がして、リュシエンヌはゆっくりと目を開ける。
窓から差し込む日差しで室内は穏かな光で満たされていた。
顔をあげると、満足そうな国王の顔がある。
「悪いな、起こして」
リュシエンヌの目が自分を移したのを確認したように男はベッドの端に身を寄せて上体を起こした。
「ごめんなさい。
寝過ごしてしまって」
男が動いたせいで剥き出しになってしまった胸元へリネンのシーツを引き寄せながらリュシエンヌは躯を起こした。
妙に気だるく手足が重い。
「まだ、休んでいろ」
男の大きな手が伸びると、そっと頭を撫で次いで枕に押し付けられた。
「久しぶりだったから、昨夜は歯止めが利かなかった。
手荒なことをして悪かったな」
国王はそう言うが、この男の扱いはいつでもやさしい。
確かに昨夜の行為は明け方まで及んだが、痛いことも苦しいこともない。
いつでもまるで壊れ物でも扱うかのように優しく注意深く躯を合わせてくる。
リュシエンヌは毛布の下で首を振った。
「小鳥は残念だったな。
時季がきたらまた新しいのを取り寄せてやる」
簡単に身支度を済ませ男は立ち上がった。
「猫が入り込むなど、窓の留め金でも壊れたか? 」
言いながら窓辺へ運んだ男の足がふと止る。
「これは、何だ? 」
窓の側に寄せられた机の上に置かれていた本に男の手が伸び、頁の間から一通の封書を抜き出す。
その光景にリュシエンヌは思わず息を呑んだ。
「それはっ! 」
慌ててベッドを下りると男の元に駆けより手を伸ばす。
あの時別れ際にジュリアスに渡された封書。
小鳥の死に動転している内に侍女に飛び込まれ、慌てて手近にあった本の間にはさみこんでそのままにしてしまった。
この男に見られるのは大いに不味い。
「よもや、国からの密書ではないだろうな?
手紙の類は一切取り次ぐな、届けられた荷物は全て調べろといっておいたものを」
呟いて男の指が封蝋に掛かった。
封を切るなと念を入れられていた封筒はあっというまに開けられてしまった。
乱暴に中の紙片を取り出しながら、ふと男の顔が歪み、封筒の中に差し入れた指を徐に口元へ持ってゆく。
「ちっ…… 」
忌々しそうにため息をつくと、親指の腹に軽く舌を這わせた。
「国王様? 」
普段は見せないその顔にリュシエンヌは瞳を揺らす。
「たいしたことはない、紙の端で少し指を切っただけだ」
滲んだ血液が止ったのを確認して、男はもう一度封筒の中の紙片を取り出した。
「もしかして夫に離縁状でも書くつもりだったのか?
それとも、家族に近況報告でもするつもりだったとか? 」
問い掛けられ、見せられた紙片にはひと言の文字すら記されてはいなかった。
「離縁状なら嬉しいが、止めておけ。
話がこじれるだけだ。
神殿はどうあっても離婚は認めぬからな」
忌々しそうに呟くと封筒ごと紙片を握りつぶし暖炉の中に放り込んだ。
一瞬青い炎が上がり紙は瞬く間に灰になる。
「待って! 」
慌てて手を伸ばした躯が力なく床に崩れ落ちた。
「だから、休んでいろと言っただろう」
腕を取られ崩れ落ちた躯を引き上げられると横抱きに抱えあげられた。
ベッドの上に下ろされると、額に軽くキスを落とされる。
「あとで湯浴みの用意をさせよう。
それまでベッドを下りるなよ」
からかうように言って男は部屋を出て行った。
誰もいない部屋で、一人ベッドに臥しているうちに、知らずに眠ってしまったのだろう?
何かのかすかな物音に目を開くと、侍女がベッドの中をのぞきこんでくるところだった。
「お目覚めですか、姫君?
湯浴みの用意ができましたので今起きていいただこうと思っていたのですよ」
暖炉の前に運び込まれたバスタブへと促すように視線を向ける。
言われるままにリュシエンヌはベッドを下りて躯を湯に沈めた。
「お湯加減、大丈夫ですか? 」
「うん。
いつもありがとう」
既に習慣になっている男の掌が這った皮膚を洗う。
ジュリアス以外の触れた痕跡はできるだけ消しておきたい。
そんな思いで必死だった。
躯を清めて一息つくと、調えられた食卓に促された。
「今朝は、国王様は? 」
何時しか情事の翌朝は一緒に食事を摂るようになっていた男の姿がないことにリュシエンヌは首を傾げた。
「既にお仕事にとりかかっていますわ。
今朝は少し遅くまでお休みになっていましたから」
お茶のカップを手渡してくれながら侍女が心配ないというように微笑んだ。
「きっと、わたしが寝過ごしてしまったからよね」
それが申し訳なくてリュシエンヌはうなだれた。
「食事を抜いて、体を壊さないといいけど…… 」
カップの中で揺れるお茶の水色を見つめリュシエンヌは呟いた。
「大丈夫ですよ。
陛下はそんなに柔じゃありませんから。
それに戦場で何処でも食事をすることに慣れて降りますから、いざとなれば何処でもお食べになっています。
それより姫君の方ですよ。
またそんなに残されて、しっかり食べていただかないと」
侍女は困惑気味に眉を寄せる。
「ごめんなさい。
ちょっと食欲がなくて」
言いながらもこみ上げてくる胸のむかつきに口元を押さえる。
今朝まではなんともなかったのに、湯浴みをする頃から体調が悪い。
「姫君?
気になっていたのですけど、ここのところ月のもの遅れていますよね?
もしかして…… 」
毎日、着替えどころか湯浴みまで手を貸してくれている侍女に隠し事はできないようだ。
リュシエンヌの恐れていた言葉を簡単に口にする。
「早速、殿下にお知らせしましょうね」
今にも跳ねて歩きそうなほどの弾んだ声で言われた。
「待って!
その…… まだ、確定じゃないから。
もし間違っていたら…… 」
言葉どおりすぐにでも報告に行ってしまいそうな侍女を慌てて引き止める。
本当は怖いのは間違っていなかった時の事だ。
そんなことになったら、もう二度とジュリアスには会えない。
考えただけで震えが来る。
「そうですね、慎重に越したことはないですね」
僅かだが体を震わせるリュシエンヌの様子に気がついたのか、女は気を変えてくれたようだ。
「でも、気をつけてくださいね。
だいじなお体ですから」
侍女は釘を刺すように言って、せめてこれだけはとハニーケーキの皿を差し出した。
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